第4話 食事事情と弓
気がついたら私は六歳になっていた。最近はシャーロット領の領地をたくさん歩かせて貰っている。
ここは緑が多くて風も気持ちいい。そんな場所で食べられるものは、とても美味しい。特にお母様が作る料理は絶品だった。
シャーロット領は農村地帯で、領地全体に畑が広がっている。そして、近くにはたくさんの動物がいる森があった。
お姉ちゃんはよくそこで狩りをしているらしい。二歳の時に狩ってきた熊も、その森で捕らえてきたものとのこと。
そんな今日の食事も、思った以上に豪華だった。私自身あまり食べられない身体なのに、お母様がどんどん盛り付けていく。
「お母様。私こんなに食べられません」
「そう言わずに。ほら、レイラが獲ってきたウサギ肉のシチューとヘビ肉のステーキ。とっても美味しいわよ?」
「で、ですが、お母様!」
お母様はどんどん盛り付けていく。あっという間に山になった皿。これが六歳の私に食べさせる量で合ってるの?
「ミカエラ。いらないなら、わたしが食べるわ。お母様も、ミカエラが可愛いからと言って、無理強いはしないで貰える?」
そこに私へ助太刀を入れるお姉ちゃん。あのヤキモチ女はどこへやら。むしろ、棘が強く成長した気がする。
「あらあら。レイラに怒られてしまったわ〜。うふふ。わかった。ミカエラは食べられる分だけでいいわよ」
「あ、ありがとう……ございます」
とりあえず、私には多すぎるヘビ肉ステーキをお姉ちゃんに渡す。バクバク食べるお姉ちゃんの腹は異次元すぎてやばい……。
シチューにはこの硬ーい黒パンを浸して食べる。顎の強化練習かこれは。まあ、浸せばいくらか柔らかくなる。問題はない。
公爵家と聞けば爵位最上位の貴族。もっと柔らかいパンを食べられると思っていたが、理想の現実とはかけ離れすぎている。
「お母様。これどう作っているのですか?」
「そうね……。ミルクは酪農地帯が多い西のブライアント領産。野菜はこの領地のものを使ってるわね……。調味料はこの領地で採れた胡椒の実を一度南西のグラーシア領の加工場に輸出しているのでしたっけ?」
ブライアント? グラーシア? どこそれ? まあ、とりあえず、あとで聞いてみよう。お母様に呼ばれたお父様も、それに乗っかってくる。
「その説明で間違いないよ。加工場の主人と私は仲が良くてね。私が勇者だった時は、よく泊まらせていただいたよ」
「そういえばそうでしたっけ。まさか、この領地のために、一番遠いグラーシア領が加工場を提供してくれるとは思いもしませんでしたが……」
お母様は開いた右手を顎に触れさせ、和かに笑った。それ思い出を面白がっているかのように、優しい顔。
この両親。ラブラブご苦労以前の問題で、どうやら二人とも親バカ気質らしい。細かいところまで、褒めてくれる。
親の愛情は本物で、特にお父様は色々なことを教えてくれる。それだけで、ものすごく勉強になっているから、嬉しい。
「お母様はなんでお父様と?」
「それは言えない質問だね。まだ6歳のミカエラには早すぎる。それに、ミカエラは剣術の才能はないみたいだな……。よし、ミカエラには別の武器に挑戦してもらおう」
いつの間にか食事を終えていたお父様は、『早めに食べ終わらせて書斎に来てもらえないか?』と言って、食卓から離れる。
私も急いで終わらせると、駆け足で書斎に向かった。敷地自体が非常に広いこの家は、南に事務所、北と二階が自宅になっている。
迷子になりやすい廊下を歩きながら、部屋の名前を小声で呟く。これをしないと、上手く書斎へ辿りつけない。
廊下中央の階段下。そこに書斎はあった。コンコンとノックをして中に入ると、優しいローズの香りが充満している。
ローズの香りはお父様とお母様にとって思い出があるらしい。私は、革製のソファーにちょこんと座った。
「ミカエラ。もう少し待ってくれ」
「はい。わかりました。お父様」
声はあっても姿は見えず。お父様を探そうか悩んでいたが、めんどくさいので全面却下! しばらくして出てきたお父様はまっくろくろすけになっていた。
「お父様。その姿は……」
「無様ですまなかったな。本当はすんなり見つけられるはずだったのに、どこを探してもなくてね。見つけたと思ったらゲホッ! この有様だ……」
「ま、まずはお風呂に入って綺麗にしてください。お父様が出てくるまで――」
「いいんだミカエラ。ちょっと濡れタオルを持ってきて貰えるか?」
頼まれごとは必ずやる。それがこの家の家訓だ。私は急いで濡れタオルを用意して、お父様に渡す。
探し物をするだけで真っ黒になれるお父様が凄いと思う。それだけ熱心に見つけてくれたみたいだけど、私でもさすがに……。
テーブルには、ひと張りの弓が置かれていた。サビが少し気になるけど。それがあることから金属製……。
弓って木製のはずだけど、きっと伸縮性の高い金属を使っているのかもしれない。そう考えれば説明もつくだろう。
「お父様。この弓は?」
「ミカエラにあげようと思ってだな……。説明すると長くなるが――。私が現役勇者の時に使っていた、練習用の弓だ」
「い、いくら練習用とはいえ、こんなの私が持っていいなんて……」
「いいんだ。君もまもなく天職につく時がくる。それくらいまだ温いほうだろう」
お父様はそういって弓を手に取った。弦を何度か引っ張ると、張りが弱いのかたるんでしまう。
そこまで確認するお父様。子供の将来を考える親としては正解だけど、細かいところまで気にするのはどうしたものか……。
少しして修繕された弓は、もはや別物だった。弦はピンと張っていて、今すぐにも「持ってくれ」と呼んでいるかのよう。
そして、お父様も『早く持ってあげなさい』という。正直持ちたくない気持ちが強いんだけど……。
恐る恐る手に取ってみる。金属でできた弓はとても冷たい。弦を引っ張ると軋む音。どことなく手に馴染む。
「本当に……貰っていいの?」
「もちろんさ。ミカエラは近距離が苦手なのだろう? なら遠距離はどうか。その弓はきっと君にとって最高の護身武器となる」
「護身武器?」
私はその言葉に引っかかった。護身武器。そのままの意味を取れば、自分の身を護るための武器。
これで何をしろと……。ここは色々と変だった。模擬裁判に異世界語の解読。他にも色々。
だけど、この弓は受け取らないわけにはいかなそうだし……。
「お父様、一回だけ試してみてもいいですか?」
「試す? 何をだ?」
「帽子を持って一緒に外へ出てください」
私はお父様を連れて庭に出た。遠くには小さな柵が庭を囲うように設置されている。その柵に、お父様の帽子を引っ掛けた。
地面に落ちている木の棒を拾う。弓に番えて弦を引く。弓から目を離して確認すると、めちゃくちゃ遠い。
だけど、弓を視界の中心に持ってくると、距離が近くなったみたいに、大きく見えた。
「ミカエラ。使い勝手はどうだ?」
「理想なくらいよく見えます。だいたい、今の私とお父様がいる距離くらい」
「そりゃすごい。そのまま放ってくれ」
「はい。お父様」
私は木の棒を離す。勢いよく弧を描くように飛んだ棒は、帽子を掠めて真下に落ちた。帽子は傷つくことはなかったけど、上出来だね。
しかし、お父様が元勇者であっても、私やお姉ちゃんが武器を持って訓練をするのかわからない。なんかこの家、謎が多すぎる
この弓がこれからの人生を少し変えるとは思わない。むしろ、このまま何もせずに、上手くやっていきたい。
でも、現実はそう簡単じゃなかった。この弓が私の視える世界を大きく変えるなんて――。
次回、主人公の眼に異変が……




