拉致からの監禁一日目
課長なのに拉致された話
迂闊だったと言えるだろうか。でも私に非はないと思う。
まさか部下に拉致されるとは思うまい。
「………」
目が覚めた時には知らない天井。
頭はぼんやりするが痛くはない。結束帯で縛られた手首は進行形で痛い。
足は…と目を向けると律儀に縛られていてため息をつく。こっちも痛い。
要約、今の私にはただ転がるという選択肢しかなかった。
現状把握のために記憶を辿る。
昨日、相談したいことがあると呼び出された。
緊張している様子の相手に、お酒でも飲んだほうが話しやすいかなと個室居酒屋を選んだ。
お通しと適当なおつまみ、ビールとハイボール。相手はカシスオレンジ。
少し話したあと、そのあとはぱったりと記憶がない。
次に思いだしたのは、この部屋の天井と…自分を押し倒した部下の顔。
途切れ途切れに思い出せるのはそこそこ乱暴に犯されたことと、その最中に相手の顔をぶん殴ったこと。
そして今に至る。
「おー……」
なかなかにセンシティブ。一応シャツは着ているけどこの下は裸かな。
芋虫のように体を揺らして頭を起こす。
かろうじて見えた時計は5時10分。窓からかすかに光が漏れていた。
「樋山課長、起きましたか」
ふいに頭上から声がかかってそちらへ顔を向ける。
私に相談があるといい、一緒に酒を飲み、多分薬でも盛って拉致した上で強姦した部下がいた。
「…おはよう霜月君、早起きだね」
自分の声が思ったより掠れていてびっくりした。
霜月君も少し驚いたような顔をしているが、おそらく私の声の掠れ具合の件ではないだろう。
「この状況でも普通なんですね」
「…どうしようもないしねえ」
縛られてるし、どうできる気もしない。今現在私はまな板の上の鯉と大差ない。
まあ強いて言うなら足はほどいてほしい。普通につらい。
「顔大丈夫?思いっきりぶん殴っちゃった」
「心配してくれるんですか?僕もっとひどいことしましたけど」
少し腫れた頬を撫でながら言う。そういわれればそうだった。私のほうが尊厳及び体を傷つけられた感はある。
「まあ、取り乱して悲しむほど若くもないしね…」
「課長そんな歳じゃないでしょ。あと関係ないですよ」
「もう35なんよ。そろそろホルモンバランスも乱れてくるお年頃」
まあ歳は関係ないけど、確かに。
諦めが早い性格のせいか、大体の事柄で動じなくなっている自認があった。
まだ身内のことなら取り乱すかもしれないけれど、自分についてはまあなんとかなるだろと思っている。
変に図太くなったあたりも、歳のせいなんじゃないかなと思う。
「変な人。ずっとそう思ってましたけど」
「私は霜月君は優秀な子だと思ってるよ。飲み込みが早いし柔軟に対応できる。すぐ応用もできるし察しもいい。賢い子だなって」
「有難うございます。幻滅しました?」
「別に。変わった趣味してるんだなって。若いのにわざわざ私みたいな年増を選んで拉致強姦するところとか…君ならもっと選べるでしょう」
「年増を選んだつもりはないですよ。課長が欲しかったんです」
霜月君の言葉に思わず目を丸くした。
てっきり年上好きの暴走かと思ったのに、私狙い?
私が驚いたことが嬉しかったのか、少しだけ目を細めて私の枕元に腰掛ける。
顔にかかる髪を指先で払って顔を覗き込んだ。
「課長の目、綺麗ですね」
「普通だけど…ちなみにコンタクトだから目が死にそう。あとで外して眼鏡にしたい」
「気付かなくてすみません。あとで変えましょうね」
話しながらコンタクト越しに眼球を指先でつついてくる。やめなさい、目は普通に怖い。
「もっと言うと足ほどいてほしいんだけど。おばちゃん足吊りそう」
「わかりました。片足だけ拘束させてくださいね、逃げられたら困るので」
「逃げないっていっても信用できないだろうからいいよ、妥協点は大事だよね」
話が通じるタイプでよかった。霜月君は早々に足を縛っていた結束帯を切って、鎖のついた手錠を片足にはめると反対側をベッドの足に繋いだ。
こういうのはどこで買うんだろう。SMグッズ売り場か?
およそ日常ではみかけない道具に興味をそそられながら、体を起こして自由になった足首を擦る。
結束帯は地味に攻撃力が高い。くっきり赤く痕が残った。怪我一歩手前。
「ありがとう。助かる」
「助かってはないですけどねまだ」
確かに。現状はさほど変わっていなかった。
でも私にとっては足の拘束が解けただけでも大分助かる。マジで痛かった。
「手はいいんですか?」
「解いてくれんなら解いてほしいけど、まあまだそこまで辛くないから…まあおいおい」
「っふ、はは」
私の返事におかしそうに笑いだす霜月君。
なんかおかしいことしたっけ、と疑問に思いつつ相手を見る。
「課長、頭いかれてますね。平常すぎるし、順応しすぎですよ」
「そうかね…」
「普通なら足ほどいた段階で逃げるとか、暴れるとか、もっと何かできるでしょう」
「やー無理でしょう。だって君、頭がいいもの」
私の言葉にぴたりと笑いを止める。口元を押さえたまま、私のほうを見た。
「君は本当に賢いし頭が回るから、かなり用意周到に準備してるはず。私がちょっと逃げようと考えたぐらいじゃ無理だろうし、何の意味もない」
「……」
「無策で抵抗するのは無駄だし、今のところ私に危害を加える感じもしない。それならまあ、君の言うとおりにしておこうかなって」
「…はは」
今度は落ちるように笑って、口元を押さえていた手を私の頬へ伸ばす。
肌の表面だけを撫でるように触れ、ゆっくりと指先を頬へ沈ませる。
「僕の評価が高くて嬉しいです。賢いのは課長のほうですよ…お察しの通り、かなり準備はしました。ばれないように、逃がさないように、手に入れられるように周到に」
「そこまで労力費やしてもらって恐悦至極ではあるけど、ほんとになんで私?」
「賢いから、敏いから、不快なところがないから」
「…ピンとこないなあ。犯罪をしてまで欲しがる条件?」
そんな条件はいくらでもいるだろうに。もっと言ったら見目麗しい女子が。
わざわざ手を汚すには弱い理由だ。
「意外とね、この条件を満たす人はいないんですよ。生きてると不快な人間ばっかりで全然気が休まらない」
頬をふにふにとつつく。頬から指が這って、唇をなぞる。
穴が開くぐらい見つめられるのでどうしたものかと思う。
「課長は…季有さんは、僕を不快にさせない。傷付けない。煩わせない」
「…買いかぶりすぎじゃないかな。そんなすごい人間じゃないよ」
「買いかぶりすぎだったら、一緒に死にましょう。季有さんがそうじゃないなら、もう他に誰もいないから」
「……」
恍惚と微笑む霜月君は物騒男子だった。なんだ、令和の男はこういう感じなのか?
メンヘラは苦手なのになあと思いつつ、唇に触れる指に軽く噛みつく。
「とりあえず、お腹すいたね。ごはん食わせて」
「はい、お姫様」
そんな歳ではないし柄でもない。ちょっと鳥肌立った。
食事を作ってくれるであろうために出て行った後姿を眺めて、ベッドに身を沈めた。
課長視点。おいおい部下視点も書きます。
両者視点書くのが好きすぎて困る。




