表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調整役令嬢は、何も知らない  作者: ナギサト。
『慣れゆく世界と、揺れない距離 』
11/23

『埋まらない距離と、開かれる未来の扉』

ルミエが学校に通い始めて、もうすぐ一か月。

日々の授業や行事にも慣れ、教室の空気もだいぶ読めるようになってきた……はずなのだが。


(……誰も近くに来ないなぁ)


相変わらず、ルミエの周囲には“自然発生する半径一メートルの空き地”が保たれている。

挨拶はする。会話もする。協力作業も滞りなくこなす。

だが――『友達』という言葉が現れる前に、みんな必ず一歩引いてしまう。


「おはようございます」

「お、おはようございますっ、ル、ルミエ様!」

「ですから、“様”はいりませんよ? 私たちは学友でしょう?」


廊下でクラスメイトに会い、そう微笑みかけながら窓に映った自分を見ると――

小首を傾げて、心を溶かすような完璧な笑みを “勝手に” 浮かべている自分がいた。


(……やめて。今それやると――)


案の定、少女の顔がみるみる赤くなる。


「ご、ごめんなさいっ! し、失礼します!!」


ばたばたと逃走していく。


(いや、授業、そろそろ始まるよ……?)


そんな少女が、席には戻らず廊下の影に隠れて深呼吸しているのが見える。

どうやら、ルミエの笑顔は朝から人の体力を削ってしまうらしい。


※※※


教室に入ると、もうほとんどの生徒が席に着いていた。

とはいえルミエの周囲だけは、やはり綺麗に空いている。


(椅子が三つ分……? 微妙に広がってない?)


誰も意図してやっているわけではないのだろう。

ただ“なんとなく”全員が、同じ距離で止まってしまうのだ。

席に腰を下ろすと、前の席の女の子がそわそわと振り返った。


「あ、あの、ルミエ……さん。昨日の写本、ありがとうございました……」

「いえ、私こそ助かりました。あなたの解説、とても分かりやすかったです」


そう言って微笑むと――

彼女の手がびくっと震え、慌てて顔をそむけた。


「……っ! す、すみません、ちょっとまぶしくて……!」

(私は太陽なのかな?)


相変わらずだ。

ただ、昔のように泣き出したり、拝まれたりすることはもうない。

『慣れた』のだ。良くも悪くも。

……慣れてこれなのか?とルミエは思わなくもない。


「あ、あの……! ルミエさん、この問題、理解できましたか?」


別の席から男の子が声をかける。

以前なら言葉を詰まらせて固まるか、感極まって泣いていたような子だ。

ルミエは穏やかにうなずいた。


「はい。もしよかったら一緒に考えましょうか?」

「~~~っ、だ、大丈夫です! すみません!!」


勢いよく首を振って引っ込んでしまった。


(慣れたとはいえ、近づけるわけではないのね……)


やたらと丁寧で、やたらと怯えていて。

それでも泣くほどではない――それでも話しかけてはくれる。

そんな絶妙な距離感が形成されていた。



チャイムが鳴り、教室に教師が入ってくる。

五十代くらいの男性で、この学校でもっとも古参の一人といわれる人物だ。


「……お、おはようございます、皆さん。き、今日は……その……」


教師はちらりとルミエを見るたびに喉を鳴らす。


(この人、慣れない側だ……)


生徒のほうは適度に慣れたが、教師と職員の多くは――

未だに「特別な存在」を前にして冷静でいられない。


「ええと……出席を……と、取ります。ヴァ、ヴァロワ……様……」

「“様”はいりませんよ、先生」

「あ、いや、しかし、その……!おほん!失礼。ヴァロワ”さん”」


教師は声を裏返らせつつも、平静を装う。


(おお、流石は教師!)


生徒たちは“慣れた驚き”で、この様子に反応しない。

教師がルミエを見ると挙動不審になるのは、もはや朝の日課だ。


(なんでこの人たちは……いつまでもこんな大げさな反応なんだろう……)


慣れる/慣れないの対比が鮮やかだ。

――午前の授業が終わる頃、教室内にほっとした空気が流れる。

教師は緊張で汗だくになっていたが、生徒たちは案外落ち着いていた。


「ルミエさん、一緒に片づけ……」


言いかけた少年と目が合い、少年は一瞬固まる。


「いっ……いえ! 大丈夫です!! 任せてください!!」

(いや、並んで片づけるだけなんだけど……)


少年はなぜか使命感に満ちた顔で教科書を抱えて去っていった。

人は慣れる。

だが『慣れた結果、距離はそのまま』ということもあるらしい。


(こんな感じで……あと三年かぁ)


孤独とは少し違う。

近づかないのに嫌っているわけでもない、不思議な空気。

子どもの頃の時間って、やたら長く感じる。

そんなことを他人事のように思いながら、ルミエの胸には、ほんの少しだけ虚しさが残った。


※※※


昼休み。

ルミエは一人で図書室へ向かった。

本もまだ高価だ。それを取り揃えているあたり流石は学校といったところだ。

教室から一歩出ると、生徒たちの反応は穏やかになる。

が――


「ルミエ様……! こちら通られます! 道を開けて!」

「いや、そんな……そこまでしなくて大丈夫ですから……!」


通路の真ん中で左右に割れる生徒たち。


(パレードじゃないんだから……)


懐かれてはいる。敬われてもいる。

ただ、そのどれにも『普通の少女』としての距離感は含まれていなかった。

図書館の扉を開けると、静寂が迎えてくれた。


(……あ、好き。こういうの)


本の匂い。紙の乾いた音。

誰も自分を過剰に見つめてこない空気。

ルミエは胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。

だが――この静寂も長くは続かない。

図書館司書の女性が気配を察し、音もなく立ち上がった。


「……ルミエ様。お、お越しくださるとは……!」

「様……いりません……」

「い、いえ、しかし……っ!」


司書は感激のあまり、胸の前で手を組んだ。


(ここもダメかぁ……)


静けさを求める少女の道のりは、今日も遠い。


※※※


今日も学校が終わり、ルミエは自室で一人、つかの間の“静けさ”を味わっていた。

朝は乳母と従者とレオン。

昼はクラスメイトと教師。

距離は置かれているのに、なぜか騒がしい時間ばかりで――

こうして本当に一人になれたのは、今日初めてだった。


「……やっと」

(独りになれた……)


窓を開けて顔を出し庭の木々を眺める。風に揺れる葉を見つめながら長い髪をたおやかに抑えるその仕草は7歳にしては完成されすぎていた。本人に自覚はないが。

――もう少しこのまま

そう思っていたルミエのもとに届く足音と、自分が”調整”されていく感覚に来訪者の気配を悟る。

ややもすればノックとともにフランソワが入室した。


「はい」

「すまないルミエ。今いいかな?」

「ええ、なんでしょうか、お父さま」


窓辺から振り返りほほ笑むルミエは通常営業だった。

フランソワに椅子を勧め、自らはベッドに腰を掛けた久しぶりの親子の静かな会話が開始される。


「突然だがルミエ、王都に行かないかい?」

「王都ですか?」


少し目を大きく開き、指を顎に添える――

癖のように発動してしまう“完璧な仕草”。

その表情を見ると、フランソワは安堵と、わずかな焦燥を同時に覚えてしまう。


(……学校では、やはり距離を置かれていると聞いた。

 それでも弱音ひとつ見せない……いや、見せてくれないのか)


――これがルミエの素なのか、それとも気丈に振る舞っているだけなのか。

父親であり、優秀な商人でもあるフランソワにも、娘の全ては分からなかった。


「そうだ。商会の視察を兼ねて、上層街の取引所に顔を出す予定があってね。よければ……君も一緒にどうかと思って」


ルミエは一瞬だけ考え――ほんの僅か、肩の力を抜いた。


「……行ってみたいです。知らない場所を見るのは、好きですから」

(“好き”か……そう言ってくれるのは嬉しいが……

 その裏にどれほどの本音が隠れているのか、父親でも分かりづらい)

「王都は、この街とは比べものにならないほど大きい。人も多いし、魔石の利用もさらに進んでいる。 良い刺激になるだろう」

「……刺激、ですか」


ルミエは少しだけ視線を落とす。

刺激。

それは――彼女が最も避けたいものでもある。人の視線、ざわめき、期待、好奇心。


(でも……お父さまと一緒なら、まだ……)


そこまで考えて、胸の奥にほんのわずかな高揚が灯った。


「王都には……“普通の子”も、いるのでしょうか」


思わずこぼれた小さな声に、フランソワの眉が揺れる。珍しく内側の思いと外側の反応が重なりルミエが本音を話せた瞬間だった。


「いるさ。たくさんね。

 商家の子、冒険者の子、職人の子……。

 この街とは違う世界が、そこにはある」


ルミエはゆっくりと息を吸った。


(……世界が広いなら。

 もしかしたら――“普通に”扱ってくれる誰かも……)

「では、お供させていただきます。

 王都……見てみたいです」


その返答に、フランソワはようやく柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。きっと、良い時間になる」

「はい」


ただ、フランソワは心の片隅で願っていた。


(どうか――あの子に、小さな救いがありますように)


そしてルミエもまた、胸の奥で静かに思っていた。


(王都には……私を“普通”と見る人、いるかな……)


その小さな期待は、彼女がまだ知らぬ未来への導火線。

この時、ルミエは気付いていなかった。

――その王都の片隅に、

彼女の運命を大きく揺るがす“ある少女”が、

今日も小さな小屋で、一人静かに空を見上げていることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ