元世界ランク1位 3話
「ナイス狙撃!」
「ヌフン!もっと褒めてもいいんだよ」
「はいはい」
ワシャワシャワシャと髪を撫でる。現実でやった即殴られだがゲーム内だったら許してくれるのだ
機体をドッグにしまい二人でロビーに降りてきたところだ
見慣れた景色に溜まっていた空気を深く吐き出す
気分が落ちつく
「ノア、音楽を」
「さっきのは駄目よ、ここをライブ会場にする気?」
「いいじゃねか、なぁノア」
「Lofi music for relax and study を流しますね」
ズゥゥゥン……ゥゥゥゥン……
それは音というよりも、密度の高い空気の揺らぎ
腹の底を優しくなでる旋律が床から足へ、そして脳髄へと這い上がってくる
現実で流したら下の階から文句待ったなしだな
鼓膜を震わせるのではなく、空間そのものを濃密な癒やしで満たしていく
澪のお気に入りだ
「やっぱりこれよこれ!ノアなんか飲み物頂戴」
「はい、ただいま」
「ほら、燈矢も座りなよ」
そういってソファの片側をペチペチとたたく
「はいはい」
ゆっくりと腰を下ろす
限定ガチャで当たった高級ソファーである
使い込まれた上質なレザーが空気を逃がしながらゆっくりと体を包み込んでいく
「ふぅー」
溜まっていたものを吐き出すように、深く吐息を吐く。意外と疲れているようだ
澪の肩に手を回して引き寄せる
「ちょっと、こぼれるって」
その両手には大事そうにタピオカマンゴージュースが握られ、ちびちびと飲んで小動物みたい
タピオカって、古くない?って突っ込みそうになるが野暮だろう
「なによ」
じーと眺めていたのがばれたか
「ううん、なんでも」
彼女の髪に顔をうづめながら囁く
「レイ、コーヒーを」
「ん、ありがとう、そこにおいておいて」
澪の姉妹みたいなアンドロイドがメイド服で給仕してくれる
ノアのボディーである
サイドテーブルに置かれたカップから、筋の通った香気が立ち上ってくる
湯気とともに運ばれてくるのは、焙煎された豆の深い苦み。そして、それを鮮やかに縁取るシナモンの甘く、刺激的なスパイスの香りだ
「ほんとあんたそれ好きね」
「いいだろう、ほらひと口どう?」
「あんたねー、私がコーヒー好きじゃないの知っているでしょ」
「もったいない」
白磁のカップを手に取り、ゆっくりと傾ける
……コプッ
唇を湿らせる液体の熱が、心地よく喉を下っていく
コーヒーのコクとシナモンの粒子感、鼻から抜ける香りは脳の奥底から一瞬にして鮮やかな充実感へと変えていく
ゆっくりとカップを下ろす
カツンとソーサーと磁器が触れ合う小さな音が小気味よく部屋に響く
この空間が、時間が幸せだ
ふっと立ち上がり外の景色を眺める
青白い誘導灯が無限に広がる宇宙に遠近感を与える
規則正しく鎮座する船、その上にナノマシンで構成された液体金属が取りつき、傷を塞いでいく
遠くに見える、恒星の光がまぶしい。ダイソンキューブで囲まれたこのコロニーのエネルギー源である
「何か見える?」
「いつも通りさ」
そう、いつも通り。音もなく滑走するリニア・レール、せわしなく動くロボットたち。本当にゲームの中か疑いたくなるレベルだ
ピコン
通知が入る
メッセージボックスを開くと運営からだった
”タイトル防衛100連勝おめでとう!ご褒美に特別マップへ招待するよ!特別なアイテムが手に入るかも!?残り時間10分”
「気を付けてください。特殊信号を検知、解析不能なパターンが含まれています」
「これ、どうする?」
「そりゃ行くに決まっているだろう」
「うーん、ごめん、まだ向こうで今日中にやらないといけないことが残っているんだよね」
「ありゃりゃ、そりゃ残念だ」
「行ってきていいよ」
「いいのか?俺たち二人へのご褒美だぞ」
「週末楽しみにしているからね」
「オーケー、任せろ」
そう言って俺は承認ボタンを押した
触れた瞬間、空間の「解像度」が狂った
視界を埋め尽くすのは、通常の転送エフェクトとは明らかに違う、網膜を焼くような純白の閃光
「……燈矢?」
澪の声が、水の中にいるように遠のいていく
指先から、俺を構成するポリゴンが光の粒子となって解けていく。ログアウトの感覚じゃない。まるで、宇宙の法則そのものからデリートされているかのような、得体の知れない浮遊感
不安げに手を伸ばす澪に、俺は精一杯の強がりを込めて口角を上げた
大丈夫だ。すぐ戻る
言葉になる前に、俺の意識はノアの電子音と共に、加速する光の渦へと飲み込まれていった。
*
「ネーム:レイ、意識レベル上昇を確認、おはようございます」
まどろみの中、浮遊感を感じて目を覚ます
さっきまであったシナモンの残り香は消え代わりにオイル臭さが充満する
広々としたロビーとは違う窮屈なコックピットだ
「……ここは……?」
自身の声が、ヘルメットの中で奇妙に反響する
立ち上がろうとする
カツン
思ったより狭いようだ。ヘルメットが正面のモニターにぶつかる
仕方ないのでシートに身を任せる
さっきまでのソファーとは座りごごちもひどいものだ
視界に映るのは見慣れない星系
近くには禍々しい色をしたガス惑星が見えるが、これも見たことがない
―ピーーーー、ピーーーー、ピーーーー
静寂を破るように鳴り響く警告音
「ノア、止めて」
「はい」
静寂が戻ってきた。まずは現状を把握したい
「ノア、現状報告」
「はい、現在酸素残量2%以下、エネルギー資源1%以下、バッテリー量10%強」
「絶望的じゃないか!」
「叫ばないでくださいレイ、酸素を無駄に消費します」
「クッ…そうだな、慌ててもしょうがない。最寄りのドックは?」
「不明」
「なんでもいい、コロニーはないのか?」
「不明」
「じゃ、現在地は」
「不明」
「…」
絶妙な沈黙が流れる
叫びながら踊りたい気分だが必死に抑える。そもそもそんなスペースも酸素もない
「あとどれくらい持つ?」
「酸素残量は通常使用で3日分、水5L、一週間分の携帯食料」
「さすがにハードモードすぎないか…よし、一旦ログアウトして解決策を考える」
コンソールを開いてログアウトのボタンを押す
「ん?」
何度押しても反応がない。よくみるとログアウトのボタンだけ灰色に表示されている。某アニメが頭によぎる。ゲーム世界に閉じ込められ死んだら現実の肉体も死ぬあれだ。まさかな…
「デスペナは痛いが仕方ない。自爆してくれ」
「警告、リスポンの見込みがありません」
「どういうことだ?」
「そのままです。このまま死ぬとそれっきりの可能性が高いです」
「つまり普通に死ぬと?」
「はい」
落ち着け、落ち着け、落ち着け!ゲームは絶対にクリアできるようになっている…はずだ。本当にこれがゲームならばな。いや、これはゲームだ下手な想像をする必要がない。だがもし本当にゲームじゃなかったらどうする?ゲームだと思って甘えて死んで本当に死んだらどうする?週末にはデートに行くんだぞ
「よし!」
頬を両手でペチンと叩き気合を入れなおす。俺を誰だと思っている?世界一位だぞ!ニッチな部門だけれどもさ
「自傷行為ですか?おすすめはしません」
「うるせぇ、それよりエネルギー資源は何だ?」
「ヘリウム3です」
ヘリウム3か、重水素との核融合でヘリウムと陽子が飛び出すあれか。NEL初心者の時はよくお世話になったな…言われて見ればこのコックピットも見覚えがある
「確か初期モジュール、コアだったか?」
「はい、そのようですね。武装はなし、対デブリ用シールドに採掘用レーザーのみです」
「完全に初期装備じゃないか!」
「ですから叫ばない…」




