第103話 皇帝勅令
量産機第一号の完成から数日後。
ヴァイスラント皇城、大謁見の間。
帝国中から重臣、文官、魔法学者、そして各地の魔導工房代表者たちが一堂に会していた。
玉座に座るのは、第九十九代皇帝エルンスト・フォン・ヴァイスラント。
その傍らには未来の皇妃ミア。
さらに宮廷魔法使いクロエが控えている。
皇族席には、皇帝の実兄であるクラウス皇兄殿下も静かに列席していた。
厳かな空気の中、宰相が一歩前へ進み出る。
「皇帝陛下。すべての準備が整いました」
エルンストは静かに立ち上がり、大謁見の間を見渡した。
「本日より、帝国勅令を公布する」
その一言だけで、広間は水を打ったように静まり返る。
「魔導暖房器具の製造を、帝国認可工房へ正式に許可する」
「各工房は統一規格に従い、品質を維持したうえで製造を行うこと」
文官たちは慌ただしく勅令を書き留めていく。
エルンストは続けた。
「併せて、新たな法を制定する」
重臣たちが一斉に顔を上げる。
「魔導暖房器具の根幹技術――妖精誘導理論、および重要術式は帝国の保護対象とする」
場内が小さくざわめいた。
「認可なく複製すること」
「術式を盗用すること」
「暗号化された魔法陣を不正に解析すること」
「これら一切を禁ずる」
「違反した者は、帝国法により厳しく裁く」
静かな宣言だった。
だが、その一言一言には皇帝としての揺るぎない決意が宿っていた。
ミアは穏やかな眼差しで、その横顔を見つめる。
暖房器具は、人々を救うために生まれた。
だからこそ、その知識もまた未来のために守られなければならない。
クロエも静かに頷く。
「これでよい」
「知識とは、人を救うためにある」
「じゃが同時に、守るべきものでもある」
その時だった。
静かな拍手が、大謁見の間へ響いた。
振り返ると、クラウス皇兄殿下が穏やかな笑みを浮かべながら立ち上がっていた。
「見事だ、エルンスト」
クラウスはゆっくりと弟の前まで歩み寄る。
「魔導具の研究を進めているとは聞いていた」
「だが、ここまで成し遂げるとは思わなかった」
そして、ミアへ優しく視線を向ける。
「未来の皇妃殿下も、おめでとうございます」
「あなたの支えがあったからこそ、エルンストもここまで辿り着けたのでしょう」
「帝国は、また一つ豊かになります」
ミアは嬉しそうに一礼した。
「ありがとうございます」
エルンストも静かに兄を見つめる。
「感謝する」
クラウスは柔らかく微笑んだ。
「兄として誇らしく思う」
「どうか、この発明で帝国中の民を暖めてくれ」
その言葉に、大謁見の間は温かな拍手に包まれた。
続いて、皇族席からクラリッサが静かに立ち上がる。
自然と広間は再び静まり返った。
クラリッサはエルンストとミアを優しく見つめ、穏やかに微笑む。
「エルンスト」
「ミアさん」
「本当に立派になりましたね」
二人は静かに頭を下げた。
「この暖房器具は、ただの魔導具ではありません」
「寒さに震える人々へ温もりを届け」
「病に苦しむ者を救い」
「家族の笑顔を守る希望です」
一呼吸置き、慈しむように続ける。
「あなたたち二人なら、この帝国をもっと優しい国へ導いてくれるでしょう」
「母として、これほど嬉しいことはありません」
ミアの瞳が潤む。
「お母様……」
エルンストも静かに頷いた。
「必ず、皆が安心して暮らせる帝国を築いてみせます」
クラリッサは満足そうに頷いた。
宰相は勅令書へ最後の印を押す。
「これより、この勅令を帝国全土へ通達いたします」
魔導工房の代表者たちも深く頭を下げた。
「謹んで拝命いたします」
「必ずや、帝国中へ暖房器具を届けてみせます」
エルンストは力強く頷く。
「頼む」
短い一言。
しかし、その言葉には民を託す皇帝としての信頼が込められていた。
やがて謁見は終わり、人々は次々と退出していく。
クラウス皇兄殿下も静かに踵を返した。
その途中、一度だけ玉座を振り返る。
そこには、民の未来を背負う弟の姿があった。
クラウスは穏やかに微笑み、小さく頷く。
「……立派になったな」
その言葉だけを残し、静かに大謁見の間を後にした。
ミアの肩では、リリが嬉しそうに羽を震わせる。
『今年の冬は、きっとみんな笑顔になれるね!』
アルも力強く拳を握る。
『火の子たちも大活躍だ!』
『帝国中を暖めるぞ!』
もちろん、その姿も声もミア以外には見えない。
ミアは小さく微笑み、心の中で頷いた。
(うん。みんなが暖かく暮らせる冬になりますように)
一方、窓辺へ歩み寄ったクロエは、雪化粧を始めた帝都を静かに眺めていた。
三十年前。
魔王城地下最深部で目にした失われた古代技術。
あの頃は理解することもできず、ただ圧倒されるばかりだった。
しかし今、その知識は人々を救う技術となり、法によって守られ、未来へ受け継がれる礎となった。
クロエは静かに目を閉じる。
「魔法は才能だけのものではない」
「知識となり」
「技術となり」
「制度となり」
「未来へ受け継がれていく」
「それこそが、本当の魔法学なのじゃ」
長き研究人生の末、クロエは確信していた。
この日。
ヴァイスラント帝国の魔法学は、新たな時代への第一歩を踏み出したのであった。




