70話 王女と思考
アルは王城へ向かう馬車の中で、現在自分が置かれている状況を確認していた。
「――アル、何か心当たりは?」
レオナルドは冷たい視線をアルに送る。公爵の息子とはいえ、アルは三男ということで今まで王家に呼び出されたことはなかった。
長男のガンマや次男のベルは幼いころから王城で年の近い王族たちの遊び相手として呼び出されることはあったそうだが。
「……特に心当たりはありません」
アルは、ここ最近の自分の行動を振り返りながらそう断言する。
といっても、心当たりが全くないわけではない。
王都に来てから、アルは色々なことに手を出し始めた。
付与魔法の実験や王都の商店で本を買い漁るなど、11歳の少年としては少し変な行動を取っているという事は理解していた。
しかし、実験に関しては兄であるガンマたちにさえ伝えていないし、周囲には最大限の警戒を取りつつ行っていた。
「ビクトル男爵家」の一件から、本を買いに行く時は尾行や監視の目がないか気にしていた。
――僕の行動がおかしいのは認めるけど、呼ばれる理由としては何も心当たりがない。
アルはそんなことを考えつつも、自分の何か見落としていることがあるのではないかと考えをめぐらせる。
馬車はすぐに王城へたどり着いた。
元々貴族院が王城の近くにあったこともあるが、アルが考え事をしていたことも時間を早く感じた要因の一つだった。
馬車から降りると、見知った顔がそこにあった。
「ガンマ兄様にベル兄様? ……どうしてここに?」
アルとレオナルドの馬車の前に、ガンマとベルが待っていたのだ。
確か、2人は……。
「確か、決闘の準備のために朝から会場を見てくるって言っていませんでした?」
流石に決闘前日は会場の方も慌ただしいだろうし、当事者である2人も念のため屋敷で待機する予定になっており、2人は「今日が最終準備だ」と言って家を出ていった。
――そんな2人がなぜここに?
アルの質問に2人は少し苦い表情を返す。
「それが……、第3王女のラウラ殿下がどうしてもアルに会いたいとおっしゃってね」
「……第3王女殿下がですか?」
何故? という感情を含めつつ、アルはそう聞き返す。すると、ガンマはばつが悪そうな表情を浮かべる。
時は2時間ほど遡る。
ガンマとベルの2人は、会場となる「大広場」に足を運んでいた。「大広場」は貴族エリアと市民エリアを丁度分けるような形で存在しており、どちらのエリアからでも足を運ぶことが出来る場所になっている。
月初めには大きな市が開かれるのだが、それ以外では集会などの大きな催しのために使用されている。
今回のように、貴族同士の決闘などでも稀に使われている。
「――うん、順調に進んでいるみたいだ」
ガンマは会場を一通り見てそう呟く。
ステージとなる部分は既に完成しており、あとは控室となるようなテントと観客席を紐か何かで囲ってしまえば、今すぐにでも開始できる状況になっていた。
ガンマは王都で学園に通っている時に、数回ではあるが決闘の仲介人として参加したことがあるので、このような手続には慣れていた。
しかし、今回の件は「王族」が関係している。
少しでも決闘で行き違いやミスがあってはならない。そのため、普段なら2日や3日で出来るような準備に1週間程度の期間を有していた。
「ここはもう良いみたいだし、王城に顔を出そうか」
ガンマは進捗状況を把握し、もう口出しする必要はないと判断すると、ベルにそんな提案をする。
賭けの対象である「第3王女・ラウラ」に顔見せをするためだ。
「……別にいいでしょ。顔なんか見せなくても」
しかし、ベルからは後ろ向きな答えが返ってくる。
「いや、流石に顔を見せないわけにはいかないだろう。連絡だけして後は放っておくなんてできな――」
ガンマはベルの表情を見て、言いかけた言葉を飲み込んだ。
「――ベル、連絡はしているんだよね?」
まさか、と思ってガンマはそう尋ねる。ベルは右に向けていた視線を大きく逆に向けなおす。
「……行くよ」
「はい……」
普段は悪い口の利き方も、兄として尊敬しているガンマには鳴りを潜めていた。そして、そんなガンマの言葉に反抗することなどできず、言う通りにその後を追っていく。
「――まぁ、そんな事になっていましたの?」
長い銀髪を綺麗にまとめ上げた美女は、婚約者から事の次第を聞きいて少し驚いた表情を向けていた。
「陛下からは何も?」
ベルの付き添いとしてやって来たガンマはそう尋ねる。
普通、ベルから知らせがなくても陛下本人から何かしら伝えられていそうなものだったので、ガンマは彼女の表情を見て不思議に思っていた。
「いえ何も。……ただ、最近は私の部屋に来られないので変だなとは思っていたのです」
ラウラは驚きこそしたものの、ベルに対して怒っているような様子はない。
そんな様子を見てガンマはほっと胸をなでおろす。
「――それにしても、よくホークスハイム侯爵の暗躍に気付きましたね?」
ラウラはベルに屈託ない笑顔でそう尋ねる。
「それはアルの――」
ベルは良い掛けた言葉を飲み込む。しかし、すでに口にしてしまった言葉はもうどうしようもなかった。
「……アル? それはアルフォート君かしら」
屈託ない笑顔のまま、ラウラはそう聞き返す。ガンマ同様にベルも彼女の気にしていない様子に、一瞬気を抜いていた。そのために生まれた失態だった。
こうなってしまっては隠す方がかえっておかしな方向に話が行きかねない。
そう考えたガンマがベルに変わって説明を始める。
「――はぁ。ええ、アルが偶然雇っていた商人が偶然にもそのような情報を掴んでおりまして」
「あら、そうなのですか?……それはとても幸運でしたね!」
ラウラは表情を変えない。
本当に心の奥は何を考えているのか、ガンマには掴みきれなかった。
――本当に天然なのか? それとも……。
そこまで考えて思考を停止する。それ以上は深読みが過ぎるというものだ。
「アルフォート君、今王都にいるのですよね? ぜひ一度会ってみたいですわ!」
その言葉に2人は大きく反応する。
アル同様にガンマたちにも父からの注意がなされていた。それは、「今回の件にアルの関与はなかったものとする」ということ。
――これは、どう返すべきだ?
ガンマが思考を巡らせていると、大きな音を立てて扉が開かれる。入ってきたのは息を切らしたメイドだった。
そして、そのメイドから発せられた言葉に、再びガンマの思考は乱されることとなる。
「――姫殿下! ここに陛下が来られるそうです!」
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