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第3話

転送陣が弾ける。


アルスは、玄関に着地した。

静かに扉を開ける。


「……今帰った」


扉の奥から声がする。


「おかえり。今日は早いわね⋯⋯あの魔法、使わなかったの?」


アルスは、ゆっくり顔を上げた。


「今日は、五回だ」


低く、完璧な声。


「理論的には許容量の三倍。しかし明日は有給なので問題は――」


ふらり。

「五回ってね、五層ってことなんだよ」


エルナ、察する。

「……ああ。使ったのね。それにしても、五回⋯⋯?それ本当?」


アルスは真剣な顔で続ける。

「ハンバーグも五層が理想なんだ。肉、肉汁、うまみ、やさしさ、愛」

「最後が抽象的すぎる」


「丸はね、五回重なると、もっと丸くなる」

「物理法則どうなってるの」


アルスは両手を広げた。


「今日のぼくは、丸の頂点にいる」

「何それ怖い」


急に声が弾む。


「ねえ聞いて!今日ね、ぼくね、五回も使った!すごいよ!?五回だよ!?褒めて!!」

「褒めない」


「えー!!」


テンションが一段上がる。


「でもね、ちょっとね、あたまがね、ふわってしててね、世界がね、ちょっとね、やわらかい!」

「重症ね」


アルスはくるっと回る。


「まるい!!」

「回るな」


「まわるとまるい!!!」


語彙が溶け始める。

「じゅー……」

「幻聴やめなさい」


「まる……きら……」

「今日は一段と崩壊してるわね⋯⋯」



翌朝。

アルスは、起き上がった。


エルナは目を合わせて、確信する。


「あんた……戻ってないわね?」


アルスは満面の笑み。


「おはよ!」


軽い。

軽すぎる。


「いったい何回あの魔法を使ったんだっけ?」


誇らしげに胸を張る。


「五回!」

キラキラ。


「すごいでしょ!?最多記録更新!!」

「記録作るな」


魔力は完全回復している。


アルスは突然、指を鳴らした。


ぱちん。

部屋のランプが七色に光る。


「きらきら!」

「やめなさい」


さらに指を振る。

壁に花火の幻影。


「たーのしー!」

「アルス?」


次の瞬間、天井近くで小規模爆裂魔法。

ドンッ。


「わーい!」

「!!」


エルナは即座に詠唱。


「封鎖陣、展開」


透明な球状のバリアがアルスを包む。


魔法無力化結界。

アルスの放った魔法が、すべて霧散する。


「えー!」


中でぽこぽこ魔法を撃つ。


バリアなしだったらとっくに家⋯⋯いや街が崩壊しているだろう。

バリアのおかげで魔法は全部消えている。


「なんでー!?」

「家が壊れるからよ!!」


アルスはバリアの中でくるくる回りながら、光の粒を散らす。


「きらきらいっぱい出したい!」

「その中でやってなさい」


しばらく暴れ、やがて疲れたのか床にぺたんと座る。

「……ねえ」

「何」


どこから引っ張り出したのか、分厚いカタログ。

魔法石専門店の高級品特集。

目が輝く。


「これほしい」と指差す。


最高級魔力増幅石。

価格、王都一軒家並み。


「きらきらでかっこいい」

「却下」


「えー」

「却下」


「だってね、きらきらってね、つよいんだよ?」

「関係ない」


「丸くて光るって最強じゃない?」

「理論が雑」


アルスはバリアに顔をくっつける。


「買って?」

にこっと笑う。 破壊力高め。

エルナは額を押さえる。


「……ほんとに五回も使ったの?」

「うん!」


「後悔してる?」

「してない!」


満足そう。


その瞬間、ぴたり。 と動きが止まる。

アルスの目が、ふっと静まる。


カタログを見下ろす。


沈黙。


「……」


エルナが慎重に呼ぶ。


「アルス?」


ゆっくり顔を上げる。


数秒の空白、そして。


「……なぜ私はバリアの中でカタログを開いている?」


エルナは呆れた顔で即答する。


「五回」


アルスの顔色が変わる。

確かに明日は有給を取ったからと、躊躇せずに魔法を放ち続けた記憶がある。


「いったいどれくらいこうしていた?帰ってきたのは夜のはずだが⋯⋯なぜ日が昇っている?」

「帰ってきたのは昨日よ」


アルスは顔を覆う。


「……家は」

「無事」


「被害は」

「天井少し焦げた」


「……私は今何をしていた」

「魔法石がほしいっておねだりしてた」


アルス、ゆっくりと崩れ落ちる。


「…………」


長い沈黙ののち。


「……有給を三日に延長する」


エルナはため息をついた。


「次からは二回までにしなさい」

「……善処する」


その声は完全にいつもの静かな天才だったが、バリア越しに少しだけ情けなく響いた。

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