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79話 改革

※新章スタート




 ある貴族の一室には、いつものように本のページが捲られる音とカリカリというペンの音だけがあった。あんなに暗かった空もすでに朝日が見え始め、早起きな使用人たちの気配が徐々に増え始める。


 そんな中、昨晩から休むことなく資料とにらめっこしていた少年は、一切姿勢を崩すことなくこの時間になるまでそれを続けていた。



 そろそろ来る頃かな。


 その少年は、この時間帯になるとやってくる使用人の気配を感じる。すると、彼の予想通り扉がノックされる。



「アルフォート様。……また、ですか」



 入ってきた使用人である青年は、机に座している少年――アルフォート・グランセルを見て、ため息をつきながらそう呟く。


 アルはそんな青年を見て苦笑いを見せる。



「どうしても明日ここを発つ前に終わらせておきたいと思いまして」



 アルはそう言いながら作業を続ける。このペースで仕事を続けていれば、重要な仕事に関しては後1、2時間で終了するだろう。



「私はもう何も言いませんが……」


「クランさんは心配性ですね。分かっていますよ」



 青年――クランの心配をよそに、アルはその手を止めることはなく、嬉々として資料とにらみ合いを再開し、新しい紙に何やら書きつけていく。


 その紙には、「今後予想される問題とその対処」と大きな字で書かれていた。



「……それにしても、この街は本当に変わりましたね」



 クランは窓の近くに置かれている植物に水をやりながらそう呟く。彼の眼下にはすでに活動を始めている市民たちと、活気を取り戻した町の光景が映し出されていた。









 アルがここ「ライゼルハーク」に来てから、約一年が経過した。



 ライゼルハークはもともとホークスハイム侯爵家の屋敷があった町で、その屋敷にそのままベルたちが入ることになった。グランセル公爵領の首都「ユートピア」に比べると、まだまだ栄えているとは言えないが、敷地はそれなりに広く、近くにある「魔の森」の影響からか、冒険者が多いという特徴のある町だ。


 そして、ベルが領主となると知り、各地から有力な商会や冒険者たちがこぞって集まってきたこともあり、これからより発展する余地のある町でもあった。



 ただ、アルが来たばかりの時は、それなりに問題のある町だった。



 まず、悪徳商会がこの地を牛耳っていたことだ。


 ホークスハイム侯爵は自分の貴族位を存続させるために躍起になっており、街の治安や商会の管理、民への配慮をおろそかにしていた。その結果、見放されていた民たちは悪徳商会を頼らざるを得ない状況になっており、悪徳商会も好き勝手できる下地をすぐに形成することができていた。


 また、調べてみると侯爵自身の関与も発覚し、アルはこの町に着いて早々に、この問題の解決のために手回しをすることになった。



 次に、街の衛生状態の改善だ。


 下水を垂れ流しにしていたこの街は、お世辞にも衛生的だとは言えない状況だった。よくこれまで疫病が流行らなかったものだと感心するほどに。しかし、教会の者たちや光属性に適性のある魔術師たちが瘴気を浄化する魔法を行使することで、疫病を防いでいたことが判明する。


 実に非効率的な方法だ。



 最後に、食糧問題。


 街の外部にそれなりに大きな畑があるのは、アルも確認していた。畑の面積だけならグランセル公爵領と同等以上にあるように見える。


 しかし、実際にとれている作物の量はその2/3程度。この食糧問題もすぐに解決しないといけない問題であった。




 アルは、約1年でこれらの問題点を全て解決して見せた。勿論、ベルの名を借りて。



 悪徳商会をつぶすために、信頼ある商会をライゼルハークに呼び寄せる。そして、その商会たちには裏から補助金を配布し、ベルの顔を用いた商品の開発についても許可を出す。


 悪徳商会も捨て値程度に価格を落とすことで対抗して見せたが、これまでの悪行が尾を引き、市民からの支持を得ることは叶わなかった。そして何より、新たな領主への期待が市民の行動に影響を与えていたのだ。


 商会の問題は一か月もかからず解決することが出来た。




 そして、衛生問題。


 まず、各自に処理させていた下水を一か所に集める仕組みを作り上げる。日本での下水の処理システムは複雑なうえに、かなりの技術力と時間を要する。この世界の技術力では再現不可能だと言える。


 では、どうするか。


 この世界にあって、日本にはないものを活用すればいいのだ。つまり、「魔法」の有効活用。


 この世界の人間は、「生活魔法」を使用できる。つまり、町のいたるところに下水管を模した用水路を完備することで、下水は各自が魔法で流すことが可能ということだ。本来ならば水を流す工程や、傾斜を作るなど、色々な要因が必要になるが、魔法を使えばそれらの点をカバーできるのだ。


 そして、集めた下水は固体物と液体とで分離させる。


 ここでは魔法に頼らず、貯蓄場所に固体物を防ぐフィルターを取り付けた水管を作り、液体と固体物とを分離させることに成功した。


 液体は加熱殺菌して川に流す。そして固体物は貯蓄場所に貯めていき、一定の量を超えると光属性を持つ魔術師たちに浄化させて地下に埋める。


 以上のシステムを組み上げて実行。成果が出るまでに半年ほど要したが、確実に街の衛生環境は良化していた。



 ここまでかなり順調に進んでいたが、食糧問題だけは難航した。


 どうやら、以前グランセル公爵領でも問題になっていた「粗悪な肥料」が、ここライゼルハークにも流れてきたようだ。すでに大きな損害が出ている畑の土を調べてみると、使っていた肥料がアルカリ性が強いものであるとわかった。


 一般的な作物は、弱酸性の土壌を好む。土壌の酸性度は、「1(酸性)~7(中性)~14(アルカリ性)」の数値で表される。作物によってその酸性度の適性値は変わるが、6.5(弱酸性)程度が最適な場合が多い。


 つまり、この酸性度の偏りによって、この土壌では作物が上手く育たなかったのだ。



 とりあえず、できる範囲で土の入れ替えを行う。そして、普段使われている「酸性肥料」を大量に発注し、適正量配分して畑に与えることで、土壌の改良を行っていく。また、肥料だけでなく「ピートモス」と呼ばれる、水気の多い場所で育った植物を細かく砕いて乾燥させた強酸性の土を含ませることで、出来るだけ土壌を弱酸性のものへと改良していく。



 このようにして、アルたちはライゼルハークの抱えていた問題点を一つ一つ解決していったのだ。









「――本当に、長い一年でした」



クランはこの一年を振り返ってそう呟く。


 基本的にはアルの主導で大変革は進められていたが、その裏にはクランの調査力が欠かせないものであった。ほとんど休まずに仕事をこなしていくアルだけでなく、クランにもそのしわ寄せが行ってしまった。



「それについては申し訳ありません」



 アルは苦笑いを浮かべながらも、素直に謝罪をする。


 といっても、アルはクランに休むように何度か命令を出していた。しかしクランは、「主を働かせて休むなど考えられない」と、断固としてその提案を受けようとしなかったのだ。



「……まぁ、そのおかげで短期間でここまで改善されたのですが」



 クランも苦笑いを浮かべながらそう呟く。


 黙々と作業を続けていたアルにとっても、この一年間については感慨深いものがある。前世では14年、今世もまだ12年ほどしか生きていない。精神年齢は前世から引き継いでいるとはいえ、高々26年ほどなのだ。


 こんな大きな仕事をするのは初めてで張り切りすぎていたのは否めない。しかし、そのおかげで短期間で成果を上げることができた。



 アルはペンをおいて、窓の近くまで歩いていく。眼下に広がる町並みは、一年前のそれとは大きく違う。



「さて、一旦休憩です! そろそろ朝食の時間でしょうし」



 アルは隣で同じく黄昏ているクランにそう言って歩き始める。


 ここにいられるのは今日まで。明日からは新しい生活のために、新たなスタートを切るのだから。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


今回から新章「学園編」がスタートします。皆様に楽しんでいただけたら幸いです!!


誤字脱字等ありましたら「誤字報告」にて知らせていただけるとありがたいです。また、何か感想等ございましたら、そちらも送っていただけると嬉しいです。お待ちしております。

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