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調整役令嬢は、何も知らない  作者: ナギサト。
「世界の光と呼ばれた少女の、とても騒がしいはじまり」
5/6

『レオン誕生と、姉としての歩み』

ルミエが新米の姉になってから、瞬く間に一年が過ぎ、

ルミエは六歳になり、レオンは一歳になった。

母セシルが去った空白は、ルミエの想像以上に重かった。

散々苦しめられてきた自動反応も、この時ばかりは役に立った。

何も考えずとも、周囲の雰囲気を明るくできてしまうのだから。

「私は大丈夫。だから、ね? あなたの笑顔を見たいわ」

影で静かに泣いていた乳母を励まし、案の定、号泣させてしまった。

さすがに自分でも「やりすぎた」と思ったが、もう慣れっこだ。

それでも、ルミエの“誰もが焦がれる”という力は遺憾なく発揮され、

屋敷の中には徐々に明るさが戻っていった。

一方、父フランソワは悲しみを胸にしまい込み、

その反動か、ルミエとレオンへの愛情を一層深く注ぐことで

どうにか均衡を保っているように見えた。

しかし、セシルがいなくなった今、彼の仕事は増え続けている。

公私ともに彼を支えていた妻を失った影響は、商会にも広く及んでいたから。

そのため自然と、ルミエはセシルに代わる『もう一つの顔』として扱われ始めていた。

もちろん、本人の了承などない。

正確には、一応「了承を取る場面」はあったのだが。

「ルミエ。まだ幼い君にこんな負担をかけたくはない。しかし、家のため……なんとか力を貸してもらえないか?」

「もちろんです、お父さま。私がこの家の、そして皆の力になれるのなら、これほど嬉しいことはありません」

胸に手を当て、優しく微笑む完璧な娘の姿に、父は涙をこらえた。

しかしルミエの本心は言うまでもない。

(……断りにくい……というか、口が勝手に……)

現実はいつだって残酷だった。


※※※


そんなルミエの一日は、弟レオンの突撃から始まった。

「ねえ、さま……!」

舌足らずな呼び方で両腕を広げ、全力で突進してくる。

乳母が追うが当然追いつかず、柔らかい体がルミエに飛びついた。

「おはよう……私の可愛いレオン」

少し屈んでからレオン抱き上げた瞬間、侍女たちが、胸を押さえて小さく悲鳴を上げた。

「ああ……朝からなんと美しい……」

「“姉の慈愛”……眩しすぎて……」

(いや、私はただ抱いただけ……)

侍女のひとりは涙目でふらついている。

レオンの場合、弟であることが関係しているのか、まだ幼児であることが寄与しているのか、ルミエの魅了は恋慕ではなく“絶対的な愛着”として発動するらしい。

ルミエが他の誰かと話すだけで袖をつまみ、

他の子を抱こうとすると全力で泣き、

常にルミエを探している。

(……かわいいけど……重い……)

しかし、この姉弟の光景こそが、周囲の人間の感情をさらに爆発させる。

乳母は今日も涙ぐむ。

「レオン様……こんなにも姉君を……ああ、尊い……」

(また“尊い”。絶対流行ってるよね、これ……)



※※※


朝食後、ルミエは作法の授業へ向かった。

最近、作法教師は三人連続で交代している。

理由は単純――“ルミエが尊すぎる”からだ。

今日の教師は、新しく派遣された女性、マダム・ドリュース。

気迫に満ちた眼差しで、ルミエを見た瞬間に宣言した。

「私は惑わされません。外見に左右されず、お嬢様を“お嬢様として”扱います」

「はい、是非ご指導のほどよろしくお願いします」

(いや、私は何もしてないけど……)

ルミエは素直に頷き、授業が始まった。

「背筋を伸ばして……肩を落として……そうです」

ルミエが姿勢を整える――ただそれだけのはずだった。

次の瞬間、マダムは息を呑んだ。

「……聖像……?」

(姿勢を直しただけ!!)

「お嬢様……その佇まい……幼子とは思えません……。

 いけません、惑わされては……!」

しかし顔は真っ赤だ。

ルミエが微笑んだだけで、マダムはその場に座り込んだ。

「……尊い……」

(……今日は授業、進むのかな……)

ここでルミエは気づいた。

――この世界に“アイドル”という概念があったなら、私は今、その“最推し”にマンツーマンで接している状態を相手に強制しているのかもしれない。

(そりゃ……耐えられないよね……)

そして授業は案の定、ほとんど進まなかった。


※※※


その日の午後、父に呼ばれたルミエは商会の広間へ向かった。

新しい魔石加工技術の確認のため、職人たちが集まっているらしい。

「ルミエ、挨拶だけでいい。家の娘として、顔を見せておいて欲しい」

「はい、お父様」

広間へ入った瞬間――空気が変わった。

「……ルミエ様……」

「なんという……輝きだ……」

手が震え、ペンを落とす者。

魔石を持つ手が止まる者。

祈るように胸に手を当てる者。

(お願いだから仕事して……私のせいで効率落ちるのは本当にいや……)

フランソワが娘の前に出る。

「皆、手元に集中してくれ! 娘は挨拶に来ただけだ!」

だが職人たちは揃って、

「い、いえ旦那様……!

 これほど繊細な“光”を前にして、集中など……!」

(……だめだこりゃ)

フランソワは苦笑し、同時に胸が痛んだ。

娘が背負う“重荷”を理解しているからこそ、余計に。


※※※


その夜。

珍しくフランソワがルミエを自室に呼んだ。

机には、教会からの封書。

「ルミエ。来月、君は“触礼”を受けることになる」

「……触礼?」

「六歳になった子どもが浄界石に触れて祈る儀式だ。

 毎年の風習でね。健康と安寧を願うものだ」

フランソワは少し言いにくそうに続けた。

「……浄界石は人が触れれば“触れた人物の波”を映す。

 光を放つ子もいれば、淡い揺らぎだけの子もいる。

 どれが良い悪いというものではないが……」

「私は、どうなるのでしょう?」

小首を傾げるルミエ。純粋そのものの表情。

もちろん内心は、

(触れたくない……嫌な予感しかしない……)

フランソワはルミエの内心など当然知らずに柔らかく笑った。

「反応は気にするものじゃない。あれは儀礼の意味合いが強い。私も6歳のときにしたものさ。

 それと六歳の子どもの人口把握という側面もある」

(まあ……確かに日本でいう七五三みたいな……そんな感じかも)

ルミエは、家庭教師から聞いた知識を思い出す。

浄界石――

八種類ある魔石の中でも、もっとも数が少なく、

もっとも“神聖”とされる石。

国家や教会の手で厳重に管理され、

魔石の大家ヴァロワ家ですら所有が許されていない。

本来なら、軽く淡い光を返すだけ――のはず。

(……嫌な予感しかしない)

六年生きてきて、こういう時は大抵“当たる”と悟ってしまった。

その時、ノックの音。

「旦那様、よろしいでしょうか」

乳母が入室し、腕にはレオン。

眠気でぐずった顔だったが、ルミエを見るなり輝いた。

「ねえ、さま!」

「寝かしつけようとしたのですが……ルミエ様を求めて」

「ふふ、おいで、レオン」

抱き上げると、レオンはすぐに胸に頭を預け、安心したように眠った。

フランソワは目を細める。

「……レオンは、君が大好きだな」

「はい……とても、可愛いです」

レオンの寝息を聞きながら、ルミエは思った。

(……静けさのない人生って、こういうことなのかな……)

でも同時に。

(……まあ、弟は……可愛いけど……)

胸の奥に、ほんの小さな灯がともる。

それは彼女の望んだ“静寂”とは違うけれど――

消えてほしくない、小さな温もりだった。

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