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2 ちいさき者の懺悔

「昔のこと思い出しちゃってさ」

 何の脈絡もなかった。妹はじっとこちらを見ていた。僕は、食器洗いを終えたばかりで赤くなった手を、ストーブで暖めていた。

「あたしハムスター飼ってたでしょ、昔」

「覚えてないな」嘘だった。

「ほら、あたしが部屋の中散歩させたら死んじゃったの。目を離した隙に、コードかじっちゃって」

「いや、覚えてない」

 違う、あのときのことはよく覚えている。覚えているけど、あれは僕にとって恥ずべき過去だった。何せ、初めて妹に負けた瞬間だったから。

 妹は薄く相好を崩した。僕の心中を見抜いたか、それとも、それほど意味のない笑みだったのか。

「あれからだよ。あれからあたし、ぜんぜん変わってないんだなって。ちょっと思ってね」

 そうして、視線を落とす。

「この子には、あたししかいないんだなぁって」


「この子には、あたししかいなかったの」

 庭の土をスコップで二回掘り返すと、墓穴はできあがった。僕は背中ごしに妹の泣き声を聞いた。

「ごめんねユウちゃん。ごめんね……」

 妹はユウちゃんを穴にそっと降ろして、すっかりささくれてしまった毛を撫でた。ユウちゃんは目を閉じていた。四六時中ひくひくさせていた鼻も、なんでもかんでもかじりついていた口も、今はもう動かない。

 四つ下の妹を慰めてやろうと、僕は兄貴ぶってその肩をたたいた。

「泣くなよ。また母さんに頼んで新しいの飼ってもらおうぜ」

 なにも聞こえていないみたいに、妹はぶつぶつと、謝罪を繰り返した。土をかけてユウちゃんを隠してやると、妹はワッと泣き出した。両手で顔を覆ったまま、身じろぎひとつしようとしなかった。僕はあきれて隣に座り込み妹が泣きやむのを待った。嗚咽混じりにつぶやく言葉が、耳をつく。

「あたしは学校とか、塾とか、友達とか、お母さんとか、いっぱいあるけど、この子にはあたしだけだったの。あたしがぜんぶだったの。どうしてあんな風にしかできなかったのかな。噛まれたとき、思わず投げちゃったのかな。面白がって、毛づくろいの邪魔したのかな。この子に優しくできたの、あたしだけだったんだよ。ユウちゃん、ぜったい悲しんでたと思う」

 いらいらして、僕は妹の頭を軽くはたいた。

「泣き止めってば、ばか。代わりのまた飼えるよう頼むって言ってんじゃん」

「そんなの、ないよ」

「あるよ」

 妹は土を蹴るみたいにして立ち上がって、上から僕を見下ろした。その迫力に負けて、僕はおしりで後ずさった。

「代わりはっ、ないんだよっ」

 その日妹は部屋にこもって、翌朝まで出てこなかった。


「自意識過剰っていうか、なんていうの? 育てることに関して己を過信し過ぎていたっていうか。あなたしかいないんだよーって、ハムスターがそんなこと思うわけないじゃん」

 妹は宙に視線を投げて、深く、座椅子に背を預けた。僕はこたつに潜り込む。

「まぁ、親バカだよな」

「そう。そんな感じ。この子が学校通いになったら、あたし多分、モンスターペアレントになるよ。子供にとっちゃいい迷惑だろうにね」

 自嘲しながら、彼女は大きくなったお腹を撫でる。新たな生命の胎動が確かにある。

「あんな風に後悔するくらいなら、親バカでも良いと思うけどな」

 僕の言葉を受けた妹はしばらくきょとんとして、そのあと大笑いした。

「ほら、覚えてたじゃん」

「うるせえな」

 二階から降りてきた義弟が、笑いあう僕たちを見て首を傾げていた。

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