70.5話 ユリウス冒険譚(7)魔導士編
※『ユリウス冒険譚』の続編になります。
本編には大きな影響はございませんので、興味のない方は読み飛ばしていただいても構いません。
「異端の魔導士」は大陸の中心を目指して旅を続けていました。
道中立ち寄った村々で随員を増やしていった彼らは、今では十数人の集団となっていました。いくら魔法に長けている彼であっても、たった一人で全員を守り切ることはできません。
そこで、彼は自分の後継となるように「忌み子」たちに魔法を教えていきました。
「異端の魔導士」ほどの才能を持つ者はいませんでしたが、彼らは凄まじい勢いで力をつけていきます。今まで虐げられてきたのか嘘のように。
そして、そんな生活を送って大体1年が経過しました。集団は二十人を超えた時、彼はある決断を下します。
「ナノ、10人引き連れて南へ向かってくれ」
ナノとは、最初に彼が随員として仲間に引き入れた少女でした。彼女は水を得た魚のように「異端の魔導士」から魔法を習得し、彼に次ぐ二番目の実力者でした。
「そんな!? 私はあなたと一緒に旅がしたいです」
ナノは魔導士の判断に異を唱えます。今まで、彼の命令には全て従順に従っていた彼女でしたが、今回の命令にはどうしても従えません。それほどに彼の存在は彼女の中で大きなものだったのです。
しかし、魔導士は彼女の言葉に首を振ります。
「君以外には頼めないんだ。……どうも『南』がきな臭い気がする」
魔導士は南の方角に視線を送りながら、彼女にそう伝えました。
彼には「常人には見えないものが見えている」。
それは、1年以上一緒に旅してきた彼女も理解していました。そして、彼が行ったことはほとんどすべてが的中してしまいます。今回、彼が何かを感じ取ったのであれば、南の方角で何か問題が起きていることは明確でした。
「一緒には――無理ですね。分かりました、じゃあ10人引き連れて南へ向かいます」
一緒に南の地へ向かおうと提案しようとして、ナノは言葉を飲み込みました。
それは、彼女が「異端の魔導士」の旅に随伴することで、彼が抱いている真の目的を理解していたからです。
「ありがとう。君には本当に感謝しているよ」
魔導士はこれまでほとんど変えることのなかった表情を少し緩め、去っていく彼女にそう伝えました。
「……それは私のセリフですよ」
ナノが後ろで見送っている彼の方を振り返ることはありませんでした。彼女のその言葉は暗い雲に覆われた空へと霧散し、彼にその声が届くことはありませんでした。
ナノと別れた異端の魔導士は、大陸の中心を目指して進み続けます。
大陸はもともと一人の盟主の元に4つの大国が存在しており、大陸中心には盟主が暮らす立派な王城がありました。その周囲は常に賑わっており、その周辺を総じて「盟主の王城」と呼んでいました。
「盟主の王城」の周囲には、東西南北に向かう「公道」が整備されてはいましたが、それ以外は半径10㎞ほどの大きな森に包まれていました。
しかし、異端の魔導士が生活していた村よりもっと西で生まれた魔族たちによって「盟主の王城」は陥落します。
周囲にあった森は、今では魔族たちの影響を受けて、綺麗な緑の葉から紫の毒々しい葉に変わり、その森では凶悪な魔物たちが徘徊していました。
異端の魔導士はその情報を得て、ある決断をします。
魔の森を目の前にして、魔導士は保護してきた「忌み子」たちに最後の命令を出しました。
それは、「魔の森へは一人で入る」こと。そして忌み子たちに「南へ向かう」ことを命令したのです。
忌み子たちは当然その命令に異議を申し立てます。
あの地獄のような生活から解放してくれた恩人であり、魔物たちと戦える術を教えてくれた師でもある異端の魔術師を一人で魔の森を進ませるなど考えられなかったからです。
しかし、魔導士は彼らにこう言います。
「君達が私を案じてくれていることは素直に嬉しく思う。しかし、ここからは命が危ない」と。
しかし、尚も彼らは食い下がります。
そこで、魔導士は心を殺して彼らを突き放しました。
「君達がいては、何かあった時に私の生存率も下がることになる。……君達は足手まといだ」
彼らはその言葉に返す言葉がありませんでした。それは、その言葉が真実だったからです。
異端の魔導士の性格を考えると、誰かが危険な状況に陥った時、必ず助けようとするでしょう。それは、彼の生存率を著しく下げることに繋がりかねないのです。
そして何より、彼らの魔法の腕は魔導士のそれと比べ物にならないほど劣っていました。
彼らは魔導士の言葉を素直に受け入れました。
後ろ髪を引かれるような思いで、彼らは命令通り南へ向かいます。
一人残った異端の魔導士は、彼らの後姿を静かに見送ります。
「……彼らの未来に幸福がありますように」
そんなことを呟きながら。
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