焔と黒と白詰草と
初出 : 2016/1/19 pixiv
物吉side
ボクはあとどれだけ、あの城と共に彼が燃えて逝くのを見ればよいのだろう…
彼を初めて見たのはどれほど昔だったか…。もしかしたら、ボクが初めてと思っているだけで本当は違うのかもしれない。ボクも彼も出自自体はもっと遡れる…もっともそうしたところでボクがはっきりとボクになったのは、家康公に大切にしていただき、物吉と、呼ばれるようになってからなのであまり意味はないけれど。
その朧な記憶の中で、あの、大坂の城の中、彼は輝いていた。
名の由来である特徴ある切っ先も、それを映したように緩く弧を描いた彼の髪もボクの目にはとても眩しく見えた。
それは、あるいは銘を持ち、戦場で振るわれたと云うことも関わっていたかもしれない。
一言で言えば、ボク、物吉貞宗は、彼…鯰尾藤四郎に憧れを抱いていた。
憧れていたからといって、ボクが彼のようになることができないのは百も承知だった。ボクは銘もないし、刀身も短い。一介の臣の懐刀が、城の主の佩刀に敵うはずがなかった。
そう、そのはずが…家康公が将軍となられて全て変わってしまった。
将軍は、武家の中の第一位…主と仰ぐのはただお一人、天皇のみ。
秀頼殿の臣ではもはや有り得なくなってしまった。
だから…あの戦は、必然で避けることはできなかった。それは、このボクも断言してもいいくらいで。ただひとつ受け入れられなかったのは…
あの城が、彼と共に燃えた
戦の後、焼け跡から回収された数多の刀の中に、彼はいた。
その刀身は輝きを失って、彼の存在すら感じられなくなっていた。
家康公は、彼らの再刃を命じられ、彼らは蘇ったように思えた。しかし…
「俺、記憶が一部無いんだよね」
そう言った彼は、だから君のこともわからない、そう苦く笑った。
あれから、また長い時が過ぎた。
家康公が亡くなってから、ボクらはずっと一緒だった。
その間に、彼の兄弟が献上されてきたり、またあの時彼と同じく再刃された彼の長兄が献上されていったりした。
そういえば、一期さんの方は、覚えていたのか結局聞くことはなかった気がする。
ボク自身も、短刀として扱われていたのが、脇差と改められた。長さで分けるとどうもそうなるらしいけれど、ボクとしては特に…いや、彼と同じになったと言うのはそれなりに嬉しかった。
そして…ボクらは人のカタチを得て、戦い、日々を過ごすようになった。
ボクが喚ばれたその場に、鯰尾君もいたのだけれど…
「物吉、久しぶり。半年ぶりかな?」
その言葉に、ボクは耳を疑った。ボク自身は、つい先刻まで鯰尾君と居たのだから。話を聞けば、鯰尾君がこちらに来たのは約半年前で、その間ボクと一緒にいた鯰尾君も鯰尾君には違いないけれど、違う…らしい。
「つまり、こうしてる間にも、向こうには鯰尾君もボクもいるってことですか?」
まあ、そうなるらしいよ。そう、曖昧に告げる彼に、苦笑いを返すしかなかった。
まさか、また、彼のボクとの記憶が失われるなんて思いもしなかった…。
今、またボクはあの城が燃えているのを眺めている。
この時代での敵の目的は家康公の暗殺。それは、ボクとしては確実に阻止しなくてはいけない。けれど。
今まさにこの時代の彼とその記憶は燃えて逝っている。
隣に立つ、彼の兄をちらりと見上げ、踵を返す。
どれほど言葉を重ねようと、この光景を生み出したのは家康公であるから彼に声を掛けるのははばかられる。
それでも、ボクもこれを見て不安にならないわけではないんだ。だから、帰って、鯰尾君に会えたら、また聞こう。
ボクのことわかりますか、と。