元世界ランク1位 7話
一分経っただろうか、いや一秒しか経っていないのかもしれない
コォォォ…
敵機のスラスターが放つ低い排気音の疑似効果音が遠のいていく
無限にも思えた時間が過ぎ去っていく
「去りましたね」
ブファ……
閉じ込めていた空気が吐き出される
別に息を止める必要はないのだろうけれども
「バッテリー量2%、エネルギー資源量1%。エンジン再起動できません」
「思ったより食ったな」
「はい、外部より電力を補充する必要があります」
普通ならば絶望するだろう
だがこの子は違う。伊達にコアと呼ばれる理由がある
「ハッチ開放」
「正面ハッチ開きます」
プシュゥゥゥゥゥ
ロックが外れる音がし、ゆっくりと前面モニターがせり上がって行く
その隙間から本物の宇宙が顔を覗かせる
少しセンチメンタルな気持ちになる
ぼうっと眺めているとハッチが全開放され、鉄片が自機を守るように
移動する
「よっし」
周囲を慎重に確認する。同じ轍は踏まない口なもんでね
立ち上がり、固まった体をゆっくり解す
少し気持ちが楽になる
「ノア、セキュリティーロック解除」
「はい、艦長権限よりセキュリティーロックを解除します」
艦長…艦長か、笑われそうだがいいか。ここから大きくしていけばいいのだから
シートが前に突き出てきて、その間から箱がスライドする
「よぉ、元気だったか?」
手を中に突っ込むと触手が絡みついてくる
「こらくすぐったいだろう」
軽くなでで上げると、僅かに震えて答えてくれる
これがコアである。濡れた光沢を放つ桃色の肉塊。それは膨張と収縮を繰り返し、血管と思しき紫の筋が、薄い表皮の下でドクドクと不規則な拍動を刻んでいる
顔も、口も、意思を読み取るべき瞳さえない。ただ、その中心核から無数の触手が、獲物を探る指のように、あるいは飢えた吸虫のように、緩慢な円を描いて虚空をまさぐる
「ノアこの子のバイタルは?」
「飢餓状態です。直ちに食べ物を見つけないと危険です」
「あれ、ねーもしかして俺のこと食べようとしていない?」
「…」
「そんなことないでちゅよね…」
コア君に話しかける
「…」
「一旦、離れてくれないか?」
手を抜こうとすると、物寂しそうに絡みついてくる
「あーも、可愛いんだから」
「何をしているのですか?今も危機的状況なのですよ」
「あーもう、そんなカッカしないで~」
遠くの方からデブリの塊が漂ってくるのが見える。いや、厳密にいえばこちらが向かっているのだが
「あれは」
「同、コメット級駆逐艦の残骸、機関部と思われます」
「あそこで轟沈したのかな?」
「かもしれません。奮闘されたであろう乗組員にご冥福をお祈りします」
「そうだな…」
確かに考えたこともなかった。NELでは同然人が死んでもリスポンするし、船や艦隊を一人で動かしたりする。だが、今こうなってしまってはどうなのだろうか…
デブリが大きくなる。だが待てども待てどもたどり着く気がしない。相当でかいのだろう。遠近感が狂う
「コメット級駆逐艦は駆逐艦の中でも小柄の方ですが全長180m、今の我々のちょうど10倍の大きさですね」
180m…
自分でも乗り回したことがある癖に全く実感がわかない
というか今の我々、逆に小さすぎないか?標準型のHACがだいたい30mなのだぞ。ほぼ半分じゃないか!
さっき見つかっていたら本気でやばかったんだな
「ちなみに戦艦の標準クラスは800m、そして1kmの弩級戦艦、半径10㎞の要塞級が存在しますね」
戦艦で強襲艇のまねごとをしていたのを思い出す。あれはいい思い出だ
栄養バーの最後のひと口を放り込み、水で流し込む
ついについた
視界を遮るようにして現れたそれはデブリというにはあまりにも大きすぎる
ねじ切られた船体、爆沈の衝撃でめくれ上がった特殊装甲はまるで引き裂かれた獣の肋骨のように虚空を突く
無数に走る熱線砲の火傷痕が、幾千の砲火を浴び、煤けた外壁が遠い恒星の光を鈍く跳ね返えす
音のない世界で、質量だけが暴力的なまでの存在感を放つ
その虚無的なまでの雄大さが、自分の矮小さをこれでもかと見せつけてくる
ただ網膜に焼き付く鉄のシルエットに圧倒されるしかない
アンカーが射出され、機体を固定する
「コア、行くよ」
わかったと言わんばかりに紫色の血管が大きく脈打つ
触手を器用に使い俺の肩に乗ってくる
デブリを蹴り反作用で次々と乗り移っていく
巨大な板から配管、はては箱までいろんなものが浮かんでいる。だが鋭利な物も意外と多く神経を使う
コアが触手で指さす
あっちか
言われたとおりに進んでいく
どんどん障害物が増え、中心に向かっているのを感じる
「おっとっと」
コアが飛び跳ね、反作用で姿勢を崩しそうになる
その先にはまるで氷のような透明だか淡く光る結晶が配管の割れ目から飛び出ていた
『低純度のエネルギー結晶ですね』
「コア行ってこ~い」
桃色の球体がドクンと大きく波打ち、血管が紫色の怒張となって表面を走る。顔も持たぬその肉塊から、粘液に濡れた無数の触手が、鞭のようにしなやかに、かつ強欲に打ち振るわれる
そうとうお腹すいていたのだろう
プシュゥゥゥゥゥと音がしそうなほど白いガスが舞い上がる
「ちゃんと、きれいに食べるのだぞ!」
シッシと言わんばかりに触手がジェスチャーしてくる
「はいはい、うるさい親父はどこか行きますよぉだ」
あの様子だと幾分か時間がかかるだろう。NEL中では見る機会はあまり多くなかったため新鮮である
直感の赴くままに探索しているとまだ原型を残した通路を見つける
人が4人くらい同時に通れそうだ、相変わらずスケールが違う
ヘルメットのライトを頼りに物色していると回せそうなノブが見つかる
こういうのを見ると無性に回したくなる。それが人間の性というものだろう。一緒にするな!っていう幻聴が聞こえそうだからやめておこう
ノブは抵抗もなく回った
周囲の4点から僅かにガスが噴き出しロックが外れる
ゆっくり引き出していくが何が入っているのかよく分からない。というか途中で引っかかった
衝撃で歪んでしまったのだろうか?ここまで出してお預けはごめんである
とにかく引っ張た
脚を壁に貼り付け、全身の筋肉を使って引っ張る。何度も引っ張る
だがびくともしない
そろそろイラついてくる
『酸素濃度低下、アクシデントですか?』
「いや、気にしないでくれ」
さすがに諦めるかと思っていると、コアがぷかぷかと漂ってきた
「おいで~」
手招きをすると元気よく飛んでくる
「よ~し、いい子、いい子、これ取り出したいけどいいかな?」
わかったと言わんばかりに強く脈打つと隙間に触手を入れていった
もぞもぞと触手を動かす
「どう?出せそう?」
もぞもぞ
「…」
「…」
あ、出た。なんというか俺より知的じゃない?無理やり出そうとした俺が馬鹿みたいである
ところでこれは何だろうか?途中で歪んで、中破しているが直せそうだろうか?ノアとコアが。俺が直せって?無理無理ただの高校生に何をいってらっしゃる。兎にも角にも収穫はあった。これが何かは分からないが
自機に戻ろうと背を向けると、コアに引き戻される
「こんどはどうしたの?」
壁をペシペシ叩き出す
「その先に何かあるの?」
うんうんと言わんばかりである
はてどうしたものやら…工具さえあればどうにかしてあげたいが、今は何もない。自機に取りに戻ってもこんな重要区画ですよ言わんばかりの壁を貫けるわけがない
コアが触手を広げ、壁にとりついていく
「ああ、なるほど。食べていいよ」
わーいと言わんばかりに一回震えると鉄の死骸に絡みつき、無数のピンク色の触手が覆い隠していく
触手から分泌される消化液が装甲をつなぎ目からバラしていく
ギギ、ギギギギィィィィィィッ!!と音が出そうなほどに無様に、飴細工のようにひしゃげ、柔らかいはずの肉に押し潰される
硬質な合金が咀嚼される不快な音が、通信機越しに響く。
実においしそうに食べるものだ。
そういえば、思い出した
NELの設定では、プレイヤーが指示しない限り勝手に素材を分解しないはずだったな
「……ま、いっか。腹減ってたもんな」




