期待 アヤside
あっという間に日は登り、本当にあっという間に、太陽は高く、高くに登っていき、そうやって昼休みになった。校舎が賑わいを取り戻す昼休み。誰かの高い声が聞こえる。誰かが笑っている。誰かの良く伸びる声が聞こえる。誰かの声が全てに反響する。
風が吹く。
周りの声を流しながら階段を黙々と登っていく。
風が吹く。
午前中は、昼休みのことで頭がいっぱいで何にも集中できなかった。昨日この道を歩いている時は、今日がこうなっているとは思っていなかった。
翠ちゃんが来てくれるとは限らない。手に持ったファイルに力が入る。来てくれることを望んでいるのに、いっそのこと、無かったことにならないかと思ってしまう。
図書室の前に立つと、昨日よりも扉がいくらか大きく見えた。そんなはずはないのに、自分の力では開けられないくらい大きいものに見えた。壁沿い立ついくつかの本棚もい自分よりも遥かに大きく圧倒的な存在に思えた。
一つ息を置くと、扉に手をかけ、できるだけ時間をかけながら開ける。いつもの図書室の匂いが私の方へと流れ込んできた。
なんてリラックスできる香りだろう。
もしかしたら、いい匂いではないのかもしれない。家で使っている洗剤の方が、道行く大人がつけている香水の方がいい匂いなのかもしれない。だけど、今の私を癒してくれるのは間違いなくこの匂いだった。
鼻で深呼吸をする。お腹が膨らみ、そして萎む。そうした後で、昨日りんちゃんママに見られて恥ずかしかったことを思い出す。
ハッとカウンターを見る。カウンターには図書委員の子が一人、座っていた。りんちゃんママは顔を出していないようだ。図書委員の子に軽く会釈する。その子は不思議そうな顔をしたがすぐに会釈を返してくれた。
図書室に入ったらまず深呼吸。やらずにはいられない。
どうせ見られるなら大人より、大人しい子どもの方がましだ。けれど、口達者な子どもに見られるくらいなら大人に見られた方がましだ。
子ども同士の会釈を終わらせると、談話スペースへと足を進ませる。本棚の間を縫って最短距離で行く。
一歩進めるごとに鼓動が高鳴ってくる。お仕事の本たちが並ぶ本棚を通り過ぎたとき、談話スペースの机が見えた。ドーナツ型の丸い椅子も段々と姿を現してくる。
翠ちゃんはいなかった。図書室常連の小学一年生の子が一人、恐竜の図鑑を読んでいるだけだった。
来てくれることを望んでいたけど、いないと分かると正直安心した。だけど、やっぱり少し、残念だった。
一年生の子から一番離れた所に座るとファイルからビニール製の袋を取り出した。“三十六色”と大きく書かれた文字が目に入る。その文字がなんだか寂しそうに見えた。
この中には三十六色の折り紙があるらしい。正しく言えば、あった。
今、袋の中に入っているのは二十五色くらいだろう。あとの十種類近くの色は全部使いきってしまった。使い切った折り紙の色はほとんどが寒色系だ。私が水色や青系ばかり使うから、袋の中には赤やピンクばかり残っている。
自分の好みではない赤やピンクの折り紙は使いきれない。だから、いろんな色が入った折り紙セットを買うことはほとんどなくなった。今は、水色しか入っていないものや、好きな模様ばかり入っているものしか買わない。
今日は、翠ちゃんがピンク系が好きだった場合に備えて、長らく机の中に眠っていた折り紙を持ってきたのだ。
袋から覗く赤い折り紙がギラギラと輝いている。この子は久しぶりに外に出られたことを喜んでいるようだった。
そんな赤い折り紙を恨ましく思いながら、ファイルからもう一つ折り紙の袋を取り出す。こちらはいつも持ち歩いている薄い水色しか入っていない折り紙セット。最近のお気に入り。昨日の夜もこれで暇つぶしをしていた。
今日の青空とよく似た水色。空に投げたらきっと溶け込んでいく、それほど今日の空とよく似た水色。
“あやちゃん、知ってる?青空っていうのに空は青じゃなくて水色なんだよ!”そう言って真夏の太陽ほどに眩しい笑顔を向けてくれたあの子を思い出す。
真っ直ぐに澄んだ水色。
その水色を四分の一に折り、手で破いていく。大きな音が出ないようにゆっくり破いていく。紙が破ける音がゆっくりと辺りに響いていく。
図書室は静かだ。廊下がどんなに賑わいで包まれようと、グラウンドのサッカー試合がどれだけ白熱しようと、図書室だけはいつも変わらず静かだ。
紙を破く音が静かに響いていく。一年生がこちらを見た。音がきになったのかもしれない。私は一年生の方を向くとごめんねと小さく呟き、顔の前で手を合わせる。その子はすぐに恐竜の図鑑へと戻っていった。
私も折り紙へと戻ろうとする。折るものは昨日と同じ。何度もやった手順を追って平行四辺形を完成させていく。
一年生が図鑑をペラペラとめくる、その音だけがひたすらに私の前に落ちていく。本の音は図書室をさらに図書室らしくしていく。
たくさんの音の中にあったら、きっとこの音は、他の音がそうなように、ただの雑音と化すだろう。だけど、静かな空間にあると、それが図書室だったら尚更、この音は世界に必要な音だったんだと思える。
同じ音でも状況次第で、受け入れられたり受け入れられなかったりする。
そう感じる私はわがままだろうか。
「ねえねえ」
図鑑を読んでいた一年生がこちらを向いて、身を乗り出してくる。小さな声でも分かるほど幼く、かわいい声だった。
何?そう答える前に何を言おうとしているのかが分かった。男の子の視線の先には一人の女の子が立っていた。
あまりにも自然に立っていた。まるで図書館に住まう妖精のように。少し下を向きながら。でも、うつむいてるとは思わなかった。彼女の黒く澄んだ瞳はちゃんと見えていたから。そこに自然にいたから。一度見つけてしまったら、気づかなかったことが不自然に思えるくらい、彼女はそこに存在していた。
「翠ちゃん、来てくれてありがとう」
私は少し頬を緩ませ、
「談話スペースに入ってきて」
と言った。そう言いながら手招きし、自分の席の隣をトントンと叩いてみせた。翠ちゃんは少し顔を上げると、若干急ぎ気味で私の元までやってきた。
来てくれることを望んでいた。だけど、いないと分かったとき少し安心した。それなのに、翠ちゃんが来てくれたと分かったとき、やっぱり嬉しかった。だって、来てくれることを望んでいたから。
昨日会った人の、突然の誘いなんて断わられて当然なのに。だけど、来てくれた。
「折り紙してたの」
翠ちゃんは隣の席に着くと、平行四辺形に折られた折り紙をジッと見てくる。私はファイルの中から、同じように平行四辺形に折られた折り紙を全部出した。昨日の夜、退屈しのぎに折っていたものだ。それがガサガサと音を立てながら机の上に転がる。
「同じ形の物を三十個折るの。あと、二十五個。三十個折ったらぜーんぶ組み合わせて、立体になるようにするの。今作っているのは、完成したら、金平糖みたいな形になるやつだよ」
自分で折った折り紙を触りながら説明する。翠ちゃんから反応らしい反応はなかった。少し寂しい気もしたが、
「一緒にやらない?」
と、語りかけてみる。それでも反応らしい反応はなかった。
翠ちゃんの前にさっき切った折り紙を一枚差し出す。
「僕もやりたい」
前の席に座っている男の子が、身を乗り出して、静かな声で言う。
「いいよ」
男の子の前に一枚紙を差し出そうとするが、距離が遠くて届かない。すると、男の子は恐竜の図鑑を閉じ、私の近くまでやって来た。
「翠ちゃん、この子は雄大くんね」
やはり翠ちゃんから反応はなかったが、聞こえていることは分かっていた。伝わっているなら、それでいい。
「翠ちゃんも気が向いたら一緒に折り紙やってみてね。じゃあ、まずは折り紙を半分に折ります」
私はそう言いながら、正方形の折り紙を半分に折っていく。雄大くんが、私の動きを真似ながら小さな手を動かしていく。
一年生から見た六年生は、子どもではなく大人だ。自分が一年生の時に見上げていた六年生は先生や親と変わらないほど大きく、確かな存在だった。間違いなくそう感じていたことを思い出す。
雄大くんには私と翠ちゃんがどう映っているんだろう。ついていくべき大人として映っているんだろうか。
折り紙を触る手はとても小さかった。
雄大くんは折り紙を半分に折ると、翠ちゃんの前に置かれた折り紙も手に取った。そして、その折り紙も半分に折るとまた、翠ちゃんの前に折り紙を戻した。
親切心でやっているその行動をほほえましく思いながら、内心、少し、ひやひやしていた。
雄大くんが、折り紙を折らない翠ちゃんのことを不満に思い、代わりに折られているのだと、翠ちゃんが勘違いしないか不安だったから。
だけど、やめなさいとも言えないので、そのまま続きを説明しながら折っていく。雄大くんは私の動作に倣い自分のを折った後、翠ちゃんのを折っていく。
小さな指を動かしながら慣れない手つきで二つも折ってくれるので、その分時間もかかる。
「折り紙は普段もするの?」
なんとなく尋ねてみる。図書室だから無言で過ごしても全然いいのだが、ほぼ初対面の二人に囲まれているのはやっぱり気まずかった。
それに男の子が自分から折り紙なんて珍しいと思った。そんなことジェンダー平等の世の中で絶対に言えないけど。
「やらないよ。でも、お兄ちゃんが折り紙買ってもらってた」
「意外だね」
「意外すぎて、恐竜の時代にタイムスリップしちゃうかと思った」
生え途中の前歯をのぞかせながらにっこりとこちらを見て笑う。
「それはどういう意味?」
私が首を傾げながら聞くと、
「ビックリしたってことだよ」
よく分からなかったけど深入りすることはせず笑った。多分、恐竜の時代にタイムスリップしちゃうのと同じくらいビックリしたという意味だろう。
絶対、恐竜の時代に飛ばされた方がびっくりするけどな。
だけど、雄大くんのお兄ちゃんが折り紙とは意外だ。運動神経抜群でマラソン大会では一位以外取っているのを見たことがない。休み時間はサッカーばかりしていて、いつも少し焼けている。
「次はどうするの?」
雄大くんが催促してくる。
「次はこの線に合わせて、折ります」
折り紙に刻まれた線を指しながら言う。雄大くんは頷くと、線に合わせて丁寧に折り始める。
「翠ちゃんは、あの本好きなの?」
昨日の質問をもう一回してみる。
「私ね、そのシリーズ好きで、読んでたの。面白いよ」
児童書である。その本は小学生の女の子ナナが、一軒の家を見つけるところから始まる。そこには、お裁縫魔女と呼ばれる魔女がいて、召使いの猫がいる。
魔女と言えば鋭い響きな気がするが、この本に出てくる魔女は無愛想なことはあれど、優しい魔女だ。無愛想なことはあれど、誰よりも依頼人に寄り添って服をリメイクしていく温かい魔女だ。
「私も人間の女の子のままでいいから、魔女と猫がいる家に帰れたらな」
暖かい空気が迎えてくれる家。魔女と猫が迎えてくれる家。お菓子とお茶。お直しのお仕事。
「一回くらい本当に現れないかな。学校に小さな森があるじゃない?その森に入ったら、小さいどころか出口が見えないほどの、広大な森が広がっていて、バラが咲き誇る一軒屋を見つけるの。子ども時代に一回ぐらいあってもいい経験でしょ?」
自分が発している言葉をただの音として聞きながら、その音に心を躍らせながら、しかし一方では、何を言っているんだろうと思った。
慌てて翠ちゃんに向かい、曖昧に微笑んだ。変な子だと思われては困る。
しかし、翠ちゃんは机の一点を見つめ続けていた。なにも思っていないのかもしれない。
友達ってどうやってつくるんだっけ。友達なんて最後につくったのは三年生のときだ。それも、自分から話しかけたわけではなくて、向こうからたくさん話しかけてくれた。
二クラスしかないのだから、クラス替えをしたとしても、誰かしら仲がいい子とは一緒になれる。
六年生にもなればみんな顔見知りだけど、すでに完成している輪の中にしかいないので、わざわざ新しく友達をつくる人もいない。
だから友達をつくるというのは、久しぶりで、どうしたらいいのか分からない。
せっかく来てくれたのに、翠ちゃんの昼休みを奪っているだけのような気がする。時間がいたずらに過ぎていくのを感じるのに、同時に時間が止まっているようにも感じる。雄大くんだけが流れていく時間の波に上手く乗れている気がした。
「ごめんね。今日は呼び出すみたいな真似して」
私は折り紙の続きを雄大くんに見せながら謝る。
昔から人と接するのがうまくない方だと思う。
昔があるほど生きていないかもだけど。
それなのに、周りからは、いつもニコニコ笑っててかわいいとか、感じがいいとか、話し上手とか、聞き上手とか褒められることが多い。
いいことだ。
人見知りを指摘されたことはないし、きっとそういう風に感じさせたことすらないんじゃないか。そんな自信もあった。
だけど実際、の私は人見知りで、人と話すときはいつも緊張していて、落ち着くことがない。手の平はいつも冷たいし、正直頭の中は真っ白に近い。
それを知っているのは自分だけ。
先生も友達も私のことは人付き合いがそれなりに上手で、特に何にも苦労していない子だと思っている。
頭だってそれなりに良くて、手のかからない子だと思っている。
それ以前に先生は私のことなど考えたことすらなかったのではないか。クラスの中で目立つこともなければ、好かれることもない。だからといって嫌われることもない。
正常ライン、そのど真ん中を行進していく普通の子。
今思えばそれはとても居心地のいいものだったのかもしれない。光でも影でもない温室でぬくぬく息をできるのは、とても楽なことだったのかもしれない。
自分の苦労は自分の中に納め、普通の子でいられるのは意外と楽だったのかもしれない。だけどそれは、温さで呼吸が狂うほど苦しかった。
「ねえね、ここどうやるの」
雄大くんの声が頭の中に流れ込んでくる。雄大くんが四苦八苦していたのは最後の工程、折り紙を差し込むところあった。雄大くんの持っている折り紙はその部分だけよれていて試行錯誤した跡がうかがえる。
「ぼーっとしてた。ごめんね。この三角をこのポッケトに突っ込むんだよ」
雄大くんの手の上に自分の手を重ねるようにして、一緒にしてあげる。
「翠ちゃんのもやる」
私も一緒にやろうと手を伸ばしかけたが、
「僕一人でやってみるよ」
と、断られてしまった。
特にすることもないので、立ち上がって窓から外を眺める。初めて図書室に来たときアから、談話スペースから見える外の風景が好きだった。
本を読まずに、この景色だけを見に来ることもあるぐらいに。
何の変哲もないただの町の風景だけれど、左右に伸びる校舎も、グラウンドも、学校の前を流れる川も、河川にある花壇も、ギザギザの山も、登下校の道も、全部見ることができたから。
だから好きだった。好きなはずだった。
背中に視線を感じる。昨日今日と私が二回見逃した眼差し。
今回はちゃんと感じることができたみたいだ。
グラウンドに男の子がたくさんいるのが見える。グラウンドを広々と使いサッカーをしているのは六年生の男子だ。無駄に広いグラウンドのほとんどが六年生の独占状態とまっている。
下級生の子たちが、端の方で駆け回っているのが見える。
「雄大くんは外で遊ばないの?」
聞いた後ですぐに後悔する。我ながら性悪な質問だったと気づく。雄大くんが外で遊ぶことが好きか嫌いかは知らないが、一年生が図書室に一人でいるということは、外で遊びたくても、一緒に遊びに行く友達がいないのかもしれない。
そんな考えが回ってしまう自分にも何だか嫌気がさす。
「外で遊ぶの好きだよ。でもサッカーとかは嫌い。虫を見たい」
私の後悔をよそに、はきはきとした口調で答えてくる。そのことに少しびっくりして、
「一人で行くの?」
と、聞く。
「一人で行くよ」
と、雄大くんが応える。
「平気なの?」
さっきよりもびっくりして、思わずワントーン上げて聞く。
「平気だよ。あんまり遠くに行くとママに怒られるけど」
私はそこでああ、と思う。
「外に一人で行くのは私も平気だよ」
そして、
「そうじゃなくて、グラウンドに一人で行くのって話」
と、付け加える。すると、雄大くんは、
「グラウンドにも一人で行くよ」
と、応える。私はまた、
「平気なの?」
と、聞いた。
「平気だよ。グラウンドの方が車もいないし、信号もないし、道路もないし。虫もいないけど。グラウンドの方が一人でも平気だよ」
そうか、そういうものなのか、と妙に納得する。思わず、翠ちゃんの方を向くが、翠ちゃんは雄大くんの手元を見ていて、目が合うことはなかった。
「ねえね、ここどうやるの」
雄大くんが折り紙をひらひらさせながら聞く。先ほどと同じところでつまずいていた。
私も小さい時、折り紙を最後に折り込むその工程が苦手だった。でもいつからかできるようになっていた。いつからできるようになったんだろう。
私も小さい時、雄大くんみたいに一人でグラウンドに行くことができた。一人で学校を歩き回ることができた。
お母さんがいなくて不安だったあの時の私は、学校という場を、一人で歩き回ることができた。
お母さんが近くにいなくても平気な今の私は、学校という場を、一人で歩き回ることができなかった。
「難しいよね。私も小さい時はできなくて、折り紙の本とにらめっこしていたよ。貸して、やってあげる」
雄大くんにそう言い、雄大くんの小さな手から折り紙を取ろうとする。そのとき、自分の手に、誰かの手が重なった。一瞬、三人の手が重なり合う形になった。思わず、手の力を緩める。
折り紙を取ったのは、一番上に重なっていた翠ちゃんの手だった。翠ちゃんは自分の所へ折り紙を引き寄せると、折り始めた。
とても慣れた手つきだった。迷うことなく、紙切れを導いていく。
「おお、すごいね」
雄大くんが歓声を上げる。翠ちゃんはその声の方へ、ゆっくりと完成した折り紙を差し出した。
「やったことあるの?」
雄大くんが翠ちゃんに聞く。その問いかけに返事が返ってくることは、やっぱりなかったけれど、空気が一瞬揺れた気がした。
それを感じ取ったのは隣の小さな男の子も同じようだった。
「やったことあるんだね」
雄大くんが翠ちゃんにむかって微笑む。
「僕、もう一個作る。たくさん作るんだよね?」
「あと、二十二」
「うげっ」
変な声を出す雄大君を傍目に、新しい折り紙を四分の一サイズに切っていく。
雄大くんはその小さな手をぶきっちょに動かしながら、折り紙を折り始めていく。
明日もやらない?そんな簡単な一言が出てこなかった。清掃開始を合図する放送が校内に鳴り響き、雑巾を持った子どもたちが図書室に入ってきても、その言葉は喉に引っ掛かったまま出てこなかった。
ベッドに横たわり溜息をつく。机の上には、明後日までに終わらせなきゃいけない漢字ドリルと、昼休みに折った折り紙が転がっていた。あれから、雄大くんが三個、私が七個折り、残りはあと十三個になった。
別に誰かとつくる必要などない。正直一人でやった方がはかどるし、全部のパーツがそろった時、組み立てやすい。
だけどそれは、折り紙をやるために今日、人を誘ったならの話だ。私は折り紙をやるために翠ちゃんを誘ったのではない。
子供じみたことを言えば、仲良くなりたかっただけだ。折り紙はその手段にすぎないはずだった。だけど、その手段をうまく用いる事すらできなかったと思う。昨日、思いがけず勇気を出してしまったせいで、悩みの種が増えている気がする。
「ちょっと待って」
自分にしか聞こえないぐらいの声で呟く。今日、確かにうまくいかなかったかもしれない。自分的にはうまくいかなかった。(うまくいったことがあるとすれば雄大くんと少し仲良くなれたことぐらいだ)そして、次の約束もしなかった。ということは、これにて翠ちゃんとの縁は終了かもしれない。
「いやでも、後味悪くない?」
さっきより少し大きな声で呟く。
「それに自己中過ぎない?」
勝手に誘って、振り回した挙句、こちらからさようなら?
はあ~っと溜息をつく。
身体が一段とベッドに沈み込んだ気がした。
仲良くなりたいと思いつつ、関わることが怖いのだ。自分があまりにも不安定だから。
たった数度し関わったことのない相手の気持ちさえも気にしてしまうのは、自分がよく思われたいから。
相手の気持ちを想像してしまうのは、一番最悪の気持ちを想像しておくことで、本当にそうだったとき、自分へのダメージが軽くて済むから。
全部自分のためだったと知ったとき、どれだけ絶望しただろう。まだ知らない人は、それを知るとき、どれだけ絶望するのだろう。
このままベッドに沈み込んでしまえばいいのに。




