あなたに捨てられたくなくて
美冬ちゃん。
綺麗なブロンドの髪に、整った顔立ち、綺麗な指。私より少し小さいけれど、それはとても可愛らしくもあって。
今、私たちは同じ大学を卒業し、それぞれ仕事に就いた。そして、二人で同じ部屋に住んでいる。
私たちの関係は変わってしまった。
けれど、多分私の思い違いでなければ変わってないこともある。彼女はずっと私に振り回されることを楽しんでくれていた。いや、思い違いなんかであるはずが無い。だって、ずっと嫌な顔一つせず付き合ってくれた。それに、私がこんなに楽しかったんだから。一人で楽しんでるだけでは、こんなに楽しいはずがないんだから。
私はあまり成長なんてしていないのだろう。
ずっと彼女の気を引くことしか考えていなかったのだから。
しかし、一度だけ彼女以外の気を引こうとしたことがあった。あの時から、私の彼女の気を引くという行為の意味が変わり、私たちは壊れていたのだろう。
大学二年の時、私に人生で初めて好きな人ができた。学科が同じ男子だった。何故、彼を好きになったのかは今では覚えていない。初恋にしてはかなり遅い気もする。けど、私はずっと美冬ちゃんと一緒にいたのだから仕方ないことだと思う。
私も美冬ちゃんはその見た目から男女問わず、人気もあった。
二、三回、私も告白されたことがあったけれど、その気がなかった。
しかし、やっぱり中身が幼い私より少し大人っぽい彼女の方が人気はあったと思う。
けれど、この時は私の方が恋をしてしまったのだ。好きという感情が当時はよく分からなかったし、今思うと大した好きではなかったように思える。
しかし、私は初めて抱く感情に興味が尽きなかった。もどかしいような、なんか楽しいような。
私はこの気持ちを美冬ちゃんに話してしまった。初めての感情だと、彼に視線がいってしまうと、私はどうすればいいのかと。私はその時の彼女顔をもっときちんと見るべきだったのだ。あの時だけは私は気を使わなければならなかったのに。
彼女は私に彼に想いを告げてみてはどうかとアドバイスした。もし、彼の方が受け入れてくれれば、もっと幸せな気持ちになって毎日が楽しくなると。
私は彼女がそう言うのならきっと間違えはないのだろうと思い、実行に移す旨をその場で彼女に伝えた。
そして、彼女の言うことに従い、明日もう一日だけ考えて、気持ちが変わらないなら明後日してみようということになった。
結局、二日経っても私の心に変化は無かった。
彼が手洗いに行っている間に鞄に手紙を入れるという方法で、彼に今日の講義が終わったら、校舎裏へと来るように伝えた。きちんと、手紙を手に取る彼を見届け講義を受ける。その日は一日講義の内容なんて頭に入らなかった。どんな言葉で彼に想いを伝えようか、やっぱり緊張してきてしまったとか。一応ということでノートは取っていたものの、写しているだけ。そして、遂に今日最後の講義を終えた。
私は講義が終わると彼を待たせてはいけないと思い、そそくさと校舎裏へと向かい、彼を待つ。
彼はすぐ来てくれるのだろうか、向こうも緊張してしまって来るのに時間がかかってしまうだろうか。そんなことを考えながら彼を待つ時間は長く感じられた。
いや、長かったのだ。彼は空が暗くなり始めても来なかった。
私はすっぽかされたのだと気づくのには時間がかかった。もしかしたら、彼からいい返事を貰えないかもしれないという可能性は考えてはいた。けれど、まさか来てくれないとは思いもしておらず、なかなか飲み込めなかった。彼が手紙に気づいたのは見ていたので、故意であったのは確実だ。
ようやく理解した時、泣いた。泣いた。泣いた。上を向いて泣き叫んだ。足を抱え込んで咽び泣いた。
想いを伝えることすらできず、私の初恋は終わったのだと。
ずっと泣き続けていた私に声がかけられた。
「梨沙ちゃん」
一番聞きなれたその声に顔を上げると、やっぱりその声の主は美冬ちゃんで。彼女には先に帰ってくれていいと伝えていたのに。
彼女は座り込んでしまっていた私を後ろから抱きしめてくれた。
いつも当たり前に感じていたその温もりが、その時はとても尊いものに感じられて。
ずっとずっと抱きしめられていた。
どのくらい時間が経ったのだろうか、やっと落ち着きを取り戻し始めた私は彼女のほうを向く。感謝を伝えようとするために。
その時だった。
私の唇に柔らかくて、少し湿っぽいものが触れた。それは美冬ちゃんの唇で。
なぜ?どうして?訳が分からなかった。
事故?そうだ、きっと事故だ。彼女が私にこんなことをする理由がない。
思考がそう至るまでに数秒かかった……気がした。けれど、彼女は目を閉じていて唇を離す気配がない。その彼女の顔があまりにもリラックスしていて、私まで気持ちがよくなってきてしまう。
こんな、女の子同士でキスだなんておかしいのに。
私が動けないでいると、彼女のほうから唇を離してきた。
「あっ」
思わず切なそうな声をあげてしまう。
すると美冬ちゃんがクスリと笑う。その顔はいつもより色っぽく見えて、唇に視線が吸い込まれてしまう。
「またしたいの?」
私は恥ずかしいと思いながら頷いてしまう。顔が赤くなっているのが自分でも分かった。いけない、はしたないと思いながらも求めてしまう。その甘美な果実を求めるように。
再び、唇が重なる。けれど、今回はさっきと違い、私の唇を割って彼女の舌が入り込んできた。私の歯茎を舐め上げ、上あごを舌で撫で上げる。普段、人に触られることすらないところを荒らされる。そして、ついに私と彼女の舌が絡まった。彼女の唾液が、送られてくる。甘い、美味しい、もっと欲しい。私は虜になっていく。美冬ちゃんの味の、そして美冬ちゃん自身の。
呼吸をしようと、今度は私から離れようとする。しかし、その私の頭を彼女の手が逃がさないとばかりに押さえつけてきた。だんだんと息が苦しくなる。それを伝えようと彼女の背中を叩く。けれど、離してもらえない。むしろ、口内をまさぐる勢いが強くなる。少しずつ意識も朦朧としていく。
あぁ、なんで美冬ちゃんとキスなんてしているんだろう。しかも、こんな激しい。でも、幸せだなぁ。なんでだろう。もしかしたら、そんなに長く生きてるわけじゃないけど、人生で一番幸せかもしれない。少なくとも今までこんなに幸せなことはなかった。
何故なのだろうか。いや、実はすでに答えは出ていた。けれど、それを認めていいものか。認めて自分は幸せになれるのか。なぁなぁにしておいた方が幸せでいられるのではないだろうか。
そして意識がついに切り離されるという直前で、やっと唇が離される。離れた私と彼女の唇の間には、唾液で出来た銀色に光る橋が架かっていた。しかし、それはすぐに切れてしまって。
「梨沙ちゃん、好きよ」
私は彼女の唇をぼーっと見つめていたが、不意にかけられたその言葉に視線をあげ、彼女の目を見る。彼女も私を見ていて見つめあう形になる。
「私は梨沙ちゃんのことが好き」
すぐに返事ができない。キスをされた時から頭の片隅にはその可能性を感じていた。そして、私の中にあるこの心にも本当は気づいていた。
けれど、本当にこれを受け入れていいのだろうか。きっと私の返事次第で、私たちの関係は変わる。これまでの幼なじみという関係から恋人という関係へ。
しかし、私たちは女の子同士だ。別に、もともと同性愛に偏見とかがあったわけじゃない。けれど、周りからの目が私と同じように許容してくれるかはわからない。それに、今までは親友という関係だからこそ気兼ねなく彼女と接してこれた部分もあると思う。今の関係も私は大好きなのだ。だからこの変化の先に得るものが本当に私の望むものであるのかどうかが不安で。
「梨沙ちゃん」
再び名前を呼ばれる。その彼女の顔がとても可愛くて、綺麗で、安心できて、ドキドキして。今日呼び出して告白しようとしていた男子のことを考えていた時なんかとは比べ物にならないくらいのたくさんの感情が私の中を渦巻いて。
美冬ちゃんの顔をずっと見ていたい。誰よりも長く、誰よりもたくさん、誰よりも近くで。ずっと一緒にいたい。今も、この後も、明日も、明後日も、来週も、来月も、来年も、そのずっとずっと先まで。
これが本当の好きって気持ちなんだって。認めてしまえば我慢することなんて到底できそうになくて。
だから私は伝える。
「美冬ちゃん、私も大好きだよ」
彼女の瞳から一粒の雫が流れ落ちる。それはとても、綺麗だった。
「嬉しい、本当に嬉しい」
どちらからというわけでもなく、また二人の唇が近づいていく。
その日は美冬ちゃんの家に泊まって、私たちは愛し合った。
次の日、私たちはべったりだった。同じ家から出て、登校している時もずっと一緒。学校に着いた後、トイレに行くときも、私が作ったお昼のお弁当を食べる時も一緒。周りからはいつもとあまり変わらないように見えるかもしれないけれど、私にとっては違った。それはきっと、美冬ちゃんにとっても。
「梨沙ちゃん、悪いんだけれど、少し用があるから教室で待っててくれる?」
講義が終わった後、美冬ちゃんに告げられた言葉はいつもなら分かったと返事をするだけのことなのに、ずっと一緒にいたからかとても大事な気がしてしまった。
「う、うん、わかった」
けれど、彼女に迷惑をかけて嫌われたくないと思い、了承の返事をする。
しかし、私はどうしても気になってしまった。彼女が私に秘密にする用事というものが。
私は彼女の後を静かにつける。廊下を通り、外に出て、着いたのは昨日の校舎裏で、そこにいたのは昨日私が告白しようとした男子だったのだ。
「どうしたの?」
美冬ちゃんがいつもの穏やかな口調で問いかける。
「どうしたじゃないって、どうして昨日来てくれなかったんだよ。それにあのメールはなんなんだよ」
彼はなぜか怒っていた。まるで彼女が約束を反故したかのように。
「どうしてってもっと大事な用事があったからよ。メールはそのままの意味だけど」
「初デートすっぽかされて、付き合った二日後に別れましょうってあんまりじゃないか!」
初デート!?付き合った!?別れる!?
次々に出てくる彼の言葉を私は理解することができない。
「もうあなたに用はないから別れましょうって言ってるのよ」
そう言った美冬ちゃんの様子はいつもと全く違うものだった。私に接してくれた時の優しく温かいものではなく、とても冷たく、その言葉を向けられているわけでない私ですら恐れを感じた。
そして、思った。怖い。この感情がもし私に向けられえるようなことがあったら、私はとても耐えられない。
彼女が校舎に向けて歩き出す。彼はうなだれているままだった。
先に教室に戻っていないとまずいと先回りする。
なんとか彼女より先に教室に着くことができた。
「おまたせ、梨沙ちゃん」
教室に入ってきた美冬ちゃんの笑顔は表面上いつものものだった。けれど、私にはいつもと同じようには見えなかった。
だって、私が彼に昨日の呼び出しをすっぽかされたのは彼女のせいなのだ。彼は、私が彼に告白を促し、失敗させた。そのために彼の心すら弄んだ。すべては私を手に入れるために。恐ろしいとも思った。
けれど、今の私にはそれ以上に大きな感情があった。
嬉しい。これ以上なく嬉しい。彼女に求められることが。
騙されたことなんてもうどうでもよかった。私が怖いのは、彼女に嫌われることだけだ。
私は一つの決意をした。美冬ちゃんが私を逃がさないように、私も美冬ちゃんを逃がさないと。
それから、美冬ちゃんが好んでくれるように、飽きられないように、過剰な嫉妬をし、いつまでも慣れないふりをして照れて、美冬ちゃんがいないと何もできないふりをした。
私たちは壊れていた。お互いがお互いを求めるあまりに。