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76話 決闘(3)




「神官! 治療だ!!」



ベルはガンマを神官の方へと引き下げる。ジンクスの体を依り代とした魔族は、自身の剣の刀身をまじまじと見つめており追撃はしてこない。


 神官は舞台に上がり治癒魔法を開始する。命に関わるほどの怪我ではないが、あの刀身に込められた魔力にあてられている。治癒による回復も、普段より効きが悪い。



「フム。依り代の弱さのせいカ……」



 刀身を見つめ続けていた魔族は、そう呟いて視線をベルの方へ向けなおす。



 こうなっては、もはや決闘ではない。


 魔族に体を奪われるという事はその原因は何となく想像できる。おそらく、あの剣に魔族の霊魂が込められていたのだろう。



 魔族に体を奪われては、もはやジンクスの意識が戻ることはない。つまり、彼の体はすでに魔族のものとなっており、実質ジンクスの霊魂は消滅してしまっているという事だ。



「力加減をする必要はねぇけど……」



 ここまでは死に至らしめるような魔法や攻撃は一切行っていない。しかし、その制約がなくなった現在でも、「魔族」を討伐する術をベルは持っていない。


 ベルの後では神官が懸命にガンマに治癒魔法をかけている。


 神官の持つ光属性の「聖魔法」を行使すれば、魔族を消滅させることは可能かもしれない。しかし、一人では不可能だ。



「ジンクス・ホークスハイムは魔族と化した。すぐに避難しろ!!」



 ベルは観客席へ大きな声でそう宣言する。



 観客たちの半数がすでに彼の変化に気がついてはいたが、避難を開始していたのはごく少数だった。しかし、目の前で仲介役のガンマが倒れたことで、少しずつ事態の異常性を認識しつつあった。



 観客たちはベルの声を聞き、我に返ったように方々へと散っていく。恐慌状態になっていないだけましだが。



 ベルは観客たちが避難を開始したことで、すぐに意識を魔族の方へと戻す。



「なぜ攻撃してこなかった?」



 ベルは魔族にそう尋ねる。


 魔族に攻撃の意思がないからこそ、ベルは観客たちに声をかけたわけだが、その隙をついて攻撃することは可能だったはずだ。


 しかし、目の前の魔族は攻撃をしてくることはなかった。



「どうせ皆死ぬノダ。それが遅いカ早いカノ違いがあるダケダ」



 魔族は羽虫でも見るかのように、逃げていく観客たちを見下ろす。



 ()ろうと思えばいつでも()れる。



 彼の言葉にはそんな本意が透けて見えた。


 ベルは『魔眼』を発動する。ここまで、ジンクスは突撃を繰り返すだけで魔法を使う素振りは見えなかったので『魔眼』を発動させる必要はなかったのだが、刀身に魔力を纏っている以上、何かしら魔法が関与していると考えられる。


 視界の変化に、一気に気持ち悪さがベルを襲う。しかし、そんなことは今はどうでもいい。



「これは……」



 ベルは魔族の漆黒な魔力に驚愕する。


 この前、アルから使用方法を教えてもらった後、色々な人物をこの『魔眼』で見てきたが、こんな漆黒の魔力を持つ者などいなかった。


 つまり、自分たちの知る「常識」とは外れた場所に、あの化け物はいるのだ。



「どうしたノダ? 攻めてこないガ」



 ベルが驚愕の表情で魔族を見ていると、その感情を察知したのか、魔族は余裕そうな顔でそんなことを言う。



「攻めないナラ、コチラから行くゾ!」



 魔族はそう言い放ち、再度剣に真っ黒な魔力を纏わせ突撃を開始する。


 ベルは受け身の姿勢を作り、すぐに来るであろう攻撃に備える。



 刹那。



 ベルの目の前にいたはずの敵の姿が掻き消える。そして、すぐに自分の下腹部に痛みが生じる。


 ベルは自分の腹に視線を移す。すると、真っ黒な刀身が突き刺さっているのが確認できた。



「遅い! 遅いゾ!!」



 いつの間にか背後に回っていた魔族の声が聞こえる。


 さっきまでの速度とは桁外れだ。ギリギリ視認できていた速度から、もはや視認すらできない速度にまで魔族の速度は上昇していたのだ。



 まずい、もう……。

 


 ベルは流れ出る血を眺めながら、自分の体温がどんどんと下がっていく感覚を感じ取る。



 死。



 宮廷魔術師をしていると、これまでに何度も目の前で「死」という現象に直面してきた。しかし、自分がその感覚を感じ取るのはこれが初めてだ。


 視界はどんどん霞んでいき、体の力が急激に抜けていく。血が足りなくなっているからか、思考もまともに出来ない状況だ。



 死は怖い。しかし……。



 ベルは、なけなしの力を振り絞って首をひねって後方を確認する。


 そこには必死の形相で治癒魔法を施している神官の姿と未だ横たわったままの兄の姿がある。



 まだ、死ねない。



 ベルは最後の力で魔法を放とうとする。



『獄炎』



 それは火属性で最高位の魔法。


 業火の炎を巻き起こし、対象を焼き切るまで消えることはない。まさに伝説上の魔法だった。


 魔法陣は現代まで残っているが、それを使えたのは過去にたった一人。「異端の魔導士」のみが使用できた伝説上の魔法だ。



「貴様、……何ヲ!」



 魔族はベルの中の異常な魔力の流れを感じ取ったのか、ベルから距離を取る。しかし、ベルは尚も魔法を構築し続ける。



 おそらく、この魔法を撃てば自分は死ぬ。


 それだけの魔力を必要としている魔法なのだ。しかし、ようやく芽生えた「親愛」のためなら惜しくはなかった。



「……お前には俺と一緒に死んでもらう」



 ベルは魔族にそう宣言する。魔族はベルに魔法を撃たせまいと、再度突撃を試みる。



 来世では素直に生きたいな。



 ベルは心の中でそう願った。


 しかし、空から響いた一つの声に、思考を停止する。



「――その必要はありません」



 その声の主はいつの間にかベルの前に立ちふさがり、魔族の剣を受け止めていた。



 聞き覚えのある声。見覚えのある背中。


 顔には仮面をしているし、髪の色もベルが知るその人物とは異なっている。しかし、ベルには目の前の人物が誰なのか、はっきりと理解できた。



 虹色の魔力を纏う、その人物は……。



「――アル」



 ベルはその背中に向かってそう呟くのだった。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


誤字脱字等ありましたら「誤字報告」にて知らせていただけるとありがたいです。また、何か感想等ございましたら、そちらも送っていただけると嬉しいです。お待ちしております。

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