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調整役令嬢は、何も知らない  作者: ナギサト。
『慣れゆく世界と、揺れない距離 』
16/25

『認定、そして続いていくもの 』

馬車に揺られることしばらく。

ルミエはフランソワに連れられて王都に到着した。

以前見た城門は変わらないはずなのに、何故だか重苦しく感じる。


(教会からの呼び出しってなんだろう。変に緊張するな……放課後に先生に呼ばれた時もこんな感じだったような)


そんな内心の緊張感など微塵も出さず 、窓から静かに城門を”観察”する娘の紫の瞳を眺めながらフランソワも、気が付かれないように息を吐きだした。

王都直下の大教会。

私人としても商人としても、そうそう訪れない教会の大本山だ。

教会の権力者、中枢が集まる場所であり、貴族や王族ですら儀式でもなければ足を踏み入れることはない。

馬車は城門を抜け、王都の中心部を横切る。

以前訪れた時の王都は、活気と光に満ちていたはずだった。

だが今日は違う。

通りを行き交う人々は変わらず多い。

商人の呼び声も、馬の蹄の音も、光性石の灯りも、すべて同じはずなのに――

どこか一歩、距離を置いた景色に見えた。


(……そう見えるだけなのか、ヴァロワの馬車だからなのか、どっちだろう?)


フランソワもそれに気づいているのか、

いつもより口数が少ない。

やがて、街並みが変わり始めた。

商会の看板が減り、露店が消え、

建物は低く、しかし重厚な石造りのものが増えていく。

音も、少しずつ遠のく。


(……静か)


魔石の振動音が薄れ、

代わりに風の音と、足音だけが残る。


「馬車はここまでです」

「ああ。ありがとう。ルミエ。ここからは徒歩だ」

「はい、お父さま」


二人並んで昼間にしては人通りの少ない道を歩き。

その先に――

巨大な影が、街の奥に横たわるように姿を現した。

大教会。

高い尖塔。

厚く積まれた白い石壁。

装飾は多くないが、隙がない全体構造。

威圧するために建てられたわけではない。

だが、精緻さと厳格さを体現したその威容は、結果として人を圧倒する構造だった。


(……大きい)


思わず、ルミエは首を上げる。

視界いっぱいに広がる壁面と、その向こうに伸びる尖塔。


「……ここが、大教会だよ」

「とても大きいのですね。初めてみました」


フランソワの声は低く、落ち着いていた。

だが、その一言には重みがあった。

門の前には、既に数人の聖職者が控えている。

白を基調とした法衣。

年齢も立場も様々だが、共通しているのは――

こちらを値踏みするような、静かな視線。

二人を確認したのか、ひとりの神父が一歩前に出た。


「ヴァロワ商会当主、フランソワ・ヴァロワ様。

 そして……ご令嬢、ルミエ様ですね」


名を呼ばれた瞬間、

ルミエは背筋を正す。


(……呼ばれ方が、違う)


歓迎でも、敬意でもない。

だが拒絶でもない。

ただ『用件のある者』として認識されている声音だった。


「お待ちしておりました。

 本日はお時間をいただき、感謝いたします」


フランソワが応じる。


「こちらこそ。

 娘ともども、よろしくお願いいたします」


形式的な挨拶。

しかし、その裏にあるものは軽くない。


「よろしくお願いいたします」


ルミエは小さく息を吸い、

“最適な笑み”を浮かべた。

法衣の集団の一瞬だけ生じた動揺はすぐに掻き消えた。


(……大丈夫。いつも通りでいい)


久しぶりに、自動反応に感謝する。

緊張で取り乱し、取り返しのつかない失敗をする——そんな事態が、自分には起こらないと分かっていることが、今日は心強かった。

けれど、胸の奥では、

確かに何かが静かにざわめいていた。

大教会の扉が、ゆっくりと開く。

光が差し込むのではない。

むしろ、外の世界が遠ざかるような感覚。

ルミエは一歩、足を踏み出す。

――ここから先は、

もう『見学』ではない。

そう直感しながら。


※※※


大教会の内部は、外観の威容とは対照的に、いや、だからこそか、静謐さを強制される空間だった。

厚い扉が閉じられると同時に、外界の気配は切り離される。

足音は石床に吸われ、衣擦れの音すら反響しない。


(きっと、これ、静性石だ)


図書室などにも使われている、空間に静けさをもたらす比較的希少な魔石。

これほどの空間全てに影響するレベルで使用されている点も教会の強大さを暗に示しているようだった。

天井は高く、見上げれば幾何学的な装飾が連なっている。

神や天使といったアイコンを直接描いた壁画はない。代わりに抽象化された文様――

円、線、交差する光の軌跡が、秩序そのものを象っていた。


(……飾りは少ないのに、息が詰まる)


前世で一度だけ呼ばれた役員会議室を思い出して、ルミエは、無意識に背筋を伸ばしていた。

“敬え”とも“恐れよ”とも”ひれ伏せ”とも求められない。

それでも、この空間は訪れる者にそうさせる力を持っている。

通されたのは、礼拝堂とは別の奥まった広間だった。

中央には低い祭壇が設えられ、その上に――

ひとつの台座が置かれている。

台座の上には、透明度の高い石。


(……あれが)


浄界石。

ルミエの地元の街よりもずっと大きく、威厳のあるその石。

内部には淡い白光が満ち、静かに脈打っているように見えた。

周囲には十数名の聖職者。

年若い神官から、深い皺を刻んだ高位の者まで。

法衣の意匠は立場ごとに異なるが、全員が一様に沈黙している。

空気が、張りつめていた。


「……では」


中央に進み出たのは、最も位の高そうな老聖職者だった。

声は低く、しかしよく通る。


「確認のため、儀式を行います」


確認、という言葉に、フランソワの指がわずかに動いた。

だが彼は何も言わず、ただ一歩、娘の後ろに立つ。


「ルミエ様」


名を呼ばれ、ルミエは一礼する。


「こちらへ」

「はい」


示された台座の前に立つ。

浄界石との距離は、もう一歩。


(……これ、二度目だな)


あの日の記憶が、よぎる。

光るはずだった石。

騒然とした空気。

そして、何も起きなかったという事実。


「石に、手を」


促され、ルミエは白手袋を外す。

小さな手を、ゆっくりと差し出した。

指先が、浄界石に触れる。

――何も、起きない。

光は揺れず、脈動も変わらない。

熱も、冷たさも、抵抗もない。

ただ、石はそこにある。

沈黙。

あまりにも完全な静寂だった。

誰かが息を呑む音すら、ない。


(……やっぱり)


ルミエは、心の中でそう呟いた。

驚きも、落胆もない。

確認作業が、終わっただけだ。

聖職者たちは、互いに視線を交わさない。

しかし、全員が“見ていた”。

石を。

そして、少女を。

やがて、老聖職者が一歩、前に出る。


「……ご令嬢の特異性は」


一拍。


「確かに、“認定”いたしました」


その言葉は、宣言だった。

フランソワが口を開く。


「失礼ですが」


声音は穏やかだが、商人のそれだ。


「それは、どのような意味でしょうか」


老聖職者は、すぐには答えない。

しばし、浄界石に視線を落とし――

そして、ルミエを見る。

敬意でも、畏怖でもない。

観察する者の目。


「……それ以上でも」


静かに。


「それ以下でも、ありません」


説明はなかった。

理由も、結論も。

ただ、“そうである”という事実だけが置かれる。


(……なるほど)


ルミエは、理解した。

これは、答えを出す場ではない。

どこか漂う問答無用さ。教会が、世界が。自分を“どう扱うか”を決める場なのだと。


「本日は、これで」


老聖職者が手を上げる。


「お時間をいただき、感謝いたします」


形式的な言葉。

だが、その裏に含まれる意味は重い。

大教会の鐘が、低く一度鳴った。

外の世界へと戻る扉が、再び開かれる。

ルミエは最後に、もう一度だけ浄界石を振り返った。

安置場へと続く扉は厳重に閉じられて中の様子はここからは見えない。

それでも――

この場所で、“何か”が静かに、確かに動いたことだけは、分かった。


※※※


後ろで扉が閉じられた後、フランソワはルミエを安心させるようにほほ笑んだ。


「いや、緊張したね。お疲れ様、ルミエ」


ルミエは何も言わずほほ笑むだけだ。この場ではどんな発言も”相応しくない”から。


「どうだろう。気分転換に私の仕事にまた付き合ってもらえるかな?」

「はい、ぜひ」


その返事は、いつも通り柔らかく。

そして――完璧だった。




大教会を後にしてからの王都は、

行きと同じように前回からどこか違って見えた。

――やはり、違っているのは景色ではない。人の“反応”だ。

最初に立ち寄ったのは、王都南区の商会。


「……本日は、教会へ?」


挨拶もそこそこに、そう切り出された。

フランソワが穏やかにうなずくと、相手は一瞬だけ言葉を失い、

すぐに取り繕ったような笑みを浮かべる。


「なるほど……そうでしたか。

 いえ、他意はありません。ただ……お忙しい中を」


忙しい、という言葉に含まれていたのは、

労いではなく――探りだった。

ルミエは黙って、いつも通りに微笑む。

すると相手は、理由もなく背筋を正した。


(……あ、これ、まただ)


言葉を交わさなくても伝わる、何かを見られている感覚。

次は、古くから取引のある加工工房。


「ヴァロワ様、本日は……」


職人の目が、フランソワではなく、ルミエに向く。

ほんの一瞬。

だが、はっきりと。


「……いえ、失礼」


何に対する失礼かも言わず、

職人は咳払いをして話題を変えた。

加工中の魔石は、いつも通り安定している。

そんな風に語る職人の声はどこか空々しかった。

市場近くの食事処では、さらに露骨だった。


「……あの、大教会の鐘が鳴ったと聞きまして」


囁くような声。


「まさかとは思いますが……」


そこまで言って、主人は言葉を切る。

視線が、ルミエに向いた瞬間、

その顔色が変わった。


「いえ! 失礼しました! どうぞ、ごゆっくり!」


逃げるように下がる背中。


(……完全に噂、回ってるな)


教会が王族でも貴族でもない、例えヴァロワであっても一商人を本部に呼び出すことなど例外も例外。そんな珍事が王都を駆け巡る速度は圧倒的だった。招聘されてルミエたちが今日ここに来る数日間で市井には広まっていたのだろう。

教会が何を語ったかは知られていない。

だが、“呼ばれた”という事実だけで、

人の態度を変えていた。


馬車へ戻る頃に、フランソワも言った。


「気にすることは無いよ。聡い君はわかっているだろうが、今日の皆さんの反応は今日だけのもの。

 教会に我々商人が呼ばれたのが珍しいのさ」


今のフランソワはルミエからの反応も言葉も欲していないから、ルミエの口は閉ざされたままだ。

仕事は滞りなく進んだ。

契約も、調整も、数字も、すべて順調。

――順調すぎるほどに。


(……ああ、これは)


こうまで露骨にされてしまったらルミエだって理解する。

世界は、理由が分からなくても動く。

分からないことほど、不明なものほど、慎重に、丁重に。

――何事もないように。

それが、

“異物”を扱う時の、人の癖だから。



馬車に揺られながら、

ルミエは窓の外を眺めていた。

王都の街並み。

人の流れ。

光性石の灯り。

どれも変わらない。

けれど――


(……このまま帰るの、ちょっと……)


胸の奥に、珍しい感覚が芽生える。

逡巡。

躊躇。

それから、決意。

ルミエは、そっとフランソワの袖を引いた。


「……お父さま」

「ん?」

「帰る前に、一か所……寄ってもよろしいでしょうか?」


フランソワが、少しだけ驚いたように目を瞬かせる。


「君から、そんなことを言うのは珍しいね」

「はい」


微笑みは、いつも通り。

声も、仕草も、完璧。

それでも――

これは“自動”ではなかった。

奇跡的に、疲弊したであろう娘からの我がままを聞きたい、というフランソワの心情と、

今、我がままを言いたいというルミエの”願い”が合致した瞬間だった。


「少しだけで構いません。

 孤児院に……寄りたいのです」


一拍。

フランソワは、ふっと息を吐いてから、

柔らかく笑った。


「……そうか」


それは、商人の笑みではない。

父のものだった。


「いいとも。せっかく王都まで来たんだ。

 君の行きたい場所に行こう」

「ありがとうございます」


そう言って、ルミエはほほ笑む。

その胸の奥にある理由を、

まだ誰にも――

自分自身にも、はっきりとは言葉にできないまま。

馬車は、静かに進路を変えた。


※※※


孤児院の門は、以前と同じ軋みを立てて開いた。


「ようこそ。よくいらっしゃいました」


神父は深く礼をし、穏やかな声でそう告げる。

歓迎の言葉は簡潔で、過剰な感情は含まれていなかった。今日王都に来た用事も内容も、神父であれば知っているはずなのに、それを表に全く出さない彼はやはり人格者だった。

庭に足を踏み入れた瞬間、子供たちの気配が一斉にこちらへ向く。

『おひめさまだ!!』とぱっと走り寄ってくる者、遠巻きに立ち止まる者、名前を呼びかけようとして言葉を飲み込む者。

――反応は様々だが、その空気は、確かに“前と同じ”だった。


(……うん)


泣く子はいない。

拝む子もいない。

けれど、距離は自然と空く。王都の人々とは違う反応に安心しつつもやはり感じる隙間。

歓迎されているのに、踏み込まれない。

好意があるのに、触れられない。

それが、ここでの自分の立ち位置なのだと、ルミエは静かに、そして再び理解する。

神父の隣を歩きながら、ルミエはふと視線を巡らせた。

庭の奥。

建物の影。

あの、小さな小屋のある方角。

そして――


「……あの子は?」


声は、自分でも驚くほど小さかった。

神父は、足を止めない。

だが、その問いの意味を、すぐに察したらしかった。


「ノワですね」


確認するように、ではなく。

“分かっていましたよ”と告げるように。


「彼女でしたら、いつも通り……あちらにいるはずです」


神父の視線が、庭の端を示す。

大きな木の影。

人の集まりから、ほんの少し外れた場所。


「ご案内しましょうか?」

「いえ」


ルミエは、首を小さく振った。


「自分で、行ってみたいです」


その返答に、神父は何も言わず、ただ静かにうなずいた。

ルミエは、一歩だけ歩みを進める。

喧騒は、背後に残る。ノワのもとについていく子供はいないのだから。

子供たちの声も、足音も、遠ざかっていく。

そして――

木陰の向こうに、淡い影が見えた。

淡銀色の髪。

静かな青灰の瞳。

ノワは、こちらを見ていた。

驚きも、戸惑いもない。

ただ、“来ると思っていた”というような目。

二人の間に、言葉はなかった。

それでも――

視線が交わった、その一瞬。

確かに、何かが“続いている”と、ルミエは感じた。

ルミエは、この世界で産まれて初めて、少しだけ完璧ではない、情けないほほ笑み浮かべる。

これがノワの好意を最大限上げるものであり、そして―――今ルミエが一番浮かべたかった表情だったから。

ノワが、ほんのわずかに首を傾げる。

それだけで、十分だった。

この再会に、説明は要らない。

この距離に、言葉は不要だ。

――また、ここから始まる。

それを言葉にしないまま。

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