元世界ランク1位 1話
イヤフォンから流れ出る低音な旋律が身を包む
窓から差し込む陽光は意外にもおもく、膝の上で埃が光の粒となりながら舞う
風を孕んだレースのカーテンがふくらみ、俺の顔をいたずらげに撫でる
その白く透き通った布越しに、窓の外の青空を仰いだ
薄い膜一枚を隔てた向こう側には、鮮やかな初夏の蒼穹が広がっていた
もう、夏か…
食べようか、どうしようか、机の上に置いたパンの感触を指先で感じながら悩む
なんら変哲もないいつも通りな日常、いつも通りな毎日、この穏やかな静寂が好きだ
「へぃ!そこのオタクくん、なに聞いているの?」
鼓膜に響く振動が心地よいまどろみを無慈悲にかき消す
カーテンはただの古びた布切れに戻り、神々しかった西日は、単なる放課後の終わりの合図へと成り下がる
喉の奥まで出かかった溜息を、どうにか飲み込む
「…なんだ、逆ナンか」
スマホの音量をあげ、膝を組みなおす
「何よ…」
隣で可愛げに抗議しているのを感じながら無視を決め込む
そうだ、パンを食べるか
伸ばした手が宙を切り机の上をさまよう
「あれ?」
「ちょうどお腹すいていたんだ、ありがとう」
いつのまに抜かれたのやりゃ、一つ文句でも言ってやろうと顔を上げるとそこには見慣れた顔があった
高校に入り金髪に染めた髪、丈の短いスカート、軽い化粧、いわゆるギャルというやつだ
「澪…。ところで、いつものメンツはいいのか?」
彼女とは幼稚園以来の幼馴染である。とはいえ高校に入ってからはそれぞれ別のグループに入り、学校ではあまり話さくなって久しい
「見て」
澪が手に持つスマホを押し付けてきた。しかたなくイヤフォンをしまいながら見てみると、それはSNSの画面だった
「”彗星のごとく現れたスターの原石!姉妹アイドルスターライト、現タイトル保持者に宣戦布告!?#New Eden Linkage #NEL”なるほどね…いいだろう」
「今日は20時ね、燈矢」
「挑戦状か」
「そ、タイトル防衛戦、いつぶりかしら…」
パクパクと俺のお昼御飯が消えていく
スターライト聞いたことがない名前だな。フォロワー数は10万ね。弱小もいいところだ、だがねらい目は悪くない。確かにNELのなかのディオ、HAC部門はニッチで知名度のわりにトップ層が薄い。だが俺が相手であることに気が付いているのだろうか
「鈍ってないだろうな?」
「もう、誰に言っているのかしら?」
「これで100連勝」
「そう、私たちでね」
100連勝…悪くない響きだ
「フフフ、クックック、ダァハッハッハ」
「あーまた変なスイッチ入っている。ほいこれ、あげる」
そう言って空の菓子袋を渡してくる
だが自分の世界に入った燈矢は気づかない
おやつを取り上げられた哀れな青年が一人ここにいることに
NEL、New Eden Linkageは7000以上の星系と4つの主要領域に分かれて遊ぶフルダイブ型VRゲームである。本作品の登場は世界を震わせた。フルダイブ型ゲームはその致死的なラグ、プレイ後の後遺症から界隈が終わりそうになったときに現れた英雄であり、全く無名な企業であったことから当初は怪しまれたがその圧倒的自由度、グラフィックス、リアルマネートレードが可能な点から多くの人を虜にした。燈矢もそのうちの一人である。彼を特に魅了したのは宇宙船の艦載機、大型人型兵器HAC、Hazard Adaptive Constructであった。そして今、澪を引き込みタイトル防衛99連勝中である
トイレを済まし、ベットに横たわる。壁の時計を見たら時刻は19:50、頃合いだろう。ヘッドセットを被り電源を入れるとゆっくり始まる眠気に従いシステムに入っていく
「おかえりなさいませ、プレイヤーネーム:レイ」
「ああ、ノアもただいま」
補助AIのノアである。これは以前の景品でもらったもので凡庸型のAIと違い話すことができる
澪とああでもない、こうでもないとカスタムしたのが懐かしい。結局俺に押し付けるにように寄こしたけど、何か気に食わなかったのだろうか?
クローゼットの前に行きパイロットスーツに切り替える
ふと鏡を見ると現実と全く同じ姿をした自分が映る。あまりにも不用心でキャラメイクをしたかったが澪の強い勧めで断念したのはいい思い出だ。だが今となっては現実では着ないようないろんな服を着れて気に入っている
「どうも皆さん!みてる~?彗星のごとく現れたスターの原石!姉妹アイドルスターライトだよ!」
向こうの配信も始まったようだ。一応相手のステータスを確認しておく。重量級HACと軽量型HACのテンプレ構成か、カスタマイズは、かなりされているようだな。表層の装飾が虹色に輝いている、期間限定のガチャ装備だろう
コメントにも目を向ける
・今日もカワ(・∀・)イイ!!
・パンツの色教えて
・HAC部門なんて過疎ったところ雑魚しかいないからボコしちまえ!
・レイだっけ?あいつは生意気なんだよ
・レイ?相手は男なのか、ゆるせぬ
なんというか、荒れているな
「どんなしょうもない部門でもタイトルはタイトル、これで私もトップインフルエンサー入りだ」
おーい、聞こえていますよ。というか過疎っているなんてどこ情報だろうか。確かに他の部門と比べれば人は少ないかもしれないが平均アクセス数1万人は決して少なくないと思うんだがな
「プレイヤー:シオリ ロビーに参加しました」
そこには身長と胸を盛った澪がパイロットスーツを着ていた。その視線は配信画面に向いている
「なんか、いやになっちゃうわ。私たちは噛ませ犬ですか?って」
「なめられたもんだな」
「私たち、負けたことないでしょ?」
上目遣いで覗き込んでくる
「おう、そうだな」
クッ、この天然が!相変わらずかわいいな
長い金髪を靡かせながらコックピットに入っていく
その尻を視線が追っていたことに気づかれたのか、軽く睨まれた。だが美少女に睨まれても竦むどころか息子が元気になるだけである。おっと、これ以上はやめておこう、本気で怒られそうだ
俺も急いでコックピットに潜る
「システムチェック開始…各パーツ接続異常なし…バイタル安定」
ノアの声を聴きながらシートベルトを着けていく
手前のタッチパネルにOSのロゴが表示され、次に機体名”ヴェイパー”の名前が大きく表示される
久方ぶりの挑戦者に緊張しているのか、腕をストレッチしたくなる。これが平和ボケか、まぁ日本はずっと平和ではあるんだけれどな
各種レバー類が上がって来て、定位置につく
全天モニターの電源が入り周囲の景色を映し出す
「システム、起動完了」
隣に並ぶ澪の機体、レイMK2が見える。全身を灰色に染め複雑な模様が刻まれた装甲はレーダー類の反応を完全にかき消す最新のステレス機である。本人の性格的に汚物は消毒だ!とか言いながら火炎放射器でも使いそうなイメージではあるが不思議なことに真逆のスタイルである
時間を確認すると20:20試合開始まであと10分もある
慣れた手つきで装備状況を表すモニターを音楽ストリーミングサイトに切り替えお昼にも聞いていた音楽を流す
それはEDMであり、音ゲーのラスボス戦である
腹を殴るようなウーファーの振動、指が勝手にビートを刻みだす
「うーん、最高だね」
「うるさいです、マスター、音量を下げます」
「って、おい!なんでや!今からがアゲなのに!」
「音量を60%に設定します」
ノアに怒られてしまった。おかしいな、補助AIに耳はついていないはずなんだがな
「個人通信、シオリからです」
「澪か、出してくれ」
「はい」
『ちょっと、なによこれ、うるさいな』
「お前までそう言うのか、これの良さを分かるやつはいないのか…」
『しょっちゅう好みが変わる癖に何を言っているのやら』
そんなかわいそうな子供を見るような目で見ないでおくれ!ゾクゾクする!息子が
「音量を20%にします」
「おい、なんも聞こえないじゃん、切っちゃってくれ」
『燈矢』
「ん?なに、澪?」
少し照れたように視線を泳がせている。かわいい
何ここ湿度たっか!どうした急に
『週末…』
「週末?ノア、予定は」
「ありません」
『新作スイーツ、食べに行こう』
「なに、もじもじしているんだよ、トイレか?行ってこい、行ってこい」
『うるさい!』
「通信終了しました…予定表更新、週末デート、追加しました」
「デートじゃねーよ」
「はぁ…」
「ノア!目がない癖にそんなかわいそうな人を見る目をするな!」
「かわいそう…?ヘタレの間違いでは」
「うるさい!だいたいあいつだってグループがあるだろうに…」
「出撃カウントダウン開始、10、9、…」
「おいおい、もうそんな時間か、本気でトイレ行ってないだろうな」




