第1話:幕開け(前編)
1
ガキィィン!カーン!
耳を劈くばかりの金属音が都心の高層ビル群に木霊する。
「クソッ、何てタフなモンスターなんだ。こうして30分は斬りあってるというのにも関わらず、一向に戦いに動きが無いぞ。」
俺は舌打ちをしながら汗を拭い、敵を見やる。
敵モンスターはゲーム内でも有数のヘブドラ級のフェルジャーニス。5メートルを超す大型の蠍型モンスターだ。ただでさえ不気味な蠍がモンスター化したのだから、更に恐怖は増し、オマケに赤く光る目が更に気味悪さを増幅させる。
「おいジダイン!話と違うじゃねぇか!猛毒の尾をちょんぎってもちっとも弱体化しねぇ!」
バックステップでギリギリ大蠍を避けながら、チームメンバーの1人が叫ぶ。
「うるせぇハリダン!そんなこと分かってんだよ!」
必死に大蠍の左腕をガードしながら相手に対して俺は叫び返す。
「おいウェアーク!敵の残りHPはどのくらい?」
ハリダンがそう問うと、理知的なメンバーが眼鏡のフレームを片手で支えつつ、ステータスバーに目を見やり、顔をしかめながら答える。
「そうですね、残り6割程度といった所でしょうか。しかし、話によると残りHPが2割を下回ったあたりでモンスターの攻撃力が5割上昇し、攻撃がかなりトリッキーになるとの話です!決して気を抜かないでください!額の黒い痣が弱点なのでそこを狙えば着実にダメージを与えられるはずです!」
「「了解!!」」
そう2人で返事をするや否や、ハリダンが眉間にシワを寄せる。
「そんな事言ったってよ、どうやってダメージを与えろってんだよ。あの大腕が厄介で近づきようがねぇし、そうこうしている間にも、俺達の集中力と体力は摩耗していきつつあるんだろ?より一層戦いにも注意を払って言っておかねぇとヤベェんじゃねぇのか?」
確かにハリダンのその言葉には一理ある。それを聞いて俺は自分のステータスパラメータを見やり、残りHPを確認する。現在レベルは32、HPは最大値の半分近く消耗してしまっている。そして、俺の他の2人ともやはり半分程度HPを消耗しており、やはりこれ以上の無茶は禁物というような状況下にあった。
治癒水晶でも使うかな・・・と一瞬思案したが、そこまで懐も暖かくない。無闇に使っていれば後々きっと苦しい目にあうことになるだろう。そんな状況を回避するためにも、今は極力水晶の消費は避けないといけない。
このまま闇雲に攻撃し続けているようでは埒が明かない、そう考えた俺は2人にこう呼びかけた。
「2人とも、ここからは連携攻撃で一気に追い 詰めよう!3人で一気に行けば比較的ダメージを抑えてとどめをさせるはずだ!」
「マジかよ、連携攻撃ってクリティカル率が低いからダメージを与えるの難しいんだろ?本当にいけるのか?」
ハリダンが不安そうにそう言うと、その不安を拭い去るかのように、ウェアークが自信に満ちた口調で返す。
「いえ、問題ありません。僕達はもう1年3ヶ月も共に戦っているんです。そこで培われた信頼は計り知れないはず。クリティカル率とお互いの信頼度は比例するんです!」
「という事は、もしかして・・・」
「そう!かなり攻撃を決められる確率は高いだろうな!」
待ってましたと言わんばかりに俺が口を開く。
「あ、それ僕のセリフだったのに・・・」
「それじゃあ行くぞ!両腕に何とか食らいついて、敵がある程度弱まったら連携攻撃で決めるぞ!」
「おう!」「はい!」
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
俺とハリダンは斜め後ろにそれぞれ己の武器を構え勢いよく跳躍し大蠍の右腕に食らいついた。
大蠍の高さは3mはあるだろうか、その巨体を俺達が遥かに高く飛び越し、右腕に食らいつく。
「よし、行け!ジダイン!」
「準備は整ってるのか!なら行かせてもらう!」
「さあ、早いところ勝負を決めちゃいましょう!」
「どぉりゃぁぁぁぁぁ!!」
CPアシストを受けながら勢いよく振り下ろした剣は、青白い光跡を空間に残しながら大蠍の右腕に命中した。
大蠍の右腕は地面に落ち、大蠍は悲鳴を上げた。
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」
ハリダンとウェアークも、それぞれの武器を手に、光跡を描きながら渾身の一撃を左腕に放つ。
クリティカル判定がなされ、大蠍の左腕はだらりと垂れ下がった。
2
ウェアークが大蠍のHPゲージを見やると、残量は四割付近まで下回っていた。
「二人共!今です!額の痣へ連携攻撃を!!」
「「了解!」」
ウェアークが2人に加わると、3人は大蠍の額の痣に食らいつく。
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」」
叫び声を上げながら斬りかかって来る3人に呼応したかの如く、大蠍はこちらに向き直り、残った脚で突進を仕掛けてきた。
3人はそれを華麗にかわすと、額の痣に斬りかかった。
「俺から行く!ハリダン、ウェアーク!俺に続け!」
「「了解!」」
俺は剣に意識を集中させ、力が貯まるのを感じると、思い切り斬りこんだ。
すると、見事に剣が痣の中心にストライクした。
少し、傷が開き、赤い光を漏らし出している。大蠍は雄叫びを上げつつ、無様にもがき続ける。
「うるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
轟音と言わんばかりの大剣を振り翳してジダインが大蠍に食らいつく。
当たりには砂埃が舞い上がり、大蠍が怯んだ隙にウェアークが一撃必殺型の攻撃魔法を繰り出す。
凄まじい閃光と轟音が辺りを覆い、思わず目を瞑ってしまう。
その直後、大蠍の悲痛な叫びが聞こえたかと思うと凄まじい轟音を撒き散らしながら大蠍は消滅した。
目の前には“BATTLE COMPLETE”の文字とともにドロップアイテムと獲得EXPが表示される。
ドロップアイテム欄を見るなりハリダンが言葉を漏らす。
「おお・・・。これは凄い・・・。フェルジャーニスの尾と鋏がドロップしてやがるぞ。これって確か激レアもんなんだよな?なかなかドロップしないって聞いたことあんのだが。」
「ああ、そうだ。俺らは幸運の持ち主ってわけだな!」
「そうですね!僕達の死闘を繰り広げた先にあった思わぬ天からの恵みに僕は驚きを隠しきれません!」
ジダインは溜息をつくなり、口を開いた。
「よし、それじゃあ拠点に戻るとするか!今日は祝杯だ!」
「俺達の激闘を祝ってな!」
「はい!早く帰りましょう!」
3
拠点に帰る道中、ハリダンはなにか引っかかることがあるかのように俺に訊いた。
「そう言えばよ、お前大蠍の右腕どうやって切り落としたんだよ。あいつの腕と言ったら硬い外殻で覆われていて武器の素材にも使われるほどなのに。片手剣でとても切り落とせるもんじゃないだろ?」
「ああ、確かにそうだ。しかしな、アイツにはウィークポイントがまだ残っていたんだ。」
「ウィークポイント・・・だと?」
「そうだ。」
「何なんだよ、そのウィークポイントってぇのはよ?」
「ああ。実はな、大蠍の胴体と腕の間の関節の部分は身体の構造上、外殻が無くなっているんだ。そうじゃないと関節が動かせないしな。」
「でもよ、そんなのどうやって的中させるんだよ。あんなでかい図体だからさぞ的中させるのも難しいんじゃねぇの?」
ジダインの問いかけに答えるかの如くウェアークが口を開いた。
「確かにハリダンさんの仰られるとおり、フェルジャーニスの腕の関節は構造上外殻に覆われていません。しかし、あの大きな化物の関節を的確に当てていくのはかなり高度な技術が必要となるでしょう。」
「やっぱりお前ってリーダーなだけあってすげぇな・・・。」
ウェアークの解説を聞いて、ジダインは思わず感嘆の声を漏らした。
「そうか?そこまで凄くはねぇと思うけど?」
「またそうやって自分凄いだろアピールして来る。ったく、勘弁してくれよな、リーダーさん。」
「ハハハハハ・・・」
こうして俺達は今日も生き延びることが出来た。しかし、本来のこのゲームはこんなものでは無かった。ただただ、マシンを装着することで街中にバーチャルのモンスターが出現し、それを倒していく、至って手軽なゲームである。しかし、俺達はあの時まだそんなことは予想打にしていなかった。まさかこのゲームが後に命を懸けた現実のゲームと化してしまうとは・・・。
そしてそれは、開発者及び運営さえも予想だにしなかった現象だったのである。
あの悲劇の幕開けから早1年、拡大しつつあるモンスターの侵界。それを食い止められるのはまだまだ先の話である・・・。
《続く》