第3話
転送陣が弾ける。
アルスは、玄関に着地した。
静かに扉を開ける。
「……今帰った」
扉の奥から声がする。
「おかえり。今日は早いわね⋯⋯あの魔法、使わなかったの?」
アルスは、ゆっくり顔を上げた。
「今日は、五回だ」
低く、完璧な声。
「理論的には許容量の三倍。しかし明日は有給なので問題は――」
ふらり。
「五回ってね、五層ってことなんだよ」
エルナ、察する。
「……ああ。使ったのね。それにしても、五回⋯⋯?それ本当?」
アルスは真剣な顔で続ける。
「ハンバーグも五層が理想なんだ。肉、肉汁、うまみ、やさしさ、愛」
「最後が抽象的すぎる」
「丸はね、五回重なると、もっと丸くなる」
「物理法則どうなってるの」
アルスは両手を広げた。
「今日のぼくは、丸の頂点にいる」
「何それ怖い」
急に声が弾む。
「ねえ聞いて!今日ね、ぼくね、五回も使った!すごいよ!?五回だよ!?褒めて!!」
「褒めない」
「えー!!」
テンションが一段上がる。
「でもね、ちょっとね、あたまがね、ふわってしててね、世界がね、ちょっとね、やわらかい!」
「重症ね」
アルスはくるっと回る。
「まるい!!」
「回るな」
「まわるとまるい!!!」
語彙が溶け始める。
「じゅー……」
「幻聴やめなさい」
「まる……きら……」
「今日は一段と崩壊してるわね⋯⋯」
◇
翌朝。
アルスは、起き上がった。
エルナは目を合わせて、確信する。
「あんた……戻ってないわね?」
アルスは満面の笑み。
「おはよ!」
軽い。
軽すぎる。
「いったい何回あの魔法を使ったんだっけ?」
誇らしげに胸を張る。
「五回!」
キラキラ。
「すごいでしょ!?最多記録更新!!」
「記録作るな」
魔力は完全回復している。
アルスは突然、指を鳴らした。
ぱちん。
部屋のランプが七色に光る。
「きらきら!」
「やめなさい」
さらに指を振る。
壁に花火の幻影。
「たーのしー!」
「アルス?」
次の瞬間、天井近くで小規模爆裂魔法。
ドンッ。
「わーい!」
「!!」
エルナは即座に詠唱。
「封鎖陣、展開」
透明な球状のバリアがアルスを包む。
魔法無力化結界。
アルスの放った魔法が、すべて霧散する。
「えー!」
中でぽこぽこ魔法を撃つ。
バリアなしだったらとっくに家⋯⋯いや街が崩壊しているだろう。
バリアのおかげで魔法は全部消えている。
「なんでー!?」
「家が壊れるからよ!!」
アルスはバリアの中でくるくる回りながら、光の粒を散らす。
「きらきらいっぱい出したい!」
「その中でやってなさい」
しばらく暴れ、やがて疲れたのか床にぺたんと座る。
「……ねえ」
「何」
どこから引っ張り出したのか、分厚いカタログ。
魔法石専門店の高級品特集。
目が輝く。
「これほしい」と指差す。
最高級魔力増幅石。
価格、王都一軒家並み。
「きらきらでかっこいい」
「却下」
「えー」
「却下」
「だってね、きらきらってね、つよいんだよ?」
「関係ない」
「丸くて光るって最強じゃない?」
「理論が雑」
アルスはバリアに顔をくっつける。
「買って?」
にこっと笑う。 破壊力高め。
エルナは額を押さえる。
「……ほんとに五回も使ったの?」
「うん!」
「後悔してる?」
「してない!」
満足そう。
その瞬間、ぴたり。 と動きが止まる。
アルスの目が、ふっと静まる。
カタログを見下ろす。
沈黙。
「……」
エルナが慎重に呼ぶ。
「アルス?」
ゆっくり顔を上げる。
数秒の空白、そして。
「……なぜ私はバリアの中でカタログを開いている?」
エルナは呆れた顔で即答する。
「五回」
アルスの顔色が変わる。
確かに明日は有給を取ったからと、躊躇せずに魔法を放ち続けた記憶がある。
「いったいどれくらいこうしていた?帰ってきたのは夜のはずだが⋯⋯なぜ日が昇っている?」
「帰ってきたのは昨日よ」
アルスは顔を覆う。
「……家は」
「無事」
「被害は」
「天井少し焦げた」
「……私は今何をしていた」
「魔法石がほしいっておねだりしてた」
アルス、ゆっくりと崩れ落ちる。
「…………」
長い沈黙ののち。
「……有給を三日に延長する」
エルナはため息をついた。
「次からは二回までにしなさい」
「……善処する」
その声は完全にいつもの静かな天才だったが、バリア越しに少しだけ情けなく響いた。




