偉大なる勇者の物語の前には一つの物語がある。そう言って、老婆は語り始めた。
私が知る最も愚かな男の話をしようか。
その男はそれなり以上に強くて、それなり以上に頭が切れた。
そして、その男は自身の器以上の願いを持っていた。
「誰もが幸せになれる平和な世界を創る」
馬鹿げた願いだ。
だけど、タチの悪いことに、この男は人より優れていた。
それなりに。
だからこそ、ある程度は成功していたのさ。
ある程度は。
「対話をすれば分かりあえる」
馬鹿みたいにそう宣っていたさ。
対話など、何の意味もない。
話し合いなんての詰まるところ、強者が弱者を自分の思い通りにするものだ。
それを理解しちゃいなかったのさ。
「何故、こうなった?」
牢屋の中で男は愚かに嘆いていたよ。
あっさりと騙された現実を受け入れきれずにな。
自分の何が間違っていたのか、最後の最後まで分からなかったんだ。
馬鹿な奴だ。
なに?
その男はどうなったかって?
言うまでもないだろう。
あっさりと殺されたよ。
奇跡なんてのは起こるはずもないし、心変わりなんてするはずもない。
実に愉快な死に様だったさ。
少なくとも、私にはそう見えたね。
ほら。
これで愚かな男の話はおしまいだ。
何?
救いはないのかって?
あるはずないだろう。
これは愚かな男の末路の話だ。
あぁ、だがそんな顔はしないでおくれ。
次は偉大な勇者の話をしてやろう。
こちらは今の男の物語と違い、一つの幸福な結末を迎えるから。
なに?
始めからそっちの物語を聞きたかったって?
確かに気持ちは分かるさ。
馬鹿で愚かな男の物語なんて、ただ後味が悪いだけだ。
後味の悪い物語なんて何の意味もない。
しかしだね。
この勇者の物語は愚かな男と出会う事から始まるんだ。
さて、それでは勇者の話を始めようか。
彼女は幼い頃から聡明であったが、悪戯好きな少女だった。
そんな彼女はある時、一つの罪を犯す。
それはつい魔が差して、市場のリンゴを盗んでしまったんだ。
盗んだがはいいが、彼女は罪悪感からリンゴを食べることも出来ず、その果実を見つめるばかりだった。
そんな勇者の前に一人の愚かな男が現れて言った。
「見ていたよ。一緒に謝りに行こう」
さぁ、この物語は幼い勇者が自分の小さな罪を認めるところから始まるんだ。
よくよく聞いてくれたまえ……。




