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80話 旅立ち




「体には気をつけろよ」


「はい! ベル兄様も」



 アルは荷物を馬車に詰め込んでいく。ここでは約1年しか生活していないが、こうして離れるとなると少し感慨深いものがある。こうやって荷造りをしていると、意外とたくさんのものが周囲にあったのだと驚いた。



「アル君がいなくなるのは本当に寂しいわ……」



 アルの見送りに屋敷から出てきたラウラは、アルが学園に通うために王都へ行くことに少し寂しそうな表情を浮かべていた。この一年で一番変化したのは、ラウラとアルの関係性かもしれない。



「ラウラ義姉様。また、顔を見せに来ますから」


「約束よ。あなたとお話するのは、私にとって大切な時間なのですからね」



 アルは苦笑いを浮かべる。アルは、ここ一年間のラウラとの会話を思い出す。


「あなたは帝王学を学ぶべきですわ」「そう、そうやって相手の心を開くのです!」「本当にアル君は覚えがいいですわ!」「今度私の妹たちを――」


 ……何度、他の王女達との婚約を勧められたことか。


 ラウラは見た目や穏やかな性格に反して、意外と計算高く相手の心理を読むことに長けている。といっても、アルはそんなラウラの事を心の底から「姉」として慕っているのだが。



「では、お元気で!」



 アルは屋敷の面々にそう言い残し、馬車に乗り込んだ。


 流石のベルも少し表情に寂しさが見て取れる。自分が経営に携わったこの街は、アルにとっても思い入れがある。いつか冒険者となった時、この街を活動の拠点とするのもいいかもしれない。



「あ、そうだ。何か困ったときは執務室の机、左側の一番上の引き出しを開けてください。そこに考えられる問題点とその対処についてまとめた資料を残していますから」



 アルは振り返って、ベルたちにそう伝える。


 クランもアルと一緒に王都へ向かうので、この街の経営は一旦ベルが担うことになる。ひとまず治安は落ち着いているし、レオナルドが執政官を向かわせるように手配してくれているという事なので、そこまで心配はしていないのだが、備えあれば憂いなしという事だし。



 アルは思い残したことのないすっきりとした顔でライゼルハークを後にした。


 一年とはいえ街の経営に一枚かめたのは、アルにとっても良い経験になった。その副産物としてベルの役にも立てたわけだし、義姉のラウラとも良い関係をきずくことが出来た。



「濃いけど、良い一年だったな……」



 アルは馬車の窓から、遠ざかっていく街を見ながらそう呟いた。












「新たに執政官としてライゼルハークの経営を任されました、ケートルと申します!」



 アルが街を後にして1ヵ月後、ライゼルハークの街へ新たに執政官として任命された一人の青年が足を踏み入れていた。



「あぁ、新たな執政官か」



 ベルは読んでいた紙を机に置き、少し不機嫌そうな目でその青年を睨みつける。青年はそんなベルの表情を見て、少し怖気づく。



 この方が、英雄ベル・グランセル侯爵……。



 たった一人で魔族を殲滅する圧倒的戦闘力に、たった一年でライゼルハークの街を立て直す政治的手腕。そして、何物にも媚びず物おじしない猛者。


 ケートルは、王都で聞いたベルの噂話を思い出す。



 実際は少し曲解された噂話なのだが、アルが表立って動いていない以上、すべての手柄がベルにわたっているのも事実。しかし、アルの本心や思惑を知っているベルは、自らこの誤解を解くことが出来ない。少し歯がゆい思いをしながらも、積極的にその噂話を否定できないのだ。



「執務室へ行け。そこに必要な資料はあるはずだ」



 アルはケートルから視線を外しながらそう伝える。しかし、その後になおも言葉を続ける。



「あと、仕事についてはある程度お前に一任する。しかし、何かあれば必ず報告しろ。……分かったな?」



 そう言い切ると、手元の手紙に視線を戻す。


 ケートルは「分かりました」と一言返事をしてベルの部屋を出ていく。



「おっかないなぁ。あれが英雄か……」



 ケートルは最初に自分へ向けられたあの目を思い返しながら体を震わせる。何か失敗すれば何をされることやら。



「おっといけない。早速仕事をしないとな」



 控えていた使用人に執務室の場所を聞き、ケートルは早速仕事に取り掛かるために歩を進める。









「何だ? これ……」



 ケートルはここ一年のこの街の詳細な資料を眺めながらそう呟く。


 ここ数年の経済の落ち込みに対して、その倍ほどの経済効果をたった一年でたたき出している。農業や畜産業などの第一次産業が著しく伸びているだけでなく、犯罪の件数も急激に減少している。


 そして、これほどの改革をしているにも関わらず、きっちりと詳細に書かれた日報や帳簿。裏金や賄賂など、一切の不正行為も見つけられない。



「どうやったらこんな完璧な経営が出来るんだ……。もしかしなくても僕って要らないんじゃ……」



 初めてこんな大役に抜擢されて少し不安ではあったが、精一杯自分のできることをやろうと息巻いてここへ来ていた。しかし、これほどまでに完璧な仕事を見せられると、自分の未熟さが恥ずかしくなる。











「どうして僕は呼ばれたんでしょうか……」



 ケートルは食堂で不安を吐露する。隣にいるのはベルお付きの使用人である青年だ。この青年の名はウィン。ケートルの身を案じて、こうして話を聞いてくれている。



「それほどに執政官の仕事は大変なのか?」


「本来なら、そうです。だけどこの街は……」



 ライゼルハークという街は、それほどに完成されている。街の制度、産業の方針や効率。そして何よりこの一年で飛躍的に成長している街の治安や衛生面。


 何をとってもケートルの執政官としての仕事などありはしなかった。彼は毎日、簡単な雑用や資料の作成、帳簿や日報の管理などの簡単な仕事だけをこなすのみ。彼の想像していた仕事とは一線を画すものだった。



「ベル様は何もアドバイスをくれないし……」


「え?」



 何気ないケートルの呟きにウィンが反応する。そして、数秒の沈黙ののちに「あぁ!」と何かを納得して笑顔を見せる。



「ベル様は街の経営には関わっていない。今までは他の方が担当していたからな」


「そうなのですか? では、今まで誰が……?」



 噂話では、この街の大改革のすべてがベルの手によってなされていると聞いていた。しかし、どうやらベル以外の誰かによってあの完璧な仕事が行われていたようだ。



 一体だれが?



 ケートルは、あの仕事を誰がやっていたのか気になって仕方がない。これまで色々な人のものとで仕事をしてきたが、あれほどの仕事ができるものを彼は知らない。気になるのは当然と言えた。


 しかし、ウィンは意地悪な笑顔を見せながら席を立つ。



「ここからは守秘義務があるんだ。悪いな」



 ウィンはそれだけ言い残して仕事へ戻っていく。ケートルは去っていくウィンの背中を憎らしく眺めつつ、自分も席を立って仕事へ戻っていく。



「……あそこまで言ったなら最後まで話してほしいよなぁー」



 そんな呟きだけが食堂付近の廊下でこぼれていた。





今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


誤字脱字等ありましたら「誤字報告」にて知らせていただけるとありがたいです。また、何か感想等ございましたら、そちらも送っていただけると嬉しいです。お待ちしております!

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