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庭を横切り、幼い頃に見つけた抜け道を探す。
そこから外に抜けることが出来る。
どこまで行けばいいのか分からない。
それでも逃げるしかないのだ。
草を掻き分け、木の下をくぐる。
確かここに穴が開いていたはずだ。
草の先に開いた穴をくぐり、外へと出ようとした。
その時、ふいに腕を捕まれて引き寄せられる。
「こんなところにいたのか!探したぞ!」
兵士が叫ぶ。
見上げた顔は兜に隠れて見えない。
ああ、私の運命はここで終わるのかと思った。
恐ろしさに涙が出た。
「…もう大丈夫だ。
怖いことは何もない」
ぎゅっと抱きしめられて、敵の言葉なのに安堵を覚えた。
涙を拭う優しい仕草に心が震えた。
雅は大人しく兵士に従った。
連れていかれたのは小さな部屋だ。
他の人質たちはいない。
「ここで休むといい」
そう告げて兵士は部屋を出て行く。
何かがおかしいと感じたが、考える気力もない。
その場にくたりと座り込む。
膝を抱えて侍女は無事だろうかと考えた。
扉が開く音にも気づかなかった。
「寝るならベッドに」
そう言われてやっと男の存在に気づく。
男は食べ物と飲み物を持ってきていた。
見上げて初めて男の顔を見た。
ああ、どうして気づかなかったのだろう。
声で分かるはずなのに。
「どうして?
どうして、こんなことに?
だって私達は上手くいってたはずよ?
なのにどうして?!」
やり場のない怒りを男、婚約者の藍にぶつける。
国と国を繋いでいたのは私達だ。
私達は上手くやっていた。
もうすぐ嫁ぐことで同盟は強固になるはずだった。
「弱い国は必要ないと王が判断された。それだけだよ」
婚約者の言葉に唖然とする。
「それから、俺の名前は良。
君の婚約者の藍ではないよ」
「どういうこと?
だって顔も声も藍と同じだわ」
雅の言葉に良はため息をついた。
「今まで君に会っていたのは俺だ。
手紙の返事を書いたのも俺。
つまり、俺は藍の身代わりだったということ」
分かった?と良は聞いた。
それはとても受け入れることが出来ない真実だった。
「君の国は滅んだ。
もうどこにもないよ。
姫は捕らえられ処刑されたらしい。
君は死人だ」
淡々と語られる言葉がゆっくりと脳に染み込む。
姫は処刑された?
あの子は死んだの?
悲しみが全てを満たしてゆく。
流れ落ちる涙を拭うこともせず、ただ泣いた。
国が滅んで2日目。
ただ呆然と一日は過ぎて行った。
「食べて。食べないと死んでしまうよ」
口に果物をおしつけられても食べる気にならない。
どうせ死人なのだ。
死んでも構わないと思えた。
良はため息をついて諦めたように見えた。
それにホッとする。
価値のない姫など放置すれば良い。
だが、良は果物を一口かじると雅のあごをつかんだ。
突然塞がれた唇から果物の甘さが入り込む。
嫌がって振り上げた両手は易々と捕らえられる。
やがて果物が一つ、雅の口の中に消えた。
「どうしてこんなことをするの?
死なせてくれればいいじゃない!
私なんて存在する価値がないのに!」
同盟の道具であったのに役に立たなかった。
それが悲しくて悔しい。
ぽろぽろと涙がこぼれた。
「君を生かしたのは俺だ。
死ぬのは許さないよ」
そう言って良が涙を拭う。
「死ぬな」
その言葉が心に染みて 涙が止まらなくなった。
「嫌い!貴方なんか大嫌い!」
良にしがみついて雅は泣き叫んだ。
全ての悲しみと不安をぶつけて、泣き疲れて眠るまで泣いた。