32.リルの想い
今話はリル視点です。
―――― リル視点 ――――
「リル姉様、私達のせいでごめんなさい」
何度目かのクレアの謝罪だ。
私……リル達は今、鉄格子のついた馬車で運ばれている。手足は縛られ、腕には魔法を使えなくする腕輪をはめられた。
近くで縛られているアルフレッドさんは騒がないように猿ぐつわもされている。
進む馬車を見張っている男達の話からすると、リル達はある貴族の領地まで運ばれているようだ。
以前、アルフレッドさんが言ってた侯爵とかいう人の所だと思う。
傭兵団長から部下への指示で、リル達に危害は加えられてないけど、今後のことを考えると何の慰めにもなっていない。
「クレアのせいじゃないよ、リルこそ力になれなくてごめんなさい」
うん、全然クレアのせいじゃない。リルの肩におでこをつけて泣いているクレアが悪いわけない。
でも、リル達はもう駄目だと思う。それくらいはリルにも分かる。それなのに何故か落ち着いた気持ちなのはもう諦めちゃってるからかな……
足掻くこともできない、リルの力が足りなかったばかりに……
物語だとこういうピンチの時に勇者の人が助けに来てくれるんだけど……
そんな都合のいいことあるはずないもんね。
シュン……
シュンは無事だよね……
クレアの話だと、傭兵団長に飛び掛かったらしいけど払いのけられただけらしいし。
シュンと過ごした時間は短かったけど……うん、あれが幸せな気持ちってやつだったんだね。シュンと一緒に居ると胸がポカポカ温かくて、優しい気持ちになってた。
シュンにはリルの言葉が通じると思っていたのは、……まあ今思うとリルの勘違いだよね。
ワイルドキャットに言葉が通じるはずないもんね。会話してる気分になってたのは、よく考えるとリルだけだよね。
実際、シュンはもうリルの事は忘れて山で伸び伸びと兎を追いかけてるかもしれない。
でも……リルからの一方通行かもしれないけど、シュンとはなんとなく心が通じてた気がするんだよね。
もう叶うことはないけど、シュンともっともっと一緒に過ごしていたかったなあ。
リルには幸せ過ぎたのかなあ……
一生分の幸せを使っちゃったのかも……そんなお話を昔ママがしてくれた気がする。
「リル姉様……」
クレアの声で我に返り、頬を温かいものがつたっていることに気づいた。
ああ……いつの間に泣いてたのだろう……
クレアの前ではお姉ちゃんとして、しっかりしなきゃいけないのに、涙が止まらない。
「シュン……」
もう一度、シュンに会いたいよ。
◇◇◇
もうすぐ目的地に着くらしく、リルも猿ぐつわをされた。
傭兵団長のガストマが話しかけてきた。
悔しいけど、この男の強さは本物だった。山のどの魔物よりも強かった。あと何年かあれば、この男より強くなることができたのだろうか。今となってはどうでもいいか。
「なあに、下手に暴れなければお前はそこまで酷いことにはならないだろうよ」
ガストマはリルに向かって話しかけてきた。猿ぐつわをされていて声が出せないから睨みつけるだけだ。声が出せても、しゃべりたくないけど。
「お前が売られる貴族様は、ちょっと変態だけど美味いものは喰えるし、生活にも困らないし、案外良いかもしれないぞ」
笑いながらガストマが告げてくる。
冗談じゃない。村を襲った奴等といい、こいつらといい、なんて自分勝手なの。
それにクレア達はどうなるというの。
ガストマが話しかけてきたのは、ただの気紛れか暇つぶしだったらしく、馬車のリル達が乗せられてる部分は黒い布で覆われた。もうすぐ、侯爵の領地の城門に着く。
リル達は戦利品として、侯爵に届けられるようだ。
◇◇◇
「ガストマ殿、待っていたよ」
馬車の近くから、初めて聞く声が聞こえた。
「だから結果は変わらないから、安心して待ってろと言っただろ」
ガストマの声がして、馬車を覆っていた黒い布が取り払われた。
「おお、さすがだ。傷も見当たらないようだし、素晴らしい仕事ぶりだ」
小太りの男とガストマが話をしている。小太りの男は豪奢な衣服に身を包み、ニヤニヤと嫌らしそうに笑っている。アルフレッドさんが睨んでいる様子から、この男が侯爵なんだと思う。
今いる所は石の壁に囲まれている広場だ。広さは百人近い傭兵達が居ても十分に余裕があるから、かなりの広さだ。
黒い布で周囲が見えなかったからはっきりとは分からないけど、街の城壁をくぐってから暫く進んだことから、侯爵の館か城の庭とか、そんな感じだと思う。
「さっそくだが、こいつらの引き渡しを済ませたい。そこの獣人の娘は、売り物だから一緒に奴隷紋を刻んで欲しい。部下達も早く休みたいだろうからな」
ガストマの言葉にクレアがビクリと震えた。アルフレッドが悔しそうに睨んでいる。
「お安い御用だ。奴隷化の二人も三人も手間は大して変わらないからな。では、地下室に運んでくれ。奴隷紋を刻むのに地下室は好都合だからな」
「はっ、いい趣味していやがる。おかげで俺達も儲かるから毎度ありだがな」
侯爵とガストマが話をしているその時、遠くからもの凄い音がした。
その後、何か岩が崩れるような音が続く。
「何の音だ! ザール! 見張りの魔物は!」
ガストマがザールに向かって叫んでいる。その様子を見ると、ガストマにとっても想定外の事が起きているらしい。
何が起きてるか分からないけど、逃げ出すチャンスになれば……
諦めたと思ってたけど、まだ足掻こうという気持ちが自分にあることに気づいた。
「見張りの鳥型魔物が全て撃ち落とされました。相手の数、攻撃方法ともに不明です」
いつも無表情なザールが酷く慌てている。
「ちっ、そこの男がどうやったか知らないが助けを呼んだのかもな。まあいい、A級冒険者パーティが来ようが返り討ちにしてくれる。おい、あんたは兵を動かせ」
ガストマがアルフレッドさんの事を指差した。アルフレッドさんが救助の依頼を出していたということなのかな。そして、ガストマは侯爵に兵を動かすように伝えた。
ここを囲む石壁の向こうから、人の叫び声が聞こえる。それが段々とこちらに近付いてくる。
「狙いはここだ、襲撃に備えろ! ザールは魔物を集めろ! 街の奴等に魔物を見られてもいいから集められるだけ集めろ!」
ガストマが叫ぶように指示を出している。突然の事態にも気負った様子が無いのは、数々の戦場をくぐり抜けてきたからだろうか。
この場にいる百人近くの傭兵たちが慌ただしく動き出す。
その時、壁の一角が轟音とともに崩れた。
砂埃の奥から、何かがやってくる気配がある。
ここにいる全ての人がその様子を固唾を呑んで見守っている。
静寂のためか、こちらに向かってくる足音が妙に大きく聞こえる。
そこから現れたのは、全長三メートルくらいの魔物。薄茶色の長毛を持つ四足歩行の魔物。右前足だけが腕の付け根あたりから赤い鱗に覆われている。
圧倒的な存在感と威圧感。だけどリルは怖くない、怖くないどころか……
えっ? えっ?
「なんだこの魔物は!」
ガストマが警戒している。百人からいる傭兵たちはいつの間にか武器を構えている。
――――クルルッ!
その魔物が発した鳴き声は、その威圧感からは考えられない程に可愛らしいものだった。
「シュン……」
数日前と姿形は全く違うけど、なぜか確信してしまった……
この魔物はシュンだと……




