あなたは死刑反対を訴えていましたが、家族を殺されました。被告人にどのような刑罰をお望みですか?
こちらは架空の世界のお話です。
現実世界の常識とは多少異なっております。
「死刑反対! 死刑反対! 死刑反対!」
たくさんの群衆が裁判所の周りで高らかに声をあげていた。
西暦2079年。
身勝手で残忍な犯行が増えすぎた日本は、法整備を見直し、犯罪者にはより重い刑罰を科すようになった。
初犯でも最低5年から10年。
執行猶予はよほどの限りつくことがなく、警察に捕まればほぼ100%刑務所行きだった。
それにともなって負担となるのが刑務所の収容人数だ。
多くの受刑者が流れてくる刑務所は常に犯罪者であふれ、もはや収容しきれなくなっていた。
そのため、冤罪の疑いがなく、特に殺人事件のような重い犯罪を犯した者には8割がた死刑が宣告されるようになった。
こうした中、若い世代を中心に声を上げ始めたのが「死刑反対派」の者たちである。
彼らは自分たちの身内や友人、恋人を助けるため、グループを作り「死刑反対」を訴えていた。
もちろん、罪は罪として罰を受けなくてはならないことは理解している。
しかし、死の刑罰は重すぎるのではないかというのが彼らの言い分だった。
群衆をかき分けて、一人の男がスピーカーを持って前に出た。
「我々は死刑制度に断固反対する! 犯罪者にも人権はある! 国が人を殺すことを認めてはならない!」
そうだそうだ、と周りのデモ隊が叫ぶ。
「国はいますぐ死刑などという野蛮な行為をやめよ!」
「死刑反対!」
「死刑反対!」
男はこの死刑反対派のリーダーだった。
まだ30代前半のこの男は、かつて弁護士だった。
多くの犯罪者を弁護し、それなりに優秀な人物だった。
しかし数年前に扱った殺人事件で、彼の弁護は一笑に付され、依頼した犯罪者は死刑となった。
それ以降、彼は憑りつかれたように「死刑反対」を訴えた。
SNSを利用し、メディアにも出演し、ありとあらゆる媒体を駆使して「死刑」について語った。
もと弁護士だけあって、彼の言い分は妙に説得力があり、加えて甘いマスクをした彼に民衆は虜になった。
「いまこそ死刑をなくそう!」
彼の言葉は波となって民衆を包み込んだ。
そして彼をリーダーとする死刑反対派の団体が出来上がったのだった。
今では死刑制度に賛成する者は50%以下というデータまで出ている。
「我々は一歩も退かない! 死刑制度がなくなるまで、何度も訴えてやる!」
男の瞳は熱く燃えていた。
そんなある日のこと。
男の元に数人の警察官がやってきた。
彼の愛する妻と、その娘が何者かに殺されたというのだ。
男が死刑反対のデモ行進をしている間、買い物に出ていた妻と娘が通り魔にあい、ナイフでめった刺しにされたという。
遺体安置所で妻と娘の亡骸をみた男は、その場で泣き崩れ気を失った。
二人を殺した犯人はすぐに捕まった。
40歳の男だった。
賭博で借金を重ね、仕事もクビになり、やけになって誰かを殺そうと思ったという身勝手な犯行動機だった。
裁判で、男は初めて被告人と相対した。
被告人は終始あくびをしながら反省のはの字もない様子だった。
検察が犯行内容を読み上げている間、男は目の前であくびを繰り返す被告人に強い憤りを感じていた。
(人の家族を奪っておいて、なんだその態度は……!)
ふつふつと湧き上がる怒りに、我を忘れそうになる。
しかし、ふいに建物の外からデモ隊の声が聞こえてきた。
「死刑反対! 死刑反対! 死刑反対!」
本来ならば聞こえてくるはずのないデモ隊の声。
被告人が死刑反対派のリーダーの家族を殺した者だからか、いつもよりデモ隊の人数が多いようだった。
男は内心、煩わしさを感じていた。
一通り事件内容を聞き終えた裁判長は、男に向かって問いかけた。
「ご遺族の方にお尋ねします。被告人にどのような刑罰をお望みですか?」
無論、それがイコールとなるわけではない。
けれども男は思わず「死刑を」と言いそうになって口をつぐんだ。
ここで死刑を求刑すれば、今まで自分たちがやってきたことが無駄になってしまう。
なんのために自分たちが死刑廃止を訴えてきたのか。
人の命を軽んじる社会にはしたくなかったからだ。
そして今は多くの同志がいる。
彼らを裏切るわけにはいかない。
「……裁判官の裁定に任せます」
男は精一杯絞り出した声でそう答えた。
しかしその瞬間、被告人もその弁護士も口元に笑みを浮かべたのを男は見逃さなかった。
「判決。無期懲役」
被告人に対する判決が出た。
男はヘナヘナとその場で崩れ落ちた。
最悪と思っていたことが現実となってしまった。
妻と子を殺した犯人は無期懲役。
死刑ではなく、無期懲役。
従来通りであれば、犯人は死刑を宣告されるはずであった。
しかし、被害者が死刑反対派のリーダーの身内だったこともあり、弁護士がうまくそこをつついて死刑が回避されたのだ。
男は悟った。
すべては自分のせいだと。
そしてこうも思った。
どんな判決が下ろうとも、この犯罪者を許すわけにはいかないと。
男は懐に手を忍ばせた。
中にはX線検査でも引っかからない、特別製の折り畳み式セラミックナイフがしまわれていた。
男はナイフを取り出すと、ゆっくりと判決を受けたばかりの被告人に顔を向けた。
法廷内は判決が終わったことで気が緩んでいる。
その隙をついて、男は一気に被告人の元に駆け寄った。
「あ!」
と誰かの声があがる前に、男のナイフは被告人の胸に突き刺さっていた。
まさに一瞬の出来事だった。
被告人は雄たけびを上げて倒れ込んだ。
男はすぐさまガードマンに取り押さえられた。
「この男だけは許さん! 死刑にできないのであれば、オレが罰を下すしかない!」
法廷が一気に大騒ぎになった。
そこかしこで「救急車! 救急車!」という声と「警察! 警察!」という声が飛び交った。
そんな中、男は取り押さえられながら「罰を下すのはオレだー!」と叫んでいた。
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「被告人、何か言いたいことはありますか?」
「……いいえ」
その後、捕まった男は法廷殺人の罪で裁判にかけられていた。
結局、裁判にかけられていた被告人は死亡した。
突き刺したナイフは肺に到達していたという。
被告人にとっては苦しい死に方だった。
相手が犯罪者だったとはいえ、殺人は第一級の犯罪である。
どのような判定が下されてもおかしくはなかった。
男は静かに判定を待った。
法廷の外からは「死刑反対!」の声が辛うじて聞こえてくる。
男が捕まったあとも、死刑反対派の活動は続いていた。
「死刑反対! 死刑反対! 死刑反対!」
死刑反対の大合唱を聞きながら、男は思った。
こんな活動をしなければ、犯人は有無を言わさず死刑になったかもしれない。
自分の言葉を聞いて安心したりはしなかったかもしれない。
自分がこんな活動をしなければ……。
「死刑反対!」コールを聞きながら、男は心の中で舌打ちをしたのだった。
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