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8 うさぎおいし

 く……首が痛い……。


 さっきから首が痛くて蹲っている俺を、リルが困った表情で撫でてくれている。


「ごめんねー、シュンが見当たらなくて焦っちゃった……」


 リルは謝ってくれてるけど、実は悪いのは全面的に俺だ。

 俺はリルの尻尾の中で気持ち良く……それはもう、とても気持ち良く二度寝をしてたのだが……リルは目を覚ました時、腕の中はおろか周囲にも俺が見当たらなくて焦って飛び起きたのである。


 結果、尻尾から振り落とされ、頭から地面に落ちて首を痛めたのである。

 まだ目の前がチカチカする……


 生後一日ながら、俺の記憶にある仔猫に比べてだいぶ大きく約三十センチくらいはあるのだが、それでも尻尾の高さからの落下は、寝てたらニ階の高さから落ちたくらいの衝撃である。起きていればなんとかなったかもしれないけど、寝てる最中はさすがに……


 異世界はモフモフするだけでも、命がけだにゃあ……なんてね。



◇◇◇


 

 少し落ち着いたところで朝食となった。

 朝食は干し肉を水で柔らかくしたものと胡桃みたいな木の実だ。


 干し肉はプチラビットの肉だと、リルが教えてくれた。

 プチラビットって兎かな? プチだから小さいのかな?

 木の実の方は味もまんま胡桃みたいだ。


 思いの他美味しかったけど、おつまみみたいな朝食にビールが欲しくなった……

 自然いっぱいのところでこういうのを食べるとね。



◇◇◇



「さあ、今日は狩りに行くよー。シュンも一緒だよ」


 リルは朝食の後、何やら準備をしていたのだが、それが終わったのかヒョイっと俺を肩に担ぎ上げた。

 洗ったりお手入れをしている様子もなかったのに、リルの髪は今日もフワッフワだ。

 背中まである綺麗な銀色の髪が、たまに吹く風に揺られて幻想的ですらある。


 リルは慣れた様子で、木々の間に向かって歩きだす。そういえばこの辺り罠だらけなんだっけ。

 リルはずっとニコニコしてる。


「やっぱり、誰かと一緒に狩りに行くのは楽しいなー」


 父親のことを思い出してるのかもしれない。ちょっとお姉さんぶってるようにも見える。



◇◇◇



 森の中をしばらく進んだけど、生き物の気配をあまり感じない。俺が感じられないだけで、息を潜めているのかもしれないけど。

 リルはニ年間もこの森で過ごしてるって言ってたけど、危険な魔物はいないのだろうか。

昨日、狼に追われた俺としては、一週間でさえ無事に生きていられる自信が無いのだが……


 その時、リルが立ち止まり目線だけこちらに向けて、人差し指を口の前に立てた。

 静かにするようにってことかな。


 そこから、リルが俺を肩に乗せたまま、スーっと素早く歩みを進める。

歩く音が全然しないんだけどっ!?

 狩りに慣れてるだけあるなあと感心していると、二十メートル程先に五十センチくらいの茶色の兎が見える。


 リルが音も無く弓を構え、俺が唾を飲み込んだ時には既に矢を放っていた。

 矢は兎の胴に刺さり、さらに刺さった瞬間にはリルは既に駆け出していた。

 あっという間に間合いを詰め、左手で兎の胴を掴み、右手の短剣で首をはねる。


 一連の動き全てに無駄が無く、静かでいて躍動的なその姿がとても美しいと思った。


「なかなかやるでしょ?」


 振り向いて、悪戯が成功した子供みたいな表情を見せるリル。

なかなかどころではない。


「クルニャー!」


 感動したことを伝えたかった。喋ることができないことが悔しかったけど、喋れたとしてもこの感動を言葉で表現できた気がしない。鳴くことしかできない今の姿に少し感謝する。


「でしょー、愛いヤツ、ウイヤツー」


 肩に乗ってる俺は頬ずりされた。

 少しくすぐったいけど気持ち良くて、喉がグルグル鳴ってしまった。

 ニャンコって嬉しいと意識しないでもグルグル鳴るのね。


 その後、リルは兎を慣れた手つきで血抜きする。



「次は、一緒にラビットを追いかけようねー」


 兎を追うようだ……


 また肩に乗せてもらい、暫く歩く。

 一時間程歩いたと思ったところで、リルが立ち止まってスッとその場でしゃがみ込む。

 

 俺はそっと地面に降ろされた。

 リルが前方を指差すのでそれを目で追うと、さっきよりも一回り小さい兎がいる。


 リルは俺の方を見てニコっと笑った後、指でここから兎の方に進むように示して、俺の背中をトンと軽く押してくる。

 胸中は不安だったが、可能な限り全力で、気持ちだけはアフリカのチーターになって兎に向かう。


 見た感じ……というか本能的に相手の強さが何となく分かる。

 おそらく兎は他の魔物を襲わないのだろう、俺にも危険が無さそうだと感じた。


 あと五メートルというところで、こっちを向いた兎と目があう。

 あ……と思った瞬間には兎は俺の反対側に駆け出した。


 必死に追いかけてるけど、兎のほうが速い。

 徐々に離されていく。ま、待って……


 その時、兎の前方にガサッと影が現れた。

 ビクっと一瞬硬直した兎に、俺は走る勢いのままジャンピング猫パンチをした。


 ボフッ!

 もうなるようになれ!

 ボフッボフ!!

 猫パンチを連打した。


 手応えはあるけど、あまり効いてる気はしない。

 これは倒しきれない……と思ってると前方の影が動いて兎を抑えた。


 影はリルだった……。

 俺が走り始めた後で、兎の前方に回り込んでたようだ。


「シュンは初めてなのに、いい動きだったよ! 共同作業ってやつだよ!」


 俺のしたことは大したことないけど、リルの笑顔に嬉しさで胸がいっぱいになった。



◇◇◇



 その後、もう一度同じように兎を追いかけ、三羽目の狩りに成功したところで帰路についた。

 少し日が傾いてきてる。もうすぐ夕方だろうか。

 兎の入った籠を担いで歩くリルの後ろをついていく。

 ちょくちょく振り返って話しかけてくれる姿がお姉さんぶってるように見えた。


 まだリルと過ごした時間は一日だけど、リルはいろんな表情を見せてくれる。

 楽しいな……こんな日がずっと続けばいいのに……



 夕食は兎の丸焼きをつくってくれた。一羽でたっぷり一食分あるので、ニ羽は干し肉にするそうだ。朝食べたあの干し肉だ、ジャーキーだ。


 焼いたあとの見た目は、鶏肉に見える。


 誰でも知ってるあの童謡を初めて聞いた時に、兎が美味しいって言ってると思ったのは俺だけではないはずだ……


「はい、ラビットは柔らかくて美味しいんだよ」


 木製の器に食べやすいサイズに千切って置いてくれた。

 香ばしい匂いに涎が止まらない。

 リルがニヤニヤしてこっちを見てくるけど、そんなリルは今朝ヨダレが鍾乳洞だったんだからね……


 昼間生きてる時の姿を覚えてるけど、不思議と抵抗感は無い。


「ニャン!」


 いただきます!とかぶりつく。

 食感はクセが無く、ジューシーな鶏肉のようだ。

 ただ焼いただけの肉だけど、自然に囲まれて人と一緒に食べるお肉は、なんでこんなに美味しいんだろう。それがリルとだからなおさらなのかもしれない。


 肉にかぶりついてるリルと目が合う。

 お互い同じことを思ってると感じたのは勘違いじゃないと思う。


 周囲の静けさが心地良いと感じながら、夕食の時間は過ぎていった――――








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