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折り紙に包まれている  作者: 浦瀬凪
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夢がある子とない子

  ついこの前、冬用にした分厚い布団が敷かれたベッドに横たわり、両腕を宙に上げる。両手に持った小さな箱をながめる。

 その箱を見ながら、少しほほえみ、この前のことを思い出す。

ある日よもちゃんが玄関の所で声をかけてきてくれた。同じ学校に通っているとはいえ、クラスも違うしこうして真正面から顔を見るのは久しぶりだった。

だけど、ころころとどんぐりが転がるような身軽さと、色素の薄い髪色、パッチリとした二重、愛らしい雰囲気は以前のままだった。

「はい!」

 よもちゃんは私の前に来るなり、手を差しだして言った。

色白で夏だというのに少し乾燥気味のその手には、葉桜のようなかわいい色合いのユニット折り紙があった。

私が昔、児童館でよく折っていた形の折り紙だった。

だけど、この色合いで折った記憶はない。

よもちゃんの方を見て首をかしげる。よもちゃんはその反応を待っていましたとばかりに笑うと、

「実はね、あやちゃんの机の上に乗ってたの。それを見つけた一組のりんちゃんが、よもちゃん仲良かったよね?って届けてきてくれたの。それで、私があやちゃんにわたすという流れになったわけ」

 そうやって私の手元に届いた折り紙を今、見つめている。

 天井のオレンジの明かりを背景に、ぼーっとながめる。

ふと、机の上に視線をやった。そこに一枚の紙が乗っているのを確認して、深くため息をつく。

題名「将来の夢」

頭の中で繰り返し、さらにため息をつく。

「題名、将来の夢」

 言葉にして、またため息をつく。



「翠ちゃん、将来の夢、書いた?」

 卒業文集にのせる作文だ。

 今までの学校生活でも何回か書いてきたテーマだが、正直今が一番困っている。

 夢。夢かあ。

 ないわけではないけれど、それは卒業文集に作文として求められているものではない。

 夢。夢、だよね。

 

 まだ、書いてないよ。昨日、原稿用紙をもらったの。


 ノートに書かれた文字を見せながら、翠ちゃんは表情を和らげる。

 最近、力を抜いたような表情を見せてくれることが増えた。困りごとが吹き飛ぶくらい嬉しい。


 あやちゃんは書いたの?


「まだ」

へへ、と苦笑いしながら答える。

「恥ずかしながら、将来の夢が何かも」

 窓から冷たい風が入ってきて寒い。

「翠ちゃん、将来の夢あるの?」

 膝に置いた鍵ハモの鍵盤を適当におさえる。


 言っても、無理だよって言われる。


 返ってきた答えは悲しいものだった。

 そんなこと誰も言わない。


あやちゃんは言わないかもだけど、他の子たちはそう言うと思う。


「誰かにそう言われたの?」

翠ちゃんの膝の上に置かれたリコーダーを見ながら聞く。


 言われてないよ。言われてない。

 

だったらどうしてそう思うの、と思いながら、その答えは翠ちゃんの中にも私の中にもあると思った。

 私にノートを見せてから翠ちゃんは斜め上を向いた。そして、もう一度ノートをとると、


 誰にも言ってないもん。


 と、書いた。

「誰が無理だって言ったか当ててあげようか」

 翠ちゃんは首をかしげると、

 

誰にも言われてないよ。


 と、書いた。


「自分」

 私は聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。

 賑やかな青空休みのコスモ組で、翠ちゃんは私の言葉を拾ったようだ。

「友達は、友達の夢を無理だとは思わない。知らない人は、知らない人の夢を、無理だともできるとも思わない」

 秋の風が強くなってくる。カーテンがお化けになっている。

「無理だという言葉がどこかにあるのだとしたら、それは自分が言っているの」

 私は、国語の詩を音読するみたいにはきはきと前を見て言った。

 翠ちゃんがなりたいものは何だろう。すいちゃんには、なれる、と言ってあげたい。

 

 そうかもしれないし、違うかもしれない。それは分からない。

あやちゃんも無理だと思うものに、恋焦がれているの。そうじゃなきゃ、そんなこと言えないよ。


 不意打ちだった。

 そうじゃなきゃそんなこと言えない。確かにそうだ。無責任すぎて言えないだろう。

ヒャッと変なしゃっくりが出る。

 続けて翠ちゃんがノートを見せる。

 

 私が時々思うのは、自分の中の無理だという声はいわば、警告音よ。今までの、経験とか、本能がアラームを鳴らしているの。


 翠ちゃんは、寂しそうな表情でノートを見せた。そして、またすぐに、鉛筆を走らせた。


 だけど、その警告を無視してでも、行きたい時がある、よね。

 

翠ちゃんの文字を見て、私は笑顔になった。翠ちゃんも私の方を見てにっこり笑った。

そののとき、冷たい風に誰かの声が乗った。グラウンドから教室に戻ろうとする男子たちの声だ。

「音楽会、めんどお」

「小学生最後の音楽会なんだからがんばろうよ」

 靴と地面がこすれて、砂がじゃりじゃり鳴る。

「歌と演奏の前にあれあるんでしょ?一人一人言葉つないでいくやつ。卒業式みたいな」

「それもめんどお。卒業式で似たようなことやるんだからいいじゃん、やらなくて」

 鼻をすする音、指の関節を鳴らす音。

 五人ぐらいの集団のようだ。

「予行練習みたいな?」

 声と足が近づいてくる。なんで今日に限って窓が全開で開いているんだろう。

「最後の音楽会だし?なんでも最後ってつけるよな」

 私と翠ちゃんは反射的に身を小さくし、電波の悪いパソコンのようにフリーズした。

 窓の向こうに汗だくの男子たちが見える。

 そのときだった。

 コスモ組の窓の前を通っていく男子の集団、その最後尾にいる一人の男の子と目が合った。

「あ、りん」

 鈴木章大がつぶやく。

 わざわざ足も止めてくださった。

「え~りん~?今日は指揮者の練習だろ?」

 先を歩いていた男子が前をみたまま呑気に答える。

 別の男子が、章大君の方を振り返り、そして、私を見る。

「あ~そっちのりんか~」

 前に向き直りながら、そして言った。

「ほら、不登校の方の」




 ほら、不登校の方の、私はそれで伝わる存在らしい。

 でも、まあ事実だし。

 私が逆の立場でも同じこと言うし。

 ただ一つ、私のプライドというか気まずさというかで、ばれたくない人が一人いたのだ。その人の前で、この会話が繰り広げられたことが、不服。


 ねえね、一つ聞いていい?

 翠ちゃんは私が教室に行ってないことを知らなかったと思う。机の上にユニット折り紙を置いてくれたのだから。

「うん。どうして学校に行ってないのとか聞かないでよ」

 笑いながら言う。


 どうして、りんちゃんなの?


 予想してなかった角度からの質問に一瞬、首をかしげる。だけどすぐにあっと思う。そういえば、翠ちゃんの前で名前を名乗ったことがなかったかもしれない。

「名前、りんずっていうの」

 翠ちゃんは私の顔を見ながら二、三回まばたきした。

「二年生繰りまではみんなに、普通にりんちゃんって呼ばれてたの。でもさ、三年生になって、高山輪(りん)ちゃんと同じクラスになってから、同じ名前で呼ばれてる子が二人いるとややこしいでしょ?だから私はあやって呼ばれるようになったの。まあ、向こうの方が目立ってるし、変えるなら私の方だよねえ」


 どうして、あやなの?


 翠ちゃんは首を傾げて聞きながら、だけど途中で、はっとなるような顔をした。

 私はちょっと貸してと言い、翠ちゃんのノートを借りると、そこに漢字を書いた。

 森宮 綾子(りんず)

 と書いた。

 これが世にもややこしい私の名前だった。

「あやこって読めるでしょ?」

 翠ちゃんは納得したようににこにこし、うんうんと何回も頷いた。

「章大君は保育園から一緒なんだけど、ずっとりんって呼んでる」


 優しいね。


「あ、りんなんて声もらさなければね。保健室の先生もずっとりんちゃんって呼んでくれてる。翠ちゃんの前で私の名前呼んだことなかったっけ?」

翠ちゃんは、また斜め上をみて、唇をかみしめた後、ううんと首をふった。そして、あっと言う顔をすると、


 私が折ったユニット折り紙、どうして見つけられたの?


 と書いた。

「よもちゃん、葉山蓬って覚えてる?あの子が届けてくれたの」

 翠ちゃんは納得したように頷くとまた笑顔になり、なにやらノートに書き出した。


 これからは、りんずちゃんって呼んでいい?


 私は迷わず頷いた。




 絵本作家になりたい。


 放課後の保健室。いくら風が冷たかろうが外の石畳に座って練習することはやめない。だけど、やっぱり寒いから二人ともパーカーを羽織っている。

 絵本作家。

「すてき!すてきすぎる!」

 私は翠ちゃんが将来の夢を言ってくれたらなれるって言ってあげたい、なんて思いどこかに吹き飛び、率直な感想を叫んでいた。しかも翠ちゃんに顔をぐっと近づけて。

翠ちゃんはびっくりしたのか、リコーダーをころころと落としてしまい、そして、恥ずかし気にほほえんだ。


 りんずちゃんが秘密をひとつ教えてくれたから、私からもひとつ。


「私の場合は教えたんじゃなくて、ばれちゃったんだよ」


 不登校の話の方じゃないよ。名前を教えてくれたこと。


「あっそっちか。そういえば、四年生のとき、算数の授業中に絵描いてたの、知ってる」


 こっそり描いてたつもりなのに、注目浴びちゃったやつね。


 私は声をあげて笑った。そんなこともあった。みんながすいちゃんの絵に注目して、本人は縮こまっていた。

 翠ちゃんはピンク色のランドセルをガサゴソすると、本を三冊取り出した。

 それはいつかの日のあのお裁縫魔女の本だった。


 こういうような、見てワクワクするような絵を描きたい。自分の小さなアトリエをもって、絵を描いて暮らすの。

 

 そういう彼女の目は輝いていた。

「私、ファンになる。たとえ翠ちゃんがハンドルネーム?で出したとしても、見つける」

 その日を想像すると胸が高鳴った。それだけで未来は虹のように輝いている気がした。


 そういえば、放課後の練習に付き合ってもらってありがとう。一回家に帰っているとは知らずに。


 私はフルフルと首をふった。

「私が翠ちゃんと練習したいから。いいの」

 私は普段、一時間目が始まる九時から、四時限目まで保健室で過ごしたら給食を食べて家に帰る。

 それから、放課後にまた学校に来る。

「それに、外に出たいの。長い時間家にいると、もう一生出られないんじゃないかって苦しくなるから」

 もう味わいたくない苦みを思い出し、あいまいに笑った。


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