82話 悪徳領主(1)
ライゼルハークからの道すがら、いくつかの村や小さな町で宿泊しながら進んでいった。
アイザック王国は、そこまで内戦が起こる国というわけでもなく、盗賊も少ないため村の構造としては柵や石垣などで村の周囲を囲ってはいるものの、どちらかというと散村と呼ばれる形態のものが多かった。
散村は、塊村や路村といったいわゆる集村という構造の村々に比べると、村の外的防御力は低いものの、各家がそれなりに距離を置いて乱立していることで、各自が自らの家の周囲に畑を作ることが出来るため、農業などの効率は高いという特徴がある。
これが治安の悪い国では集村の形態をとる村や町が多い傾向になる。
治安がいいという事で、アルたちは貴族用の高級な宿屋に泊まる必要もなく、ごく一般的な宿屋に泊まることにした。
クランは、最初こそアルの決定に異を唱えていたが、経費の削減を口実に納得してもらった。
高級宿の方が1人当たり金貨1枚するのに対して、一般的な宿は銅貨2枚で済む。
銅貨10枚で銀貨1枚に相当し銀貨10枚で金貨1枚となるので、1日当たり金貨1枚と銀貨9枚、銅貨6枚ほど違うのだ。
物の価値から計算して、金貨1枚が日本円で言う10万円程度なので、高級宿が1日10万円。一般的な宿屋が2,000円という事になる。
この世界では、持ち家となると一気に物価が上昇するのに対して、宿屋の価格は一気に下がる。
それは、冒険者などの日々命の危険が伴うような生活を送る人の人数が多いからだと考えられる。そのため、固定の資産を持たず、その日暮らしの生活を送る者たちが多いのだ。
1日で約20万円違い、それを7日間。約140万の出費は一般的な感覚からすれば大きいものだ。
といっても、日本の衛生環境に慣れているアルからすれば、高級宿も一般の宿も大した違いはなく、高級宿の方に興味がわかなかったのも理由の一つなのだが。
「さて、これからの予定ですが。明日の朝方にこの村を出て、昼頃に隣村で小休止を取り夕方ごろには明日の宿泊地であるノリスという町に到着する予定です」
食事を終えて借りた部屋に戻ると、クランがこれからの予定を話し出す。
ライゼルハークを出発して、ここまで4日が経過している。特に変わったこともなく順調に進んでいた。王都には後3日で到着する予定だ。
「ノリスは、確かクロムウェル伯爵家の」
クロムウェル伯爵。
伯爵本人との面識はないが、アリアの姉であるマリーの誕生会にて、伯爵家の長男にはあったことがある。
名前はクルーン。スキル欄にいかがわしいスキルが複数生えていた青年だった。
「はい。クロムウェル伯爵家のお屋敷がある街になります。……どうかされましたか?」
アルの表情を察して、クランはそう尋ねる。
しかし、アルは首を横に振って「何もないです。そのまま進みましょう」と答える。
流石に、子がそうだからといって親も同じだとは限らない。王都から2日の距離にある町でおかしなことなど起きないだろう。
アルはそう自分に言い聞かせた。
「これは……」
アルは彼の目に映る情報に目を覆いたくなる。
ノリスの街に着くと、何の検査もなく街に入ることが出来た。
それはアルが貴族だからではなく、そもそも街の入り口となる門の周囲にそういった者が配置されていないのだ。
その事に訝しみながら街に入っていくと、それなりに衛生的な街並みが見られる。
しかし、街の人々の顔に活気がない。
アルは鑑定眼をフル活用しながら、馬車の中から情報を集めていく。
そして、ある結論に至ったのだ。
「クランさん、今日は街の外にいた方がいいみたいです」
アルの急な提案にクランは眉を顰める。
しかし、その場で理由を尋ねることはせず、馬車の御者に食料を調達するように指示を出しに行く。
そして、アルたちは今日の夕食と明日の朝食、昼食の食材を買い占めて再度街を出る。
「……理由を教えてもらえますか?」
街から約一キロほど離れた場所で火を起こしながら、クランはアルにそう尋ねる。
ここまで来れば誰かに聞かれることもないと判断したのだろう。
「この街がおかしいと思いませんでしたか?」
「……そうですね、門番がいなかった事と活気がないところでしょうか」
流石はクラン。街の様子をよく観察できている。
アルはクランの言葉に頷く。
「僕もその点がおかしいと思いました。ですから、街のあらゆるところをこの『目』で見ました」
アルはあえて「鑑定眼」とは言わず、自分の目を指さした。アルのそのしぐさで、クランはすべてを察する。
近くに御者のおじさんがいる手前、あまり知られたくない情報については秘匿すべきだと考えたからだ。そして、アルはクランの目を見て言葉を続ける。
「あの街ではブラックが行われています。それも頭が先導して」
「――!?」
アルの発言にクランは目を見開く。
ブラックとは、この世界でいう「人身売買」の隠語だ。
貴族の間ではこの隠語が使われている。そして、「頭」とはこの街の主、いわゆる領主のことをさしている。
驚いているクランに、追い打ちをかけるようにアルは新たな事実を話す。
「また、頭の越権行為も見受けられました。おそらく、下の者に相手を強制しているのでしょう」
アルは、御者に分からない程度に言葉を隠しながらそう伝える。
ライゼルハークから御者をしてくれているのでクロムウェル伯爵と繋がってはいないと思うが、彼から他に情報が流れては、あまりよろしくない。
アルがこのように結論付けたのは、いくつか理由がある。
町人を鑑定すると、「孤児」が多かった。
そして、その孤児の年齢は一律11歳以下。恐ろしい事に12歳以上の孤児など一人としていなかった。
それは領主が孤児に仕事を斡旋しているからではない。
王都やライゼルハークなどの住人を鑑定して分かったことだが、アルの鑑定眼はもう消え去った称号についても見ることが出来る。
つまり、元孤児であればアルの鑑定眼で見分けられるのだ。
そして、何より問題なのが、下の者つまり町人たちに、相手、ここでいう夜の相手を強制しているという部分だ。
アルが街を見ている時、伯爵家の屋敷近くで泣いている女性がいた。
その女性の両脇には衛兵が付いており、町人たちはその女性に憐みの視線を送っていた。
つまり、ああいった事は日常茶飯事であり、誰も何も言えないのは、自らを守るためなのだろう。
「……それは問題ですね。この件、どうなされますか?」
クランはこの件を重くとらえていた。
それもそのはず。
アイザック王国では奴隷制自体は黙認されているが、それは獣人族や犯罪者だけだ。
いくら孤児だからといっても、一般市民を「人身売買」することなどあってはならないことだ。
そして何より、その孤児が生まれる理由の一端を領主自らが担っているという事実。
これは王国法でも重罪だった。
「残念ながら僕には何もできません。しかし、みすみす見逃そうとも思っていませんよ」
アルは自分だけでこの問題を解決できないことを理解していた。
しかし、だからと言ってこの問題を見逃すつもりもない。
「クランさん、決行は2時間後。日が沈んでからです。……いいですよね?」
アルの言葉に、クランは小さなため息をつきながらも首を縦に振った。アルの身は心配だが、これは人の命がかかっている大きな問題である。
「ただ、安全かつ法的に正しい行動を取ってください。良いですね?」
「分かっていますよ」
アルはクランの出した条件に承諾して、これから起こす行動について説明し始めた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等ありましたら「誤字報告」にて知らせていただけるとありがたいです。また、何か感想等ございましたら、そちらも送っていただけると嬉しいです。お待ちしております。