第3話 英才教育・模擬裁判
そして今、私はお父様の書斎に来ていた。歳も五歳になり、よく迷子になりながら探索をするのが今の趣味なんだけど……。
今日はなんかそれどころじゃないんだよね……。書斎には、二人の見知らぬ男女。お父様は中央奥の椅子に座っている。
私とお姉ちゃんは、入口側に立たされていた。これから何が始まるのか、それが気になって仕方ないんだけど……。
「では、これから模擬裁判を開始する」
お父様がそう言った。模擬裁判? なんで私まで……。相向かいに座る二人の男女は、静かに立ち上がり、一礼をする。
後ろからガチャリ、振り向くと椅子を二つ持ってきたお母様だった。
「レイラ。ミカエラ。二人も座りなさい」
「ありがとうございます」
椅子に座ると、お父様が続ける。
「では、今回の裁判における議題を説明する。まずは、それを踏まえた上での、二人の意見を問いたい」
直後、耳元でお母様の声が響いた。『今回参加しているのは、シャーロット家の分家の者ですよ』と……。
シャーロット公爵家って分家もあるんだ。知らなかった。私は二人の顔を見る。少しだけ、お父様に似た部分があった。
お母様はさらに続ける『分家の者は、こういうのに快く参加してくれるのです』。それが、この模擬裁判ということなのね……。
先にソファーから立ったのは、向かって右側に座る女性だった。名前はファリアというらしい。
「まず初めに、このような場を用意していただき感謝しております。この事件の内容といたしましては、今月の初頭私が大切にしている手鏡を紛失してしまったことから始まります」
「手鏡を紛失?」
私はファリアに問いかける。
「ミカエラ。まずは証言者の話を最後まで聞きなさい」
お父様に注意され、私が『すみません』というと、ファリアは続ける。
「紛失した手鏡は、私の家の外にあったそうです。鏡は割れていました」
「たしかに、ボクは最後にファリアの部屋に入ったけど、触ってないよ。勝手に落ちたんだ」
「それでも、外に投げたんでしょう? 窓は開けたまま。床には破片の粉が落ちてました。それも、窓側にあるチェストの下に」
「両者静粛に!」
模擬裁判であっても、これが本気のぶつかり合いだなんて……。お父様に指摘されて肩をだらんと落としたファリアとニック。
ニックは男性で、小柄な人だった。裁判は続く。それにしても証拠が多すぎるのが、謎でしかなかった。
これは裏がある。五歳児でもわかることが。隣のお姉ちゃんは、少し悩んでいるようだった。
私は、できるだけ被らないよう、複数の候補を考えた。それができるのは、姉の性格をわかり初めているからだろう。
お父様はさらに続けた。
「まずはレイラ。君の意見を聞きたい」
「わかりました。お父様」
「今回問われているニックの行いは有罪か無罪か」
「有罪だと思います」
これで有罪と言い切るって……。私はもう一度整理する。紛失したのはファリアの手鏡だったよね。
そして、ファリアが部屋に戻る前、ニックが入っていた……。ここで、ニックが窓が〝窓が開いていた〟や、〝その時点で床に落ちていた〟としたら……。
「次にミカエラ。君の意見を聞きたい」
「え? あ、はい……。私は……。どちらでもないと思います。もし今回、犯人がニックさんだとして、ニックさんが入った時点で割れている場合。ほかの第三者が関わっていると思います」
「なるほど……。これはしてやられたな」
「え?」
私が意見を言った途端。空気がさらに痺れた気がした。そして一瞬ファリアの目が泳いでいるようにも見える。
模擬裁判だから演技も入っていると思うけど……。なんか、私やばいところに踏み入れちゃった?
「ミカエラ。君は、今回の模擬裁判において、何に引っかかった?」
「え、えーと……。『紛失』です……」
「なぜ、『紛失』という言葉に引っかかった?」
「それは……。紛失したと最初に証言していたのに……。手鏡の在り処を知っていたから……です。本当に紛失なら完全に消えてる……と思います」
私は思った違和感を全部言った。隣のお姉ちゃんは納得がいかないようで。鋭い視線を向けている。横目に見えてしまう姉が怖い。
「良い着眼点だ。ミカエラ。対して、レイラ。君はなぜこの違和感に気づかなかった?」
「違和感? 証拠なら揃ってるじゃない」
「しかし、その証拠に矛盾が生じているのだぞ?」
「で、ですが! 開きっぱなしの窓、紛失し割れた手鏡。最後に出入りしたニックさん……!」
「結論だけで動く。それは正義か悪か。結論だけで動けば、周囲を俯瞰し忘れる可能性だってある。レイラはそこが多く抜けている」
「で、ですが! 証拠はさっき言った通り……」
お姉ちゃんは、何度もお父様に異論を唱える。彼女の様子は、どこか既視感があった。誰のことかはわからない。
だけど、私は何かを忘れている気がした。大切ななにかを。それでも、なぜか思い出すことができない。
「ここで種明かしだ。今回のはあくまでも模擬裁判。事件は空想上のものだ」
「それこそ、嘘じゃない!」
「〝あくまでも模擬裁判〟。嘘を本当のことに言うのは、犯人が最初にやる行動の一つ。それを理解できないなら、捕まえることなどできん」
たしかにお父様が言ってることはわかる。だけど、お姉ちゃんもしっかり回答してたのだから、そこを推理・推察するのもお父様の役目だと思う。
「お父様。少々言い過ぎでは……。たしかに、状況証拠ではニックさんは有罪です。ニックさんが手鏡を割り、ニックさんがそれを隠蔽し外へ投げた」
「ミカエラお嬢!」
「ニックさん怒らないでください。私だって、誰かを犯人に仕立て上げるのは苦手です。まだ歳は五つですけど」
「五つでここまで推理できるのは、異才にもほどがありますわ……。どこでそんな知識を蓄えましたの?」
「え、えーと……」
なんで知ってるんだろう。それだけが引っかかる。私は、その場で答えることができなかった。なんだったんだろう?
お姉ちゃんはその後、模擬裁判には出席しなくなった。全部私のせい。それが突きつけられた感覚。とりあえず、今はいいか。
「ミカエラ」
「なんですか? お父様」
私が食卓で椅子に座り本を読んでいる時。お父様が声をかけてきた。本を読むのを一旦止めて、お父様の顔を見る。
「君は……何者なんだ? 五歳児にしてはできすぎている。だけど、年相応の行動もとる。前回の模擬裁判で君は姉を上回った。それはわかるな?」
「は、はい……」
「君もついに才が動き始めたようだな」
才が動き始めたとはなんのことだろうか。私は外に案内された。そこでは、お姉ちゃんが訓練をしている。
彼女がてに持っているのは六歳の時に使っていた小刀ではなく、刃渡りが少し長い短刀に変わっている。
振っている姿は狂気に見えて輝いている。それが今後私が目指す姿だと、お父様はポツリと呟いた。
「私も、あんな刀を持つのですか?」
「おそらく……な。レイラはもう天職についた。妻のフランと同じ職業だそうだ。ミカエラもあと三つ上がれば、神の導きがあるだろう」
神の導き。それがなにかわからない。だけど、どこかで聞いたことのある響きだった。なのに思い出せない。
「お父様。私の天職って何なんですか?」
「わからない。ただ、わかるのは、親のどちらかの天職を受け継ぐことのみ。それ以外にわかるものはない」
「両親の天職? じゃあ、私もお父様みたいに……」
「かもしれないな……。もしかしたら、別の可能性も存在するだろうが……」
お父様は台所の方へ行くと、ティーカップを持って戻ってきた。私の正面に座り、ちびちびと飲む。
「ミカエラ。君は、将来どんな人になりたい。五歳になった今なら今後の未来を考えても良い頃合いだ。君の夢を近いうちに聞かせてほしい」
「夢?」
「そうだ。楽しみにしている」
そう言って、お父様はティーカップを持ったまま、部屋から出ていった。
次回。シャーロット家の食事事情?




