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第2話『狩人クロガネ ―熊の王国―』



 森は呼吸していた。

 街を呑み込み、コンクリートを苔で覆いながら、巨大な生命体のように脈打っている。


 ミナトは、その中心に立つ黒い熊――クロガネに導かれ、かつて市役所だった建物へと足を踏み入れた。

 壁には樹の根が這い、床には草が芽吹いている。

 だが中央には、木製の椅子と机、そして火の灯る松明が並び、まるで“議場”のようだった。


 「……ここは、何なんだ?」

 ミナトの問いに、クロガネは振り向く。

 「ウル・ベア――我ら熊の都だ。かつて人が支配した街の骨に、森が肉を与え、我らの王国が築かれた。」


 外では、他の熊たちが規律正しく動いていた。

 枝を組んで家を造り、狩りの戦利品を捧げ、子熊たちは“言葉の訓練”を受けている。

 それはまるで、獣の社会というよりも、もうひとつの文明だった。


 「まさか……熊たちがここまで理性を?」

 ミナトが呟くと、クロガネは低く笑う。

 「理性? それを奪ったのは誰だ? 我らを“獣”と呼び、森を切り刻み、子を飢えさせたのは。」


 ミナトは言葉を失う。

 確かに、人間が自然を支配した結果がこの光景だとしたら――。


 クロガネは続ける。

 「我らは“進化”したのではない。

  おまえたちが作った“ウイルス”が、我らの血に触れたのだ。」


 「ウイルス……?」

 「十年前、人間が森に撒いた“成長促進菌”。

  植物を早く育てるための人工生命体。

  それが我らの神経を侵し、言葉を与え、理性を与え、そして――人を知る力を与えた。」


 ミナトは息を呑む。

 人類が開発した農業用バイオ物質。それが熊たちの知性覚醒を引き起こした――。


 クロガネは焚き火の前に座り、木の棒を手に取る。

 「この棒を見ろ。人は武器と呼び、我らは“記録”と呼ぶ。

  一本一本に、倒した人間の名を刻む。

  それは復讐ではなく、記憶の継承だ。」


 ミナトは恐怖と同時に、妙な敬意を覚えた。

 熊たちは、ただの獣ではない。

 彼らなりの倫理と文化、そして“痛みの記録”を持っているのだ。


 そのとき、外から低い咆哮が響いた。

 「クロガネ様――“人間狩り”の帰還です!」


 数頭の熊が入ってくる。その中に、何かを引きずる熊がいた。

 ミナトの目に映ったのは、縄で縛られた一人の女性。

 痩せこけ、泥にまみれたその顔は――ミナトの幼なじみ、ユリだった。


 「やめろ!」

 思わず立ち上がるミナトを、熊の一頭が押さえつける。

 クロガネは表情を動かさず、彼女を見下ろした。

 「人の巣から逃げた者か。……おまえも、森を拒んだか?」


 ユリは震えながら言った。

 「違う……私は、生きたかっただけ……」


 クロガネはしばし黙し、やがて命じた。

 「この人間を、裁きの森へ送れ。」


 その言葉に、周囲の熊たちが静まり返る。

 ミナトは叫んだ。

 「裁き? そんなの、ただの殺しだ!」


 クロガネの瞳が細く光った。

 「ならば――見届けろ。

  おまえの言う“理性”が、どれほどのものかを。」


 その声に、ミナトの背筋が凍る。

 彼は理解した。

 この熊はただの支配者ではない。

 **人間という種そのものに“裁きを与える者”**だと。


 夜風が吹く。

 森の奥で、木々がざわめき、遠くから熊たちの歌声が響く。

 それは、古代の祈りのようでもあり――死の予兆のようでもあった。


 ミナトは拳を握る。

 「……なら、俺が証明してみせる。人間にも、生きる意味があるってことを。」


 クロガネはゆっくりと微笑んだ。

 「いいだろう、人の子。

  ならば、おまえに“選択”を与えよう。

  彼女を救うために、熊の掟を破る覚悟はあるか?」


 ミナトは頷いた。

 その瞬間、彼の運命は定まった。


 ――森と人の戦いは、ここから始まる。



---


第2話・了


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