81話 忠言と真理
アルは馬車から外の風景を眺めていた。
ライゼルハークの街から王都までは一週間程度で到着できる。ここ最近は忙しく動き続けていたので、今回の旅路ではゆっくりとしたい。
「……って言っていましたよね? アル様」
熱心に本を読んでは紙にメモをし続けているアルを見て、クランは呆れた顔を見せる。
かれこれ5時間以上はこの作業を続けているため、クランは幾度となく休むようにと言い続けているのだが、「もう少し」「あとちょっと」と言いながら今までその作業をし続けているのだ。
「分かりました。少し休むことにしますね」
アルはそんなクランの顔を見て、一旦手を止める。
前世でも疲れを感じにくい体質であったが、アルとして転生してからはその傾向がより顕著に現れており、それは「無尽蔵」というギフトを有するクランの目から見ても異常なことだった。
「しかし、こうなっては暇になってしまいますね」
「そうですね……。そういえば、学科についてはもうお決めになっていますか?」
学科。
王都にある学園では、魔術科と剣術科の二つの学科に分けられている。
入学前に各自が希望する学科を申請し、入学時試験の成績でA~Eの5つのクラスに分けられるのだ。
「僕は剣術科にしようと思っています」
「やはり魔術科ですよね……え!?」
アルの答えを聞いて、クランを大袈裟に驚く。クランが驚いた理由については容易に予想がつく。
「僕が魔術科に入ると何かと面倒でしょう。変に目立っては面白くないと思う方々もいるでしょうし」
「確かに、それはそうかもしれませんが」
アルの秘密を知るクランだからこそ、魔術科に進んだ後の事を容易に想像できる。
賢いアルだから何とか上手に乗り切れるかもしれないが、リスクは少ない方がいい。
しかし、その事を理解しても尚クランはアルの決定に疑問を覚える。
なぜなら、学園では魔術科と剣術科の間に大きな溝があるからだ。
その溝が出来る理由は、魔術科に進む生徒たちのほとんどが2属性への適性を持つ者であり、1属性のみの適性の者たちが剣術科に流れていく傾向にあるからだ。
つまり、剣術科は魔術科に比べて劣っているというレッテルを貼られているのだ。
それ故に、アルの外聞を気にしたクランはこうしてアルの決定に疑問を抱いているのだ。
仕方ない、クランさんには話しておくかな。
アルは、クランの疑問を解消するために自分の将来の展望について話すことにした。
「クランには話していませんでしたが、僕は学園卒業後は冒険者として活動していくつもりです。そのためには剣術を学ぶ方が良いでしょう」
「――!?」
アルの口から発せられた言葉に、クランは驚きを隠せなかった。
確かに、冒険者になるなら学園の成績など関係ないし、周囲の目など気にする必要もなくなる。しかし……。
「……では、なぜそのような物を?」
クランはアルから少し視線を外し、アルの隣に横たわっている物に視線を送る。
そこには「帝王学」「領地経営学」「王国法」などの本が無造作に置かれている。
これらは、さっきまでアルが読んで気になった部分にメモを書きつけていた本たちだ。
「これはラウラ姉様が」
アルは弁明するかのようにそう言う。
これらの本は、出発直前にラウラからもらったものだ。彼女が以前読んでいた本らしいのだが、もう読まないから「暇つぶしにどうぞ」と受け取った。
特にこれらの知識を活用しようとは思っていなかったのだが、やはり読み始めると止まらなくなってしまう。
アルの弁明を聞きながらクランは少し笑顔を見せる。しかし、すぐに真面目な表情に戻り、アルの目を一直線に見つめる。
「確かに、アル様は三男ですから爵位を継ぐことはできません。
ですが、今すぐに将来の事を決めてしまわなくてもいいのでは? 屋敷での6年、そしてライゼルハーク領での1年間、私はアル様を見てきましたが、アル様以上に才覚にめぐまれた方など見たことがありません」
クランはそこで一瞬間を作り、さらに言葉を続ける。
「学園には6年通うのですから」
クランのその言葉には重みがあった。
クランは優秀だ。
しかし、平民の出身であり、親からもあまりよく思われていなかったらしい。
つまり、彼には選ぶべき選択肢も無ければ、その時間すらも与えられなかったのだ。
しかし、アルはどうか。
学園で学ぶ機会があり、自分の将来について考える時間もある。
その間の生活費は父親が負担してくれるし、住む場所もある。
「そうですね……。クランさんの言う通りです」
アルはクランの言葉を素直に受け止める。
クランだからこそ言えた言葉。クランの言葉だからこそアルの心へダイレクトに届くのだ。
クランはアルが自分の言葉を受け取り、その言葉の中にある真理に気が付いてくれたことを嬉しく思う。
彼が伝えたかったのは、アルの将来について考えてもらう事だけではなかった。その選択をできる自分の権利を尊重してほしいという事も、一緒に伝えたかったのだ。
「……もう少し考えてみるかな」
アルは小さな声でそう呟く。
魔術師は嫌だな。となると、騎士か冒険者。いや、ギリス先生みたいに学者になるのもありかな……。
アルは初めて自分の将来について、深く考え出したのであった。
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