表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調整役令嬢は、何も知らない  作者: ナギサト。
『慣れゆく世界と、揺れない距離 』
13/23

『光と影が出会う日』

孤児院の門をくぐった瞬間、

ぱたり、と子どもたちの遊びの音が止んだ。

数秒の静寂。

そののち、ぽかんと口を開けたまま固まる幼い顔、顔、顔。


(……反応が地元とも王都とも違う気がする。なんか、固まってる……?)


地元でも王都でも『慣れ』があった。感じられた。

だがここは、王城にも市場にも縁遠い、職人街の外れ。

“ヴァロワの娘”という噂すら届いていないのだろう。


「これはこれは、ヴァロワ様。ようこそお越しくださいました」


孤児院の務めらしく白い簡便な法衣をまとった神父が、静かな足取りで近づいてくる。

歳のわりに背筋が伸びており、落ち着いた目をしていた。


「いえ、急な訪問で申し訳ない」


フランソワが頭を下げると、神父はゆっくりと首を振った。


「あなたのような方のご厚意があってこそ、子どもたちは不自由なく暮らせております。

 迷惑など、滅相もありませんよ」

(……お父様、信頼されてるんだなぁ)


そんな父の横で、ルミエは一歩前に出てスカートをつまむ。


「お初にお目にかかります。

 ルミエ・ヴァロワと申します。父がいつもお世話になっております」


完璧な所作。

挨拶の後に自然に胸へ添えられる手。

気づけば小首を傾げてしまう“自動反応”。

神父の目が一瞬だけ見開かれた。

しかし――

聖職者の矜持か、すぐに穏やかな笑みに戻り、静かに礼を返す。


「こちらこそ。あなたの御父上には、我々は何度助けられたかわかりません。

 娘君のお姿を拝見できるとは光栄です」

(あ、崩れなかった……。さすが神父さん……プロだ……)


安堵したのも束の間だった。

その神父の背後から、小さな気配がじりじりと近づいてくる。

視線の気配に視線を下に落とせば、子どもたちが固まったままこちらを凝視していた。

目が合った瞬間感じたもの。

それは恐れでも畏怖でもない。

――好奇。


「わあ! おひめさま!?」

「すっごいきれい!」

「ねえ見て、目が紫だよ!!」

「ドレス、ふわふわしてる……さわっていい?」


瞬く間に、歓声とともに押し寄せる子どもたち。


(あ、近い! ここ、地元みたいな“1メートルの聖域”みたいな距離感ないんだ……!)


遠慮の欠片もない。

手こそ伸ばしてこないが、半径30センチまで平気で迫ってくる。

興味津々で覗き込む子、

スカートの布の揺れをじっと見る子、

ルミエの髪色をまじまじと観察する子。


「ほんとに、おひめさまみたい……」

「なにしにきたの?」

「おとうさん、おおきい!」


次々飛んでくる幼い声。


(……あれ? なんかこれ、ちょっと……楽かもしれない)


感極まって泣く者も、尊いと言って拝む者もいない。

圧倒されつつも、純粋な“子どもの興味”が中心。

地元では決して得られなかった種類の空気だった。

フランソワが微笑む。


「大丈夫かい、ルミエ?」

「はい。歓迎いただけたようで嬉しいです」

(そう、新鮮だ。静か……じゃないけど、これはこれで……あり、かな)


そんな時――

子どもたちの奥から、ひとりだけ動かない影があった。

物陰に隠れるように、庭の端の茂みのそばで、

じっとこちらを見ている小さな少女の影。

ただ、こちらを観察しているだけ。

好奇心も畏れもなく、

まるで ルミエから“光”感じていないかのような静かな目。


(……あれ……誰だろう)


その子の存在に気づいたのは、ルミエと神父だけで。

神父が小さく視線を逸らし、何か言いたげに唇を結んだ。


※※※


「ルミエ様、よろしければ子どもたちに本を読んでいただけますか? ちょうど年長組が奉仕活動で出払っていましてね。もうしばらくで帰って来る頃ではあるのですが」


神父の申し出に、ルミエは微笑んでうなずいた。


「はい。ぜひ」


その瞬間、周囲の子どもたちが一斉に喜びの声を上げる。


「やったー!」

「おひめさまがよんでくれるの!?」

「ちがうよ、ルミエさまだよ!」

(お姫様じゃないけど……まあ、いっか)


孤児院の集会室には簡素な椅子と本棚があるだけ。

だが、子どもたちには十分な“世界”なのだろう。

ルミエが椅子に座ると、小さい子らがわらわらと集まってきて、

あっという間に足元をぐるりと囲んだ。

その慣れた様子から普段はこの孤児院の年長者が今のルミエの役をやっているのだなと察しながら、読み聞かせが始まる。古いが大切に扱われてきたことがよくわかる本を開く。

物語は、森に住む小さな鳥が、仲間を助けるために大冒険をするというもの。

ルミエが一行を読めば――

子どもたちが素直に笑い、驚き、拍手する。


(……かわいい……こんなふうに反応してもらえるの、初めてだな)


地元の子どもたちのように泣き出す子もいなければ、

畏れ多いと距離を置く子もいない。

ただ、絵本の世界に夢中になる素直さだけがあった。

自分は意外と子供好きだったのか、それとも女の子に生まれ変わったことによる精神的な変化か、ルミエにははっきりとはわからなかったが、この穏やかな時間は嫌いではなかった。


「――立派なご息女ですな」

「ええ。本当に。立派すぎるほどに」


神父の感嘆の呟き、フランソワはしっかりと、しかし少しだけ寂しさを滲ませてほほ笑んだ。

読み終えると、今度は年下の子たちが絵を描き始める。

神父が言うには、午後の活動の一部らしい。


「ルミエ様、魔石の色を塗るところを教えてあげていただけますか?」

「もちろんです」


紙の上には、まだ塗り途中の“魔石の絵”。紙を潤沢に使えるあたりは王都の孤児院といったところだろうか。

赤く塗れば熱性石、青は冷性石、黄色は光性石。

普通は幼い子供の塗り絵は木々や動物などだろうが、魔石教育の一環も兼ねているのだろう。

ルミエがそっと赤色を指さして説明すると、子どもたちは素直に頷いた。


「ねつ……ねっ……ねっせいせき?」

「そう。熱性石。触ると熱くなる赤い色の石なのよ」

「はーい!」

(……なんか……幸せだな、これ)


“過剰反応”がまったくない世界。

ただ、誰かと肩を並べて同じ活動をする世界。

そんな穏やかな時間の中で――

ルミエはふと気づく。


(あれ? 今いるのは基本的に小さい子ばかりって聞いたけど……)


視線を巡らせても、見えるのは四歳、五歳の幼い子たちばかり。

その中に――

明らかに六歳を超えた、背の高い少女がひとり混じっていた。

しかも、集団から距離を置いている。

先ほども見かけた、あの少女。

淡銀色の髪が、薄い光に反射して静かに揺れている。

椅子にも座らず、壁にも寄りかからず、ただ“そこに立っている”だけ。

まるで、自分の居場所がどこでもなく、

ただ“影”に咲いた花のように。


(……なんで、あの子だけ年上なんだろう)


胸の奥に、小さな違和感が生まれた。

読み聞かせとお絵描きの時間が終わり、

子どもたちが神父に連れられて片づけを始める。

ルミエは立ち上がり、

ふと顔を上げた。

そこに――

また、あの少女がいた。

距離はさきほどよりも近い。

だが子どもたちのように駆け寄るでもなく、

大人のように礼をするでもない。

青灰の瞳。

その瞳は、

“光”を見ることに何も感じていないかのように揺れず、

ただ静かにルミエを見ていた。


(…………あ)


喧騒の中で出会った、

唯一、揺れない視線。

心のどこかが、ふっと冷えて、同時に温かくなる。

互いに何も言葉を発しない。

ただ――

少女はほんの僅かに首をかしげた。

まるで、

“あなたは何者?”

と問いかけるように。

そしてルミエは、

“私も、それを知りたい”

と心の中で返した。

神父がこちらへ歩み寄る。


「彼女は――」


その言葉の続きを聞く前に、

少女は、踵を返し静かに去っていった。

薄い影だけを残して。


(……なんだろう、あの子……)


この日、

ルミエはまだ知らない。

この“揺れない瞳”こそが、

後に彼女の人生を大きく変える存在になることを――





少女の姿が見えなくなったあと、神父は静かに息をついた。


「……気になりましたか?」

「はい。あの子は……?」


神父は小さく頷き、少しだけ寂しそうに微笑む。


「彼女はノワ。苗字はありません。

 産まれてすぐにこの孤児院にやってきてここで育ち、もうすぐ八歳になります」

「八歳……やはり私より年上なのですね。年長者は街に出ているのでは?」

「ええ。ノワは“普通の子どもたちの輪に入れない”のです」


その言葉に、ルミエのまつげがわずかに揺れた。


「……どうして、ですか?」

「理由ははっきりしません。ただ……『魔石が彼女を認識しづらい』と申しますかね。

 彼女のそばでは、魔石を使った道具が止まってしまうのです」

(……そんなことが……)


魔石はこの世界のインフラだ。それが使えない少女。

1年ほど前、浄界石が自分を無視したあの日を思い出し、胸が少し締めつけられる。


「それで……彼女は皆と距離を置いているのですね」

「人柄は優しいのですよ。手伝いも欠かさない。

 しかし……子どもは敏感でしてね。

 “何か違う”と感じると、自然と離れてしまうのです」


神父の声には責めや嘆きではなく、ただ静かな理解があった。


(……私と、逆だ)


自分は近づかれるのも困るほど“過剰に求められる”。

ノワは近づく前に“距離を置かれてしまう”。

同い年でもない。性格も違う。

けれど、胸の奥に何かが触れた気がした。


「……あの子と、お話ししてみたいです」


神父は目を見開き、すぐに柔らかく微笑んだ。


「ええ、構いませんよ。ノワは危険な子ではありません。

 むしろ、優しすぎるほどです。ただ……」

「ただ?」

「彼女は、自分の世界が小さいのでしょう。

 あなたのような子が訪ねてきたら……驚くかもしれませんね」


どこか期待を含んだ口調に、ルミエは軽く礼をした。


「では、会いに行ってもよろしいでしょうか?」

「もちろん。彼女は庭の隅の小屋にいるはずです」


言われた通り向かった先は孤児院の庭の隅。

大きな木の影に隠れるように建つ小さな小屋。

子どもたちの生活棟とは離れ、まるで森の端のような場所。

ルミエは扉の前に立ち、深く息を吸った。


(……緊張するなぁ)


子ども相手で緊張することなどほとんどなかった。

だが、ノワには“過剰反応”も“期待”もなかった。

だからこそ、怖い。

だからこそ、会いたい。

コン、コン。

控えめにノックすると、中から淡く静かな声が返ってきた。


「……どうぞ」


ルミエはそっと扉を開けた。

薄い光に照らされた室内。

小屋は簡素でありながら整然としている。

そこに――ノワがいた。

遠目で映えていた淡銀色の髪が肩でふわりと揺れ、

青灰色の瞳が、まっすぐルミエを見ている。

驚きも、畏れも、拒絶もない。

ただ、静かに“見ている”。


(……やっぱり、この子……普通じゃない)


ルミエは一歩踏み込んで、スカートをつまんで礼をした。


「はじめまして。ルミエ・ヴァロワと申します」


ノワはわずかに瞬きをし、それから言った。


「……知ってる。さっき見てた。私はノワ」


それだけ。何の反応もなく、淡々と、必要最低限の返事。

それは――この人生で初めてで。ルミエは少し驚いて瞬きをした。


(見てたのに……この落ち着き?)


ノワは続ける。


「あなた……とても、光ってた。

 まわりのひと、みんな……目を細めてた」

(また光とか言われた……でもこの子のはなんか違う……)

「いいえ、私はそのようにたいしたものでは――」

「ううん」


ノワは首を小さく横に振る。


「そう見えた。まわりが……ざわざわしてた」


静かな声だったが、言葉は鋭い。


(……表現が独特……でも、嫌な感じじゃないな)


ルミエが言葉を探していると、

ノワはじっと見つめたまま問いを落とす。


「なにか、用?」

「あ、はい!あなたと、お話ししたくて」


ノワはわずかに目を細めた。

笑ったのかどうか、判別しづらいごく小さな変化。

そして、こくん、と頷いた。


「……いい」

「え?」

「私も……話してみたい。あなたと」


胸がふっと温かくなった。

言い方は簡素なのに、

言葉の奥に “拒絶でも畏怖でもない感情” が確かにある。

それがルミエには初めてで。


「嬉しいです。あの、座っても……?」


ノワは小さく手を動かす。


「……そこ。お好きに、どうぞ」


ルミエが腰を下ろすと、

ノワは少しだけ顔を向け、ぽつりと落とした。


「あなた、人に……触れるの?」

「えっ……?」

「みんな……あなた見ると、下がる。

 触れない。

 光、強すぎて……痛そう」


比喩のようで、比喩ではない。

彼女は世界を “そう見ている”。


(……この子、本質で話してくる……)


ルミエは静かに微笑んだ。


「触れられますよ。私は普通の人間ですもの」


ノワは、すぐには返事をしなかった。

長い沈黙のあと――小さく呟く。


「……ほんとうに?」


それは、

今日聞いたどの言葉よりも

ルミエの胸に深く残る。

心に出来た空白。それは、表面上も内心も、本当に珍しくルミエになにもさせなかった。

しばらく、二人のあいだに静かな時間が流れる。

ノワは言葉をほとんど挟まず、

ただ淡い青灰の瞳でルミエを見つめている。

怯えも、崇拝も、拒絶も、ない。ただあるがままを見つめる静かな目。


(……この距離感、すごく……楽、かも)


そう内心で思った瞬間――

ルミエの“呪い”が働いた。


「ノワさん。あなたとお話しできたら嬉しいです。

 もし良ければ、今日は少しだけでも……あなたのことを知りたいわ」


言ってから気付く。


(えっ……今の、なんか……妙に“柔らかい誘い方”じゃない!?)


普通に『仲良くしたい』くらいで良かったのに、

どこか“胸の奥をくすぐるような声音”が勝手に混ざる。

呪いの補正は、まだ幼い少女同士であろうが容赦がない。

ノワは眉をわずかに動かした。

驚きではない――これは”観察”だ。


「……あなたの言葉は、きれい。

 でも……ちょっと、くるしい」

「く、苦しい……?」

「胸……ぎゅってなるやつ。

 光、近すぎると……人は、息しづらい。目も、開けられない」


それは多分、褒め言葉ではない。

けれど拒絶でもない。


(……言い方は刺さるけど、変な悪意は感じないな……)


ノワは続けた。


「でも……嫌いじゃない。

 ……すこし、好き」


ルミエの胸に一瞬だけ、温かい何かが灯った。

そして、また呪いが勝手に動く。


「……ありがとうございます。

 ノワさんにそう言っていただけるなんて……光栄です」


微笑む角度、声の柔らかさ、視線の落とし方――

すべて“最適化”。


(ああああ……またやった……!!)


しかしノワは、他の誰ともまったく違う反応をした。

涙も出さず、息も乱さず、

ただ静かにルミエを“観察”する。


「ほんとうに……大変だね。

 あなた、きっと。

 毎日、しんどい」


その言葉に、ルミエは一瞬だけ息を呑んだ。

“見抜かれた”。

7年間で初めて、そんな感情が走った。

そこに同情はない。

ただ、事実としての理解があるだけ。


(……なんだろう……やっぱり、すごく、楽……)


と、その時。


「ルミエ? そろそろ帰る時間だよ」


父、フランソワが扉を軽く叩いた。


「あ……はい、お父さま」


立ち上がりながら、ルミエは名残惜しくノワを見る。

ノワは変わらない落ち着いた表情のまま、

小さく――静かに頷いた。


「また……来る?」

「ええ。……来てもいいかしら?」

「……いい。

 あなたなら……いい」

「はい、それならばぜひ」


短い、でも確かな許可。

胸の奥が、ふっと温まる。

最後に――

呪いがまた勝手に動いた。


「それでは……また必ず、お会いしましょう。ノワさん」


一歩外へ出る直前、

ルミエは自分が“完璧な微笑み”を浮かべていたことに気づく。


(……もう……勝手にしろ……)


小屋の扉が静かに閉まる。

残されたノワは、微動だにせずその扉を見つめていた。


「……あの人……大変。

 でも……きっと、強い」


そう呟き胸に手を当てる。


「なんか……変。

 あたたかい、な……」


二人の出会いはあまりにも短く、

言葉も少なかった。

それでも――

互いの胸に、確かに何かが残った。

まだ名前のつかない感情の種だけが、

静かに芽吹いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ