『幕間。二人の胸に残ったもの』
「神父さま! おひめさまは次いつくるの?」
「え~! 僕もお姫様に会いたかった!」
「私も!」
ルミエが帰った翌日。この孤児院の責任者でもある神父の周囲には子供たちが集まっていた。
ルミエをずいぶんと気に入った年少組はまた会いたいとねだり、
奉仕活動として社会勉強をしてきた年長組が自分たちもその貴重な経験をしたかったと羨む。
というわけで、どちらからもこうして詰め寄られている。
「彼らは多忙な方だからね。それに立場もある。そう何度も来ていただくわけにもいかないのだよ」
優しく諭す神父に聞き分けのいい子供たちは少し不満そうにしながらも、むくれつつ口をつぐむ。
「しかしだ。皆がいい子にしていればまたきっとやってきてくれるだろう」
「ほんとう!?」
「ああ、本当だとも。だから皆、これからもしっかりと――」
そこまで言いかけた言葉は不意に途切れる。
光性石のランプが少しずつ明滅を始めたから。
徐々に弱弱しくなっていく光はやがて完全に消え、全員が”彼女”がやってきたことを悟る。
振り返るとやはり、室内に彼女が入ってきていた。
特徴的な美しい淡銀色の髪。
静かな青灰の瞳。
ノワ。
今日も静けさと影をまとった少女はいつもどおりの無表情で室内を進む。
ノワが通ると年少組も年長組も、皆一歩引いて道を開けていき、やがて神父の前までたどり着く。
「……どうしたんだい、ノワ?」
唯一声を出せたのは神父だけ。
「これ」
「これは?」
差し出されたものを反射的に受け取るとそれはブローチだった。
「庭に、落ちてた」
「わぁ、きれい!」
「なになに!?」
ノワの答えはそれだけ。自分に近づかず、ブローチを見れば群がる子供たち。孤児院に満ちるなんとも言えない奇妙な空気感。
全て興味がないように、関心がないように、するりと身を翻して静かに歩みだす。
「……それじゃあ」
「……ノワ」
「……なに?」
神父は、言葉を選ぶように、ほんの一瞬だけ沈黙してからそう言った。
「よく届けてくれたね」
「……あたりまえ」
ノワの感想はそれだけだった。
その間は誰も何もしゃべらない。室内に物理的にも精神的にも明るさが戻ったのは彼女の姿が消えた後だった。
「……びっくりしたね」
「そう、だね」
別に嫌っているわけではない。恐れてもいない。
でも、なんとなく、そう、ただなんとなく子供たちはノワとは話せていなかった。
群れでの異端は排除されてしまうように、本能に素直な子供だからこその純粋な残酷さ。
そして、先ほどの静けさを忘れてしまったかのように先ほどまでの賑やかさはすぐに戻ってくる。
これが、この孤児院の日常だから。
ノワは自分の小屋に戻りお気に入りの木陰に戻り読みかけの本を開いた。
孤児院で長年使われてきて、ノワも何度も読み返したその本はボロボロだがその手触りは好きだった。
――さきほどの一幕は特にノワは何とも思っていなかった。
いつものことだし、気にならない。言ってしまえば興味が酷く薄かった。
独りの時間は産まれてずっと続き、今日を過ごし、また明日も同じように過ぎるだけなのだから。
ただ、ほんの少しだけ心が揺れる。
ブローチを握っていた手を見つめる。
手のひらに残る、ひんやりとした金属の感触。光性石ではないのに、なぜか淡く光を返す装飾。
昨日見た、あの少女の色と――少しだけ、似ていた。
「……また、会いたい、な」
その言葉が、どこから出てきたのか。
ノワ自身にも、よく分からない微かな感情の発露だった。
※※※
(……また、会ってみたいな)
王都から離れた街。
ルミエは窓の外を見つめて昨日の邂逅を思い出していた。
『ほんとうに……大変だね。
あなた、きっと。
毎日、しんどい』
そう静かに告げた少女、ノワ。
恐れるでもなく、敬うでもなく、”愛する”のでもなく。
ただルミエをルミエとして見つめてくれていた彼女。
また話してみたい。
今度はどんな反応をしてくれるだろう。
今度は何と言ってくれるだろう。
ノワは自分を――なんと思っているのだろう。
考えは止まらないけれども、同時にまとまらない。
ルミエが耽っていた物思いは少し力加減に遠慮のないノックに中断された。
「姉さま!姉さま!」
「ふふ、はーい。少し待ってね、レオン」
口から出るのは優しさと愛に満ちた”姉”としての声。
そうして、今日もルミエは日常へと戻っていった。




