5
「藍に王家の証を渡せと言われた?」
雅の言葉に良は驚いた。
まさか、藍がこの部屋に来たとは思わなかった。
そのことに愕然とする。
「それで?」
「…渡さなかったわ。
だってこれはとても大切なものだもの」
雅の言葉に良は安堵した。
「良かった。それなら大丈夫だ」
でも藍の言葉を拒否したのなら危険だ。
良は考えをめぐらせる。
「逃げたほうがいいかもしれない」
藍が王に言うかは分からない。
だが、藍が気づいたということは、他の誰かが気づいても不思議はない。
そうすれば雅に待っているのは破滅だ。
「逃げよう、雅」
良の言葉に雅は目を見開く。
逃げることは雅も考えていたことだった。
でも雅は一人で出て行くつもりだったのだ。
だからそう言われてとても驚いた。
「雅?」
返事を促されて雅は逃げる、と頷いた。
良と一緒にどこまでも遠くへ。
それはとても素敵なことに思えた。
「…でもいいの?
全てを捨てることになるのよ?」
王族としての身分も、安定した未来も。
「別に王族の身分など惜しくないよ。
俺が欲しいのは君だけだ」
そっと良の手が雅の頬に触れる。
その体温を感じて良はとても安堵していた。
ありがとう、と雅が微笑む。
本当はとても不安だった。
一人で逃げるつもりでいたが、一人では怖かったのだ。
「逃げるなら陽の国がいいわ」
ふわりと蝶が現れて告げる。
初めて蝶を見た良は驚いている。
「精霊?」
そうよ、と蝶は笑う。
「行くなら早くしましょう。
ここはとても窮屈なのよ」
そう言うと蝶は消えてしまった。
その様子を唖然として眺めてから良はため息をつく。
「…とりあえず、行くか」
そうね、と雅は微笑んだ。
重かった心は良のお陰で随分と軽くなった。
きっとこれから大変だろう。
旅は楽なものではないはずだ。
それでも良と一緒にいるなら頑張れる。
きっと大丈夫。
そう思えた。
二人がそっと城を出て行くのを藍は窓辺から見ていた。
二人が選んだ未来。
それが幸福であれば良いと思いながら。
元々、姫は死んだと報告されている。
だから一緒にいたとしても問題はないだろう。
王家の証さえ持っていなければ。
あれを持っている限り、姫の身は危険にさらされる。
それを守る覚悟があるのなら、良はどんなことでもするだろうと思った。
予想通り、良は姫を守るために出て行った。
その結果に藍は満足している。
「頑張れよ、良」
弟に向かってそう告げると藍は窓辺から離れた。