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第7話『境界の子 ―森母の企み―』



森の静寂が、まるで呼吸を止めているかのようだった。

緑光の余韻が消えた森の中央で、ミナトは荒い息を吐いている。

その右腕の“森の印”は静かに輝き、まるで胎動のように微弱な脈を刻んでいた。


シロガネがミナトの側に寄り添い、震える声を絞り出す。


「ミナト……まだ意識はある? 森母の声、聞こえる……?」


「……ああ。でも……あれは声っていうより……

 頭の奥に直接触れてくる感じだ……」


ミナトの表情は怯えと覚悟が入り混じった複雑なものだった。

森母の声は優しい。しかしその優しさは、どこか“人間ではない思考”に満ちていた。


――境界の子よ。

――お前はこの森の“未来の器”。


ミナトは両手で頭を押さえる。

「もう……意味がわからない……俺は、何に使われようとしてるんだ……?」


シロガネは唇を噛む。

(森母は……何をさせるつもりなの……?)


そのとき――


◆集落の外縁 ―クロガネ


重い足取りで、クロガネは森の中心へ近づいていた。

槍を握る手には迷いが滲んでいる。


「……シロガネ……あの子は、ミナトを守る道を選んだか」


掟は、“神喰”を排除せよと命じている。

だが――


(ミナトの光……森母の言葉……

 そして、シロガネの涙。

 どれも俺の“正しさ”を揺らがせる……)


胸の奥でうねる不安が、クロガネの歩みを重くする。


そこへ、別の熊が駆け寄った。


「クロガネ様! 森が……“別の気配”で満ちています!

 まるで……森母が、何かを孕んでいるような……」


クロガネの目が細く鋭くなる。


「……孕む?

 まさか……“境界の子”とは……」


彼の背筋を冷たいものが走った。



---


◆森の奥 ―ユリ(人間の恋人)


人間の街の外れで、ユリは震えるスマホを握りしめていた。

テレビでは熊の群れ、森の光、そして“神喰”の噂が流れ続けている。


「ミナト……本当に森にいるの……?」

涙で滲む視界の中で、彼女は決意と不安を抱えていた。


ユリは知っている。

ミナトの優しさを。

彼が追い詰められたときに無理をしてしまう癖を。


「助けに行かなきゃ……でも……そんな力、私には……」


しかし、そのとき。

ポケットに入れた“熊撃退スプレー”が重く感じた。


「違う……戦いに行くんじゃない……

 ミナトに……会いに行くんだ……!」


ユリは深呼吸し、森へ向かって一歩を踏み出した。



---


◆森の中心 ―森母の真意


ミナトとシロガネの前に、緑光の粒が舞い始めた。

それは空気が生きているかのように形を変え、

ゆっくりと“姿”をつくっていく。


巨大な熊でも、人の形でもない。

樹皮と光が混じり合った“神の影”。


――ようやく揃った。

――器と、導き手。

――そして、“境界の子”を呼ぶ者たち。


ミナトの喉が震える。


「……俺が……器……?

 何を……入れるつもりなんだ……!」


森母の声は淡々としていた。


――森と人は、すでに均衡を失った。

――どちらかが滅びれば、森もまた死ぬ。

――だからこそ“新しい存在”をつくらねばならぬ。


シロガネの瞳が大きく揺れた。


「……まさか……!

 ミナトを……“森の新たな核”にするつもりなの……!?」


ミナトの背筋に冷たい電流が走る。


「俺を……森の核に?

 それって……もう“人間じゃない”ってことか……!」


――境界を歩む者よ。

――お前はすでに“変わりつつある”。


ミナトの右腕が強烈に脈打つ。

体内で何かが蠢き、身体の細胞が緑色にきらめく。


シロガネが叫んだ。


「ミナトを森の核にしたら……人間の記憶も、心も、全部……!」


そのとき――


森の奥から、クロガネの叫びが響き渡る。


「森母!!

 それは……森の意志ではなく、お前の“企み”だ!!」


ミナト、シロガネ、森母――

すべての視線がクロガネに向けられた。


「ミナトを器にするだと……?

 森と人の均衡を保つために、一人を犠牲にするだと……?

 そんなものは――“調和”ではない!!」


シロガネの胸が熱くなる。

兄が、初めて掟を破り森母に刃を向けた瞬間だった。


ミナトの目にも、強い光が宿っていく。


森母の影が揺れ、森全体がざわりと震えた。


――ならば、問う。

――人間の子よ。

――お前は“人”として生きたいのか。

――“森”として生きたいのか。


ミナトの運命を決める問いが、森の中心に落とされた――。



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