表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調整役令嬢は、何も知らない  作者: ナギサト。
「世界の光と呼ばれた少女の、とても騒がしいはじまり」
9/23

『幕間。影に咲く少女』

朝、誰もいない小屋で少女は目を覚ました。

王都の孤児院の庭の隅に建つ、古く小さな小屋。

物置のような簡素さだが、寝台と水差し、それに古い机だけは置かれている。

ここが、少女の世界のすべてだった。


「……ん」


淡銀色――光の色をそのまま薄めたような髪が、肩からさらりと流れ落ちる。

寝癖のついたその髪をかきあげて、静かな青灰の瞳がわずかに瞬いた。

朝の光を受けたその目は、どこか“湖底で揺れる光”のように淡く揺れる。

誰もいない空間で、彼女はひっそりと支度を始めた。

髪を梳き、同じ形の服に袖を通す。

窓を開けると、澄んだ空気が流れ込んできた。

青い空と、淡い雲。

少女はまぶしそうに目を細め、静かに、深く息を吐く。

孤児院の本棟からは、朝の喧噪が遠く響いてくる。

笑い声、走る足音、何か取り合う声、泣き声――

しかし少女の周囲は、いつも静けさに満ちていた。

孤児院の子どもたちは、なぜか彼女のそばに寄ってこない。

嫌っているわけでもなく、怖がっている様子もない。

ただ、説明のつかない距離感が自然と生まれ、

子どもたちの足を、少女の方へ向かわせない。

少女自身は、それを責める気持ちも不満も抱いていなかった。

むしろ――静かな方がいい、とすら思っている。

靴を履き、小屋を出る。

朝の光が、淡銀色の髪に落ち、淡く光を返した。


「……今日も、同じ」


呟いた声は、風に溶けるほど小さい。

嘆きではない。ただ、自分の一日の輪郭を確かめるような声。

掃除道具の置かれた棚へ向かい、庭の隅から掃き始める。

ここは子どもたちがよく遊ぶ中庭から少し離れていて、

人の気配はあるのに、誰も近づいてこない。

少女が好む場所だった。

風が吹けば、淡銀色の髪がふわりと持ち上がり、また静かに落ちる。

そのたび、青灰の瞳が一瞬だけ空を映す。

静謐という言葉をそのまま形にしたような、小さな影の少女。

掃除を終えると、お気に入りの木の根元に腰を掛けて少女は古びた本を開いた。

文字を教わったのは孤児院の大人たちからだが、

教えられる端からすぐに覚えてしまう。

本のページをめくる音だけが、彼女の世界の中心にあった。

ふと、遠くで誰かの呼ぶ声がする。

同じ孤児院の子どもたちだろう。

だが、それは少女に向けられたものではない。

この数年、彼女に声をかける子はいない。

少女は顔を上げ、空を見た。

青灰の瞳が、淡い光を静かに湛える。


「……静かで、いい」


誰に届くでもなく、ただ自分の中だけに落ちる声。

その眼差しは、不思議なほど揺らぎがなかった。

孤独でもなく、満ち足りてもいない。

ただ静かに続いていく日々を、当たり前のように受け入れている。

――影に咲く、小さな花のように。

少女はまだ知らない。

数年後、この静寂の世界が大きく変わることを。

そして自分自身が“誰かの光”と出会う日が来ることを。

今はただ、淡銀の髪を風に揺らしながら、

何気ない一日の始まりを迎えていた。

――ノワ。

のちに、ルミエと出会う少女は、

その時まだ、世界の片隅で静かに息をしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ