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第二十九話「幻影」

 気づけば、ジャックは暗闇の中にいた。


「ここは……?」


 辺りは異様なほどの静寂に包まれている。

 ここは一体どこなのだろうか。

 とその時、背後から誰かの声がした。


「君も散々な目に遭っているな」


 その声に振り返り、ジャックは息を呑んだ。

 なんとそこにいたのは、もう一人のジャックだったのだ。


「……どういうことだ。なぜ僕が二人もいる!?」

「僕は君の幻影さ」

「幻影?」

「そう、つまり君が僕を作り出したってわけだ」

「なるほど。こりゃ面白い」


 ジャックは口元に薄く笑みを浮かべていた。

 幻影とはいえ、もう一人の自分と対面しているのだ。

 こんなの滅多にない機会である。

 すると、幻影が話を進める。


「それで、君はこれからどうするつもりなんだい?」

「さぁ、自分でもよく分からない。物事が怒涛のように進みすぎて、正直ついていけてない。しかも、父上が母上を殺したとか。……なあ、僕はどうすればいいんだ?」

「そうだな……。僕だったら、あのレオンとかいう男の頼みを引き受けて、父上を殺すかな」

「……よく平気で言えたな。実の父親を殺すだなんて、僕には無理な話だ」

「そんなの綺麗事だ」

「なに?」

「父上を殺せばどうなる? まずは母上の仇を取れるな。それだけじゃない。ようやく追われる身から解放され、『ジャック・グレース』の名を取り戻せる。積年の恨みを晴らすことだってできる。もはや殺す以外の選択肢なんてないと思うがな」

「でも、だからといって……」

「それに、シエラさんとフランクさんも君と同じく追われる身なんだ。父上を殺すことは、二人を救うことにもなるんだぞ?」


 その言葉に、ジャックは何も返すことができなかった。

 たしかに幻影の言う通りだ。

 追われる身なのはジャックだけじゃない。

 あの二人だって、いつ追っ手に捕まるか分からないのだ。


「まぁ、どのみち君は父上を殺すことを選んでいたさ」

「なぜそんなことが分かる?」

「さっきも言ったろ? 君が僕を作り出したのだと。つまり、僕の言っていることは、君が心の内に秘めている想いでもあるんだ」

「僕が心の内に秘めている想い?」

「そう、その想いは君が誰よりも分かっているはずだ」

「僕の想い……」


 ジャックは目を瞑り、自分の胸に手を当てた。

 そして、心に問いかける。


(僕は何をしたい? 何を望んでいる?)


 見えてきたのは、魔術学院の仲間たちとともに笑っている自分の姿。

 実に平和で、幸せそうだ。

 だが、ジャックは自分でも分かっていた。

 今のままでは、この光景を手に入れることはできない。

 ”今”を変えなければならないのだ。

 ジャックはゆっくりと目を開けた。


「答えが出たようだな」

「ああ」


 ジャックの表情は、決意に満ちていた。

 これに幻影は満足そうに頷いた。


「何はともあれ、君がまずやるべきことは父上との接触を図ることだ。そこで、なぜ母上を殺したのか聞き出すんだ。それを聞かない限り、君の心にはいつまでも蟠りが残ることになる」

「ああ、分かってる」

「全てに終止符を打てるのは君だけだ。頼んだぞ」


 幻影はそう言うと、スゥーッと暗闇の中に消えていった。




 ジャックはハッと目を覚ました。

 そこはベッドの上だった。


(そうか、僕は気を失っていたのか……)


 ジャックは怪我を負った顔をすりすりと擦った。

 すると、腫れが治まっており、痛みも少し和らいでいた。


(治癒魔術……?)


 どうやら誰かが手当してくれたようだ。

 そういえば、先程から大きないびきが聞こえてくる。

 その方を見てみると、ミシェルが床に大の字になって爆睡していた。

 ハンナとアテコは床に座り込んで寝ていた。


(みんなに面倒をかけちゃったな……。後で謝らないと、……ん?)


 ふと気づくと、シエラが視界に入った。

 彼女はジャックのそばで、ベッドに顔を伏せるようにして静かに寝ていた。

 ずっと看病してくれていたのだろうか。

 窓の外を見ると、夜が明けていた。

 ジャックはベッドから起き上がった。


(さて、行かないとな)


 そして、黒いローブを纏い、杖を持った。

 ジャックの目は、人殺しそのものだった。

 彼の中では既に戦いが始まっていたのである。

 ジャックは扉に手をかけ、部屋から出ようとした。

 とその時、


「ちょっと、どこへ行くつもりなの?」


 と、後ろから腕を掴まれた。

 振り返ると、それはシエラだった。

 彼女は心配そうな顔でジャックを見つめている。


「シ、シエラさん……」

「ダメじゃない、安静にしていないと」

「もう大丈夫ですよ。シエラさんが僕に治癒魔術を施してくれたのですか?」

「ええ、そうだけど……」

「ありがとうございます。おかげさまで、力を出し切ることができそうです」

「……ジャック、あなた何をするつもりなの?」

「僕はある人との決着をつけに行きます」

「ある人との決着?」


 シエラは何が何だか分からないという顔をして首を傾げた。


「今日中に全てを終わらせてみせます。僕が『ジャック・グレース』として返り咲くのを、待っていてください」


 ジャックはそう言うと、扉を開け、全力で走り去った。


「ちょっと、ジャック!」


 シエラの呼びかけに、ジャックは振り向きもしなかった。

 目指すはサム・グレースの首、ただ一つ。

 ジャックは宮廷へと急いだ。

お読みいただきありがとうございます!


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