ボスが手を抜かないホワイトデーには、主人公も一切手を抜かない
こんばんは、遊月奈喩多です。
バレンタインデーに貰ったものがない人には特に縁が無い(わけでもないのかな?)日の到来ですね! ちなみに私も特に何も頂いていないので、「ホワイトデーって何それおいしいの?」という感じです(笑)
閑話休題(笑)
このお話は、当サイトで公開中の短編作品『ボスが手を抜かないラストバトルにおけるインフレ現象はきっと半端じゃないことになる』の番外編的なお話です。
本編では見られなかったやり取りが見られるかもしれませんよ……?
では、番外編スタートです!
「ぼくは、勇者になるんだ!」
人は誰でも夢を見るものである。
この少年も同じ。しかし、彼の夢とは!
幼い頃に街の図書館で借りた紙芝居に描かれていた、勇者と魔王の物語を目にして、少年の夢は決まった!
そして。
周囲から微笑ましくもあまりに夢見がちと呆れられたその夢は、宇宙から飛来した生命体――飛来したときにあまりもの犠牲が出たために「魔王」と呼ばれるに至った――によって、現実のものとなった。
これは、魔王を倒すべく立ち上がった少年の、壮絶な戦いの物語である…………!!
「待ってろよ、魔王! お前だって、僕をバカにしたやつらと同じ目に遭わせてやるからな……!」
……………………。
これは、勇者を目指し、勇者と呼ばれてもよい力を身に付けた、しかし勇者らしからぬ性格をした青年が魔王を打ち倒すまでを描いた冒険譚……その外伝である!!
地中深い所にある、死を思わせる静寂に包まれた空間。却って神聖さすらも感じるこの場所こそ、「勇者」の目指す「魔王」の居城である。
柔らかく目に優しい色合いの照明に照らされた室内で、「勇者」は玉座に座る「魔王」に話しかける。
「なぁ、魔王」
――――どうした、勇者
「……その脳内に直接語りかけるみたいの、いや、いいや。今日ってなんの日か知ってる?」
――――何か、あるのか?
青年の問いに「魔王」がそう返したのには、単に問いの答えに心当たりがなかったのと、曲がりなりにも世界平和のために人類の敵となる道を選んだ自分、「魔王」を倒しに来た者がどうしてそのような問いを投げ掛けてくるのかがわからなかったからである。
そんな「魔王」の戸惑いに、「勇者」は呆れたようなため息をこぼす。
「あぁ、あんた浮き世離れしてそうだもんな。今日さ、ホワイトデーなんだよ」
――――ほわいとでー?
「あぁ。僕のいた国では、そのひと月前に女子から愛情のこもった贈り物をもらった男子がお返しをする日。知らない?」
どことなく悲しげな気配の漂う「勇者」の問いに、「魔王」は一言、知らぬと申し訳なさげに答える。
そっか……と呟いた「勇者」は、叫んだ。
「ああっ、返したりそういうのしてぇよぉぉぉ!!!」
それは、「勇者」の叫び。
魂の限りに放たれた、ある種切実さすら感じさせる声音。
それに対する「魔王」の答えは淡白なものである。
――――もらっていないものを返すというのは、できるのか?
「言うんじゃねぇ! じゃあよこせ! 先に僕によこせ!! チョコよこせ!!」
――――いいだろう、少し待っておれ
そう返した後「魔王」は部屋を出て、数分後、甘く香ばしい香りを漂わせるラウンドケーキを持ち、心なしか浮き足立った様子で戻ってきたのである。
想像してみてほしい、どこで手に入れたかわからない愛らしい刺繍の目立つエプロンをした、ハリウッド俳優顔負けのルックスを誇る中年男性が、洋菓子を手に浮かれた様子で部屋に入ってくる様子を。ある意味では眼福とも言える光景ではあるが、しかし、少なくとも「勇者」にとっては違った。
「おい、何だよそのテンション」
――――さぁ、食してみよ! 食してみよ!!
「勇者」の反応など意にも介さず、「魔王」はいつになく明るい調子でチョコレートのラウンドケーキを薦めてくるのであった。
そこは、自分を討伐させる手段を思い付くまではおいしい料理による世界平和を考えていた存在である、食品なら何でも調理できるのだ。そして、調理の技量も個人で店を構えることができる程度のもの。
そんな料理人が全力で作った菓子を無料で食べられる……これはなかなかに贅沢なことである。
しかし。
「そぉぉぅじゃねぇぇんだゆぅぉぉぉぉおおお????」
そこは「勇者」の熱意……熱意?も負けてはいない! 彼は常人なら触れることすらままならぬ「魔王」の肩に手を置き、鬼の形相で詰め寄ったのである!!!
あまりの迫力に「魔王」もただ頷くのみである。そして、「勇者」の熱弁が始まる!
「いいか、そもそもバレンタインとかホワイトデーとかって、あんたみたいなおっさんが相手になってくれても喜べるような日じゃねぇんだよ!? こういうときは、黒髪+ロリ顔美乳のミニマム系女子in巫女服が理想なんだってば! で? まぁ? 僕はそこまで邪なやつじゃないから実行には2,3回しかうつしてないけど? あわよくば、あわよくばよ!? あわよくば、さぁ……!」
なるほどな……と呟いた「魔王」の体が淡い光に包まれる。
次の瞬間、「魔王」は黒い髪の美少女に姿を変えて「そら、これでよいのか?」とケーキと一緒に作っていたらしいハート型チョコレートを渡す。
瞬間、「勇者」の表情が石のように固まる。
「なぁ、おっさん」
「いや、魔王だが?」
「僕はな? 美少女からチョコをもらいたいんだよ。それも本物の、そうだな、言うなら同年代くらいのさ、凄くかわいい女の子からさ! 完成度高くたって、おっさんのコスプレした姿にもらったって意味がないんだよ? なぁ、」
「そうか、それはすまないことをしたな。では戻るとしよ、」
何故か落ち込んだ様子の「魔王」が淡い光に包まれようとしたとき、「勇者」の腕が「魔王」の――――「魔王」扮する美少女の細い腕を掴む。
突然のことに、「魔王」の口から「ひゃっ!?」と、アニメ美少女然とした声が漏れる。
「ゆ、勇者……?」
「……そ、そのまま」
「?」
「そのままの姿でいてくれっつってんだよっ!! ったく、なんでそんなに僕のストライクゾーンど真ん中なんだよ、その姿はっ!! あと上目遣いで小首傾げるのやめろ、理性が死ぬから!
……せっかくそんな姿になれるなら、ちょっと僕が言う台詞も読んでみてくれないか? 紙と、何か書くものねぇ?」
なんと!
頬を赤く染めながら、この「勇者」は! いわゆる「美少女」と化した「魔王」に、自分の理想のシチュエーションを再現させようとしているのである。
ああ、メガホンを右手に、巻いた台本を左手に持ちながら「魔王」に台詞を叩き込んでいる「勇者」の姿など、誰が想像できただろうか! そこにいるのは、ただ妄想を具現しうる存在を堪能しつくさんとするひとりの青年だった。
「ちっげ、違ぇよ魔王! お前何しにここ来たんだよ!?」
「我がこの星に来たのは、偶然だったのだが……」
「マジレスすんな、このコスプレ野郎!」
「こ、こす……?」
「いいから! じゃあもう1回、『あっ……、き、奇遇だね』行くぞ!」
多大な犠牲を出した責任をとるべく地球の文化を研究していたさすがの「魔王」も、「勇者」の気迫に追い込まれつつあった。
ある意味で、今! 「勇者」は「魔王」を圧倒しているのである!!!
そしてついに、「魔王」は!
「あ、あの、勇者……! ちょ、っとだけ休ませて――――あっ?」
口調が少し役柄に染まりつつある「魔王」は、休憩を求めた際によろめいた!
突如訪れた千載一遇のチャンス!
ここで「勇者」は「魔王」を討つのか!? まさかここまでが「魔王」に大きな隙を作らせるための作戦だったのか!?
かのヒッチコックが撮影において何テイクも繰り返すことで演者の精神に負担を与え、追い詰められた演技をより光らせたように! この「勇者」もまた、たった1つのシーンを数時間にわたって繰り返すことによって「魔王」を追い詰めたというのか!?
いや、違う!
この場で「勇者」がとるべき行動とは!
「危ない!!」
倒れる「魔王」、いや巫女服を着た『幼馴染みの美少女』を、抱き抱えようとその手を伸ばし――――
「うわっ」
「ひゃっ」
地面に倒れる2人。
頭を打ったのか、呼吸はあるものの目を閉じたまま動かない「魔王」の体と、その上に重なるように倒れている「勇者」。
そう、これはまるで、かつてこの星に存在したマンガ展開!
「………………!!」
ああっ! 夢見る青年の鼓動は今や、高速ドラミングに匹敵する速度にまでなっている!!
半開きになった口元に、「勇者」の視線は引き寄せられていく。
そして、「勇者」は気絶した「魔王」の桜色をした唇にその唇を……。
* * * * *
「うっ、おえっぷ……!」
――――何か、すまない。
「うぅ、~~~~~~!!!」
部屋の床に両手をつき、必死に口の中から空気を吐き出そうとしている「勇者」と、そんな彼を後ろから見ている「魔王」。その姿は先程までの少女ではなく、普段のいわゆるロマンスグレーといったものに戻っている。
「まさか、」
――――まさかお前が我に口づけをしようと考えていたなどとは夢にも思わず、つい普段とり慣れているこの姿に戻ってしまったばかりに、お前はこの外見の我と、
「言うな! 言わないでくれ……!」
あまりに悲しい、切実な叫び。
しかし、「勇者」……もはやそう呼ぶことすら躊躇われるが、「勇者」はただでは転ばない!
「さっき作ってくれたチョコ、どうした?」
唐突に問いかける。「魔王」は玉座脇の机を指さし、「今度は何をするつもりだ」と半ば呆れたように問い返す。
それに対し「勇者」は、会心の笑みで答えた!
「こんな日は、チョコでも食べて嫌なことなんか忘れちまいたいんだよ」
――――うむ、それもよいな!
かくして、「勇者」は1ヶ月ほど遅れたバレンタインチョコを食べることができたのであった!
もはや、「勇者」のホワイトデーなのだからお菓子を返したいという目的は忘れられてしまっていたが、「魔王」のパティシエ顔負けのケーキに舌鼓を打つ、それなりに満たされた時間を「勇者」は送ったのであった。
この2人がその戦いの果てに地球そのものを壊してしまうのは、また本編の話。
ということで、『ボスが手を抜かないホワイトデーには、主人公も一切手を抜かない』でした。
お楽しみいただけましたでしょうか?
ちなみにホワイトデーですが、この日(今日ですね)に返すお菓子にはそれなりに意味があるそうですよ?
・マシュマロ:あなたのことが嫌い ※諸説有り
・クッキー :あなたは友達です
・キャンディ:だーいすき!
マシュマロって、定番なんじゃないの!?と。驚いたものです。
ただ、マシュマロには「マシュマロのように、愛で包みたい」みたいな意味もあるそうなので、嫌い説については「諸説有り」扱いにしたいと思っています! だって、わざわざ「嫌いだし」って伝えるとか、なかなかないですよね……?
なので、「やっべ、マシュマロ用意しちゃったよ~」という方は、「マシュマロのように~」関連の意味の方を覚えておけばいいのではないでしょうか(都合のいい意味を使えばいいのだと思います。大事なのは気持ちだと思うので)!
縁が無いと言ったわりに、熱く語ってしまいました……(/ω\*)
また次のお話でお会いしましょう。
ではではっ!!