69話 報告と王命
アルはレオナルドが働いている部屋を軽くノックする。
「――何だ? 今は仕事中ですが」
中からレオナルドの声が聞こえる。まさかアルが貴族院に来て居るとは思っていないようで、部下の誰かだと考えているようだ。
「アルフォートです。お話があって来まし――」
「――アル!?」
アルの声を聞いて驚いたのか、アルが言い終える前に目の前の扉が勢いよく開かれた。そこには目の下に隈を作った疲れ果てた様子のレオナルドが立っている。
「どうしてここに?」
レオナルドは目の前に立っている息子が場違いであることを思い出してそう尋ねる。レオナルドは普段の「雑用」に加えて、ベルの一件に対する後始末や決闘の準備と大忙しであったが、アルは随伴しただけで暇を持て余していた。
レオナルドからも釘を刺されていたこともあり、決闘に関しては全く手を出さなかったのでその暇は相当なものであった。
「……実は折り入ってお話が」
アルは真剣な眼差しでそう伝える。アルの表情を見て、レオナルドは少し身構える。
アルの「折り入って」の話がまともなものでないだろうことは、親であるレオナルドとて重々承知だった。
「……中に入りなさい」
ため息とも取れるような一瞬の間を作り、レオナルドはアルを部屋の中に招き入れる。アルと一緒に来ていた執事のセバスだけは扉の外で待機するようで部屋には入ってこなかった。
「――ビクトル家の協力が得られそう? それは本当かい?」
アルは多少の流れを省略はしたものの、ほとんど嘘偽りなく事実を伝えた。ただ、早朝に本人と会ったことや王都に着いてすぐに襲撃されたこと、その襲撃者が「ビクトル家」の者だったことは伏せておいた。
「ええ、手紙もここに」
アルはトーマス・ビクトル男爵からの手紙を手渡す。
その手紙にをザっと目を通したレオナルドは、アルの方に鋭い視線を向ける。
何を考えているのかは手に取るように分かる。
――どうして、この子が男爵と繋がっているんだ? ビクトル男爵が簡単に鞍替えするとは思えない。何か裏があるんじゃないか?
そんなところだろう。
レオナルドの質問に答える形式をとってもいいのだが、聞かれたくないところ、触れられたくないところにまで話が行ってはよろしくない。
アルは先手を取ることにした。
「父上はビクトル男爵がどうして鞍替えする気になったのか、疑問に思っているようですね」
アルの唐突な言葉に、レオナルドは不意を突かれた。
「ビクトル家のノーラさんと仲が良いことは知っていますよね?」
「ああ。確かアリア嬢を通して懇意にしているそうだね」
アルの言葉にレオナルドはそう答える。アリアがグランセル領に来た際、ビクトル家の長女であるノーラも同伴していたことは知っている。そして、アルがアリアやノーラと手紙を送り合っていることも。
「――実は、王都でノーラさんとお会いしまして、その時少し『世間話』をしたわけです。すると、どうやらそのお話が当主であるトーマス様に伝わったようで」
アルの言った「世間話」という単語にレオナルドは一瞬反応を見せるが、アルの言葉を遮るようなことはしない。静かにアルの言葉に耳を傾けていた。
「――で、それがどうして鞍替えに繋がるんだい?」
レオナルドも大体の話の流れを理解した。しかし、あえてアルの口から事実を確認しようとする。
「……わざわざ鞍替えというリスクを負うわけです。何か『ホークスハイム侯爵側』に後ろめたい事でもあるんでしょうね」
「ふむ。しかし、ここには『お話をお願いします』とあるけど?」
レオナルドは一番の核心を突いてくる。
『お話をお願いします』
つまり、アルとトーマスの間で何かしらの「話し合い」が持たれたことが匂わされた文章だった。そう、これこそがアルが一番気にしていた点だ。
まぁ、流石に気付くよね。
「……トーマス様は以前から『鞍替え』を考えていたようで、きっかけを探していたみたいです。その事はノーラさんから聞いてましたので、手紙でその旨を送ったのです」
アルは用意していた回答を瞬時に発する。
普通に考えれば「異常」だ。
そもそも、11歳の少年が男爵といっても「貴族」相手に鞍替えを提案するなどあり得ないことだ。そして、それにビクトル男爵が応えるなど「異常」としか言えない状況だった。
しかし、この「鞍替え」はグランセル公爵側には有利に働くものである事もまた事実。
ビクトル男爵がホークスハイム侯爵陣の中で重要な位置にあることは、レオナルドも理解している。
そんなビクトル男爵がグランセル公爵側に鞍替えすることで、男爵の証言は重みを増すことになる。そして、ビクトル男爵はより強力な後ろ盾を得られる。
つまり、ホークスハイム侯爵側が著しく不利な状況に陥ることになり、他には全てプラスに働くのだ。
「……はぁ、あれほど釘を刺したのに」
レオナルドは呆れたような表情で、アルに視線を向ける。
「決闘には何も手を出していませんよ?」
確かに決闘には何ら手を出していない。
アルが手を出したのは「侯爵の勢力」であり、私的な決闘には何ら関係のないものだ。
「……そうだな。分かった、了承する旨を私から男爵に送ろう」
レオナルドは疲れた表情でそう告げる。しかし、内心で問題視されていた「証人」と相手側の「勢力の減少」という二つの課題を解決することが出来たことに喜んでいた。
しかし、再度たたかれた扉の音でその空気は一変した。
「レオナルド殿、陛下がお呼びです! ……アルフォート殿も同伴するようにとの王命にございます」
その声は、ようやく解決の兆しを見せた問題を押しのけて2人の頭を占領していったのだった。
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