数不知と3000年
300年ほど前から国語が消えた。古文漢文現代文、英語、ドイツ語、フランス語、中国語。技術革新の波に飲み込まれたが為に言語学の全ては機械に淘汰され、脳に埋め込まれた機械が口を動かし、完全に統一された[公用語]を発する。それはプログラミング言語に似た、情報のみを表現した言葉だ。しかし貨幣だけは国ごとに存在しドル、円、ユーロ、元………仮想通貨での取引が一般的とはいえ、この貨幣の為替相場により国力を測っており、専門家が言うには「この世の全てが一元化されても人間の営みがある以上、貨幣だけは存在は消えない」らしい。僕もそう思う。お金が消えるなんてことは、人類が滅びでもしない限り不可能だろう。
つまらない物理の授業を受けながら、僕は目の前に浮いている映像を視線でフリックする。
今から30年前、人類で初めての超越者が誕生したことにより、生体工学が急速に発達し人間のサイボーグ化技術が完成。遥か昔に存在していたというスマートフォンやパーソナルコンピューター、テレビは日常から姿を消し、今や全ての人間の頭にインターネットが組み込まれたハンドフリーな時代となった。……歴史の授業で習ったのはそんな感じだ。旧時代の遺物である歴史……歴史だけではない。文系科目と呼ばれる全てはその存在意義を疑われている。文系のお偉いさんが言うには「機械が壊れた時にも咄嗟に知識を引き出せる頭脳を鍛える為だ。」ということらしいが、電波が通っていない場所が存在しないこの時代にデータベースにアクセスできない事態などない。ましてや身体内の機械に不備が生じて支障をきたすようになると、体に埋め込まれた装置によって人間は仮死状態に移行するように設定されており、判断するもくそもなく活動ができないのだ。…………文系のお偉いさんが教科書やその他の利権を独り占めしてお金儲けをする為の手段でしか、文系科目に対する意味はもうないのだ。…………この時代の[暗記]という言葉には昔ほどの効力がない。
「おーーい岩村さん、ちゃんと授業聞いてました?」
「…………聞いてませんでしたー」
「…………美術一本で行くって考えは分かりますが、物理と科学と数学はとても大切なんですからね。怠けないでください」
「分かってます…………授業もちゃんと分かってるんで、大丈夫です。僕のことは無視して下さい」
「…………………」
先生は僕から視線を外し授業に戻った。僕は先生の元に送っている身体を消すと、自室の天井を見上げた。
学校という制度は昔と変わらず存在するが校舎はなくなった。わざわざそんなところに登校する必要がないからだ。指定された教育データを買い、自宅で教師の話を聞く。発表や実演、実験の時は専用の機械に入ることで指定された場所に、感覚がリンクした自身の分身を作り出す。こうすることで家にいるのに遠く離れた場所にあるものを触ることができ、まるでその場にいるように何かをすることができる。これはワープ技術を応用した方法で、もちろんワープで指定された場所に行くこともできる。できるにはできるが倫理に反するということで積極的には利用されていない。その場で自分の体を原子レベルで分解し、指定した場所の原子を使って体を構築するのだ。「それは本当に自分なのか?」という疑問が何年間もなされている。…………まぁ、超越者はバンバン使っているから、ただ頭でっかちになっているだけなんだろうけどさ。自分だと認識できるのならばそれは自分なのだ。
いまでこそ身近だが、こんなワープだったり分身だったり、さらにもっと多く発明された魔法のような超科学が実用可能になったのは今から30年前。それまでは理論は確立されていたのに現在の技術力の低さが………というか技術力うんぬんではなく、何をどう頑張っても人類では計画的に安定して再現することは不可能だと目されていたのだ。人智の限界。絵に描いた餅。逆立ちしたって無理なものは無理。全ては机上の空論で終わり、人類の進化はここで立ち止まる、と思われていた。しかし30年前、超越者の出現により事態は一変。彼らが素粒子を操り一からよくわからない物質を作りだすことで絵に描いた餅を本当の餅にしてしまった…………正直な話をすると、超越者以外の科学者含めた一般人は、このワープだったり分身技術を生み出す機械がなぜ正常に作動しているのかよく分からないのだ。なぜか分からないけれど作動して、なぜか分からないけれど安定している超科学。そんな、超越者が生み出した人間の手では実現不可能な超技術は、magicと接頭語のexを合わせた[イクスマジック]と名付けられた。
「…………で、なんの話だっけ?」
「私の話聞いてないじゃない」
ミュートを解除し、さっきまで連絡を取っていた幼馴染と会話を開始する。
「キューちゃんそういうとこあるよ。ちゃんと人の話聞いた方がいいよ」
「さっき先生にそう言われたよ。いいじゃん別に、くだらないことなんか聞かなきゃいいんだ。時間の無駄」
僕の名前は岩村数不知。凄まじい名前である。自己紹介の時にはよく数不知を「かずひらっす。」と聞き間違えられ、「かずひらっすか?」と返される。違います、数不知です。この名前だから理系科目全般が苦手そうに感じるが、僕はそう思われるのがトラウマで、メチャクチャ勉強したおかげで得意分野となっている。人を名前で判断するな、安易だぞその発想は。…………ちなみに僕のことをキューちゃんと呼ぶのは彼女だけだ。なぜキューちゃんと呼ぶのか理由を一切教えてくれないが、10年以上もそう言われているのだ、納得はいってないが違和感は一切ない。納得はいってないが。
「だから友達できないんだよ、私と違って」
「そんなの、昔に存在したっていうシャーペンとなんらかわりないよ。芯がなきゃ使えないただの邪魔もの。中身空っぽの奴らを持っとく気にはなれないんだよね」
「中身がねじ曲がってるよりはいいと思うけどね。なければ詰め込んであげればいいだけだし」
「僕はそんは労力をかけたくないんだ他人なんかの為に。それは自分でやることだろう?僕がわざわざ人生を使ってまでしてあげることではない」
「…………性格悪いよね、本当」
「それが僕の良いところだ」
通話が途切れて無言が続く。僕達の会話はいつもこんな感じだ。互いに言いたいことを言って、途切れたとしても気を使わずに無言の時間を楽しむ。10年以上も会話してきたのだ、会話も無言もコミュニケーション。これが僕らの日常だ。
僕は右脚を掴んで捻り外すと机の上に置き背伸びをする。この義足も超越者が作り出したものだ。一応機械だということだが、この義体は細胞のようなもので作られており、触った感じだと殆ど生体と大差ない。身体能力を超越したこの技術は急速に発展し、現代人の義体化率は99%だと言われている。みんな当たり前のように低い能力値しか出せない身体部位を切り捨て、機械に変えて生活しているのだ。変な話である。まぁ、僕もこの足に変えてから人並みの速度で走れるようになったのだ、文句は言えまい。機械化が進んだ現代で走る機会などないから無用でしかないのだけれど。
「私がさっきまでしてたのはさ、最近でてきてる変な話だよ」
「君が学校辞めたって話?」
「いやーー旅っていいよね。最近1000キロメートル離れた海に行ってきたんだけどとっても綺麗だった。ここと変わらない海のはずなのに、日常から離れた場所になると綺麗に見えるよね。学校辞めて旅しまくってると価値観変わるわはっはっはっ…………違う。私学校辞めてない」
「そうなの?ノリツッコミにしてはやけに具体的だったけど」
「確かにバイトが最近忙しくて学校は休み気味だけれど、ちゃんと公休にしてもらってるもん。私は退学するような不良学生ではないよ」
「ロクな人間ではないと思うけどね」
「人類皆そうでしょ。……アンドロイドだよアンドロイド。自我を持ったアンドロイドが暴れ回っているって話」
「ふーーん…………SFチックで嘘くさいな」
「この時代に生きてる人間がそんなこと言っちゃいけないよ。私達が生きているのはSFと御伽噺がごちゃ混ぜになった世界なんだから」
魔法みたいな科学を日常的に使っていて、全てを理解した魔法使いみたいな人間がいるんだから、まぁ、言いたいことはわかる。
「再現不可能とかそういう話じゃないんだ。超越者が意識を人工的に作るなんてとても簡単なことだろうけれど、そうじゃあなくて、彼らがそんなこと許さないだろって話」
彼らが今行っているのは、意識を持たないアンドロイドを量産し人間の仕事の肩代わりをさせること。こうすることで人間の生産的な活動は高次なものになり、なんかすごいことになるらしい。労働者からは仕事を失うということで反対されているが…………まぁ、仕方ないんじゃないかな。こういう時代の流れだけはどうしようもない。そもこもこういう日がいつか来るって分かっていたのに準備してこなかった方が悪い気もする。………話はそれたけれど、何が言いたいのかというと、なんでも出来るしなんでも分かっている超越者に限ってミスなどあり得ないっことだ。SF小説のように機械に偶然知性が備わったなんてことは万が一にもありえない。超越者に限って[偶然]なんてものはありえないんだ。
「もしかしたら超越者以外の誰かが作ったのかもしれないじゃん」
「無理だよあんな神がかり的な装置。人間のように滑らかに動く機械なんてどう頑張っても無理。アンドロイドを作るのなんて簡単そうだけど、彼らが作っているのは[自我のない人間]の方が近い。僕ら人類がどうにかして作り出せる物質でもなければ技術でもない。無理だよ無理、無理。不可能。絵に描いた餅を取り出してみかんに変えるぐらい無理。人間には無理!」
「超越者も一応、人間なんだけどねー」
「あれは人の形をした真理だよ。人間だと思ったら痛い目を見る。」
「そっか………そうなのかもね。」
彼女の声が一段暗くなった。彼女も超越者に憧れているのか…………確かに彼らのようになれれば、世界の全てを知ることができるようになるのだろう。でも僕は超越者にはなりたくない。彼らを見ていると…………なんというか、自我がないように見えるんだ。超越者の全てが同じ思考に囚われているような………個性を感じられなくなる。だから僕は嫌だ。
「まぁ、それでも目指す価値はあると思うよ。超越者になれれば食いっぱぐれることはまずないんだから」
「………キューちゃんってたまに優しくなるよね。それって素?」
「雰囲気が悪くなるのが嫌いなだけだよ。たったの言葉一つで何かが変わるのならば、僕は遠慮することなくそう言うさ。僕は無駄が嫌いな合理主義者なんだ」
「じゃあその無駄に多い一言をなくすんだね」
「それもまた僕の合理性だ」
僕は外していた右脚をくっつけ授業の配信を消した。4時間目が終わりこれから昼休みだ。ご飯でも食べにいかなきゃ空腹で死んでしまう。
「ラーメン食べてくるから通話切るね」
「本当ラーメン好きだよね…………もっと栄養があるもの食べたほうがいいよ」
「今の時代、食事とは人間が生物としての楽しみを享受できる数少ない手段の一つなんだ。好きなものぐらいたらふく食べせてくれよ」
「まぁ、キューちゃんはそういうやつだから良いけどさ、別に通話は切らなくて良いじゃん。私今暇なんだよね、会話に付き合ってよ」
「えーー…………お腹すいて元気ないから一方的に喋ってよ。気が向いたら喋るから」
「私のことなんだと思ってるわけ?」
「インコ。」
僕は財布を持って外に出ると、いつも行ってるラーメン屋さんに向かった。
今の時代、人間の食事は管理されていた。機械によって算出された1日に必要な栄養素をサプリメントもしくは料理で摂取することでとてもみんな健康的………と思うかもしれない。しかしサプリメントを摂取した後でも、僕のようにラーメン屋さんに行ったり寿司を食べたりと好きなものを食べたがる人が多く、そのせいで栄養の過剰摂取で肥満率が上がっているらしい。ただ栄養があるだけの食事を取るだけの生活に満足ができないんだ。勿論、サプリメントの味付けを好きな味に変えるかも出来る。けれど体に悪いと分かっていても濃い味付けのものを食べたくなるこの身体の欲求………機械によって管理されるようになってから、そういう全てをぶち壊すような欲求が増している気がする。
グローバル化の進展により国内外の情勢を気軽に発信できるようになってしまい、現代では戦争なんてのはきっと起きないだろう。起こそうものならこの世界の全てが反対するのだから。しかしそのせいで退屈なのも事実だ。何かミスをしたら大勢に叩かれ、ほんのちょっと欲望を曝け出したら咎められる環境。そんな育ちすぎた人間の道徳心を壊すような何かを僕達は求めているのかもしれない。…………なんて、ラーメンを食べに行くごときで考えてしまったりして。
柱を無くし、浮き続ける街路灯の下を歩き続ける。
「その自我を持ったアンドロイドさぁ」
「まだその話続けるの?僕の中ではもう終わってるんだけどそれ」
「大切なことだよー。こんな時代に企業とは関係ない謀反だよ?革命に近い意思を感じるじゃん?きっと大きな火種になると思うんだよね」
「考えすぎだよ。全ての国がボタン一つで簡単に国を滅ぼせる火力の過剰インフレ時代だよ。しかも超越者もいるんだ、革命だなんてそんな馬鹿げたこと…………」
「もしかしたら意味があるかもしれないじゃん。暴れるということの大きな意味が」
「血を流すことに意味がある時代は過ぎたよ。今はいかにストレスなく過ごせるかを競う時代なんだから」
「………わかってないね、キューちゃん」
ドンッ…………
遠くの方で音が鳴った。太鼓を叩いたみたいな……それにしてはやけに空気を思いっきり押し出したような、振動というか異常膨張のような音。
「利益の追求という浅ましい考え方によって革命は起きるけれど、しかし根っこの部分は意識の変革なんだよ。今までの考え方をひっくり返そうとする営みが革命なんだ。私達がどうとかじゃないの。もし本当の革命が起きようとしているのなら、それは…………新たな時代を迎える為の………そう、進化の準備運動なのさ」
そして続いた音は更に大きく…………ハッキリと分かる、これは爆発音だ。僕は音がした方向とは逆に向かって走り出した。




