火垂るの墓を見た後、さめざめと涙しながら与謝野晶子の詩を口ずさむお嬢様を膝枕して髪をなでている単元
戦争は外交の最終手段である。
戦争は世界経済を回す潤滑油となる場合もある。
戦争は結局はイデオロギーの名を借りた権力者の衝突である。
わかっているのだ 頭では。
男は戦いたくなるのだ。
男は銃を撃ちたくなるのだ。
男は戦車に乗りたくなるのだ。
男は戦闘機に乗りたくなるのだ。
男は甲板で敬礼をしたくなるのだ。
男は野蛮なのだ。
自問自答を繰り返す先生の膝上で お嬢様が詩を諳んじる。
ああ弟よ 君を泣く
君死にたもう ことなかれ
末に生まれし 君なれば
親のなさけは まさりしも、
親は刃を にぎらせて
人を殺せと 教えしや
人を殺して死ねよとて
二十四まで 育てしや
「死にたくない」じゃない。
「殺したくない」じゃない。
「殺させたくない」
今、我々の国は、できるなら銃を撃ちたくないと真剣に考えている人たちに守られ、自分たちが抜かれたら終わりだと覚悟して戦車を操る人たちに守られ、撃てない装備を抱え丸腰と同じ状態で空に飛び立つ人たちに守られ、反撃を禁じられ、それでも大海原の甲板で敬礼を行う人達に守られている。
理性を持った人たちに守られている。
攻めてきた男たちは殺したくなるのだ。
攻めてきた男たちは犯したくなるのだ。
攻めてきた男たちは蹂躙したくなるのだ。
攻めてきた男たちは占領地で己の存在意義を確認せねばならないのだ。
だからこそ国際ルールに同調する必要がある。万一の時に最悪を回避するために。
だからこそ国内の法制化が必要になる。万一の時に 独裁者が現れないように。
先生は自問自答を繰り返す。
お嬢様は9条保持賛成という。俺はどっちでもいいと思う。9条を保持するなら、その上で国を守れる体制を仕組みとすべきなのだ。
反戦を叫ぶ者たちこそが、積極的に万一の戦時ルールを国に定めるよう求めるべきなのだ。
この国の連中は、保守も革新も皆頭がおかしい。
だからこそ俺は保守と革新両方に頭がおかしいと言われても言い続けてやる。
いいからルールを決めてそれに従え馬鹿野郎ども。
お嬢さまはそんな先生の膝を枕にしながら想う。
先生が、私の頬に涙を一粒落とした。私の髪を撫でながら。惰性で髪を撫でながら。終戦記念日を伝えるテレビ画面を見つめながら。
先生の涙を、お父様もお母様も見て見ないふりをする。
私は先生の泣き顔を盗み見しながら想う。
どこの誰までが幸せなら、先生は幸せになれるのかな。先生がそんな顔をしなくて済むのかな。
ごめんね先生、ごめんね。
だけどね、だけどね。
私は先生といられて幸せなの。幸せなの。