73話 付与と心配
謁見の翌日。
グランセル公爵家では、いつものそれとは違った独特な空気が、屋敷中を支配していた。
それもそのはず。
もし、ベルが決闘に敗れることがあれば、失う代償が大きすぎる。
ただ単に第3王女という婚約者を失うだけで済まないのは、当事者であるベルが一番理解している。王族との婚約の席をかけの対象にした以上、敗北はグランセル公爵家への攻撃の対象として、申し分ないものだからだ。
ベルは自分の部屋にこもって、明日の決闘に使用する剣のメンテナンスをしている。
ベルは魔導士なので、剣をメインに戦闘するわけではないのだが、一応剣を帯刀するのが決闘のマナーだった。そして、決闘の前には一度抜刀しなくてはならず、メンテナンスは必須事項だった。
「こんなものでいいか……」
ベルは目の前の剣を眺めつつ、そう呟く。
剣なんて普段使用しないので、メンテナンスが完璧かどうかなんて彼には分からなかった。しかし、それを兄であるガンマや、父レオナルドに聞きに行くのも、どこか気恥ずかしい。
「――それで、ここに来たわけですね」
アルは自分の部屋を訪ねてきたベルに向かてそう言う。
特に責めているわけではないが、ベルの「プライド」の高さに呆れつつ、その「プライド」がアルには発動しないことに、可笑しさを感じていた。
アルは、ベルから剣を受け取る。
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アイアンソード
階級:ブロンズ
付与:なし
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アルは『鑑定眼』を使用してその剣を見て見る。
階級は「ブロンド」なので、アルの持っている「ノーマル」の武器より一段階上位の武器だと言える。メンテナンスについては、少し荒いものの、剣をメインに戦闘しないベルなら、大した問題ではないレベルだ。
「大丈夫ですよ」
そう言ってアルは剣を返そうとする。しかし、すぐに気が変わった。
「――どうかしたのか?」
ベルはそんなアルの動きを見て訝しげな表情を浮かべる。
しかし、アルはそんな事はお構いなしに、自室に置かれてあった紙に魔法陣を描き始める。魔法陣を覗き込んだベルは、すぐにアルが何をしようとしているのかに気が付く。
付与魔法陣を描き終えた紙に、魔力を注ぎ込んでいく。すると、その魔法陣はまばゆい光を放つ。ベルは魔の前のその光に目を見開いて驚く。
そして、その光はベルの持ってきた「アイアンソード」へと入り込んでいく。
「はい、これで大丈夫です!」
アルは付与を終えた剣を、ベルに手渡す。ベルはその剣を受け取ると、すぐに魔力を流してみる。
すると、今までとは違う感覚を覚える。
驚くほど自分の体が軽く感じられるのだ。
「――アル、『付与魔法』も使えんのか」
流石に魔法を研究しているベルの目はごまかせない。しかし、ベルは付与の際に放たれていた「光」の正体については全く理解の及ばない事だった。
しかし、それについて聞くつもりはない。
まずは、目の前のこの剣に付与された効能が聞きたくて仕方がなかったのだ。
「やっぱり、ベル兄様なら気づきますよね。……この剣には『俊敏力』の付与を与えています」
「俊敏力」という単語にベルは首を傾げる。確かに、ふつうの「ステータス魔法」でみられる範囲に「俊敏力」は含まれない。アルの「鑑定眼」を用いて、ようやく見ることが出来る項目だけに、ベルにとっては聞きなれない言葉だった。
「『俊敏力』は体のスピード、俊敏性を表すステータスの事です。ベル兄様は剣を使った戦いはしないみたいですから、攻撃力や防御力よりはこっちの方がいいかなって」
アルは俊敏力という項目の説明をしつつ、どうして俊敏性を高める付与を行ったのかについても説明する。
本来、付与魔法は「HP」「MP」は可視化することが可能だが、他の付与については可視化は不可能。すべてが「体力向上」として総称されていた。
しかし、ベルにはその事よりも気になっていることがあった。
それは、付与の効果についてだ。
「……アル、付与の値は?」
付与の相場として、平均は「+10以下」で「+6」くらいのものだろう。しかし、アルの付与したこの剣に魔力を流した時に感じた効果は、尋常のものではなかった。
「……『+100』です」
「……はぁ」
アルの回答にベルはため息をつく。もはや国宝レベルである「ゴールド」の階級を大きく凌駕し、「プラチナ」に届こうかというレベルの代物だ。
ある程度は予想していたが、改めてアルの異常さを思い知ることになった。
「ベル、ちょっといいかい?」
自室に戻り、ベッドに横になっていたベルの部屋の扉をノックする音が聞こえ、扉の外からはガンマの声が聞こえる。その声からは、心配の色が感じ取れる。
「……どうぞ」
ベルはそう短く返答する。すると、扉が開かれて兄の顔が見えた。
「明日は決闘当日だけど、調子はどうだい?」
ガンマは心配を感じ取らせないように気を付けつつ、笑顔でそう尋ねるが、ベルはすでに兄の心配する気持ちを痛いほど感じ取っていた。しかし、ガンマが普段通り接しようとして入れているのだ。ベルも普段通りに接することにする。
「問題ない」
こんな言葉しか言えない自分を情けなく感じるが、これが自分の普段通りの言葉遣いなのだから仕方がない。
今回の件以前なら、こんなこと気にしなかっただろう。しかし、今のベルは兄の自分を思う気持ちも理解できるし、自分の言葉遣いや気持ちの使い方が下手であったことも理解できるようになっていた。
しかし、理解はしていても自分の行動を変えることができないことに対し、不甲斐ない気持ちであった。
「そうか……、アルにはもう会ったかい?」
「ついさっき」
ベルはアルによって付与された剣へと視線を向ける。
「そうか、それなら私から言うことはないな」
ガンマはベルに笑顔を向ける。そして、それだけ言い残して部屋から出ていった。
部屋に1人残されたベルは、兄のその後ろ姿を見送りつつ、明日のことを考える。
負けることは許されない。彼の人生、いや家族の人生をも左右するような大きな一件だ。
しかし、彼の心にはその事に対するプレッシャーよりも、家族に対する感謝の念でいっぱいだった。これまでの彼なら考えられなかっただろう。
「絶対に勝たねーとな……」
誰もいない部屋の中で、ベルは一人そんなことをつぶやいていた。
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