11.『黒閃のフェンリル』と『破天のハティ』
疾駆迅雷 十の足跡 史を紡ぐ
夜、寝る前に、リルが銀狼族に古くから伝わる伝説を語ってくれた。
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およそ千年前、銀狼族に一人の英雄がいた。
名はバルハルト、銀色の髪を短く切りそろえた青年。
バルハルトはニ匹の従魔を従えていた。
従魔の名は『フェンリル』と『ハティ』、フェンリルは黒い狼の姿をしていたと伝えられ、その漆黒の佇まいは闇の奥に潜む『無』を想起させるものだったという。
ハティは金色に輝く体毛に、叡智を湛える青の瞳、獅子の姿をしていたと伝えられている。
フェンリルとハティは親子だったという説と、番だったという説がある。
災害と呼ばれるような凶悪な魔物ですら、バルハルト達にとっては日常の狩りと同じようなもので、各地の凶悪な魔獣を討伐して回り、その名を轟かせていった。
ある満月の夜、空から災厄が湧いた。
数十万とも数百万とも言われる、魔の軍勢。
地上の人族、獣人族は力を合わせて魔を退けようとしたが、時とともに押し込まれ始めた。その強さ、凶悪さに人々は絶望していった。
皆が絶望して諦めていく中、バルハルト達は自分たちだけで軍勢に挑んだ。七日七晩、戦った後に最後は軍勢を追いやったと伝えられている。
その後、バルハルト達の姿を見たものは無く、この戦いで最後に散ったとも、追いやるために魔の国に乗り込んでいったとも言われている。
この神話のような戦いは伝説として、吟遊詩人達によって後世まで語り継がれた。
「疾駆迅雷 十の足跡 史を紡ぐ
天覆す 二筆の風」
バルハルト達の十の足が、歴史をつくったと。
人によっては『史』ではなく『死』であるとして、軍勢を蹴散らす姿に畏敬を込めて詩を詠んだ。
フェンリルとハティの戦う姿は、人が目で追えるようなものではなかったが、時折空に閃く尻尾の軌跡は美しい筆の軌跡のようで、その神々しさに人々は心を奪われ祈り続けたという。
『英雄バルハルト』 『黒閃のフェンリル』 『破天のハティ』
十の足跡 史を紡ぐ
その伝説は銀狼族の誇りである。
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リルの話によると、人族が中心の国にも似たような言い伝えがあるらしい。
教会によって話が伝えられてるらしいけど、伝説の内容が違い、バルハルトは『人族』で『十の足』というのは『五人の勇者』のことで、『フェンリル』と『ハティ』は狼と獅子ではなく、『狼と比喩されるくらいに強き者』と伝えられてるらしい。
村に立ち寄った吟遊詩人、エルフのお姉さん曰く、「人族に都合のいいように伝えられてるのよ……」とのことだ。
エルフは長寿でいつまでも若いままの姿をしていると、リルが教えてくれた。
『……ということは、エルフの『お姉さん』ではなかったのでは……』と思ったが、思っただけなので問題無しである。
喋れないし全然問題無しなのである。
この神話のような伝説。漠然としたものだが、俺達に関係してくるような気がした……。