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7話 屋敷での日常(1)




 アルは二歳になった。


 アルが産まれて一年の間は中々帰ってこなかったレオナルドだったが、ここ一年は頻繁に帰ってくるようになった。最近知ったのだが、アルと同じ時期にこの国の王女が誕生していたらしく、レオナルドはそのことで大忙しだったらしい。


 他の家の子のために自分の子を蔑ろにするのはどうかと思うが、王国貴族なら仕方がないのかもしれない。



 二歳になって変わったのは、自由な時間が増えたことだ。

 自分の足で歩ける事がこんなに素晴らしいことだとは知らなかった。部屋を自由に出ることもできるし、食事も屋敷の食堂でとるようになった。


 しかし、アルはそこまで部屋の外に出ることはなく、部屋の中で本を読んでいる時間が多かった。



 また、疑問に思ったことをその場で聞けることも大きかった。


 今までは自分の中で考え消化していたものが、誰かの意見を聞けるのはよかった。ただ、二歳児が細かいことを一々質問するのは怪しまれてしまうので、2歳児らしい質問で数も絞ってだが。







「アル! 元気にしてたかい?」



 アルが本を読んでいると、一人の男性が入ってきた。その男性はアルと同じ金色の髪をしていて、瞳は夕日のように真っ赤だった。



「ガンマ兄様! アルは元気です」



 アルは部屋に入ってきたガンマに微笑みかける。


 ガンマはグランセル公爵家の長男で、現在は執政官としてグランセル領を治めている。年齢はまだ20歳だが、かなり優秀な人物のようだ。


 ちなみに既婚者で、16歳の奥さんがいる。食事の時に顔を合わせる程度だが、綺麗で優しそうな人だった。精神年齢はアルと同じくらいなので、少し親近感を覚えていた。



「そうか、そうか〜」



 ガンマも目尻を下げてアルの頭をなでる。アルが話すようになってからガンマも頻繁にアルの部屋を訪ねるようになった。次男であるベルは現在王都にある学園に通っており、ガンマにとって公爵領にいる兄弟はアルだけだった。


 しかし、勇者鎮魂祭が盛大に行われるということでレオナルドと同じく仕事が忙しく、弟に会いに行くことすらもできないほど職務に追われていたのだ。


 ただ、父であるレオナルドが頻繁に帰ってくるようになったのと、鎮魂祭が終わったことで、アルに会いにくる時間も作れるようになっていた。



 また、ガンマにとってアルとの時間は癒しであり、忙しくても合間を縫って会いにくるようにしていた。


 アルにとっても、質問に真摯に答えてくれるガンマの来訪は嬉しいことであったし、前世で兄弟がいなかったこともあり、ガンマとの時間は楽しみの一つであった。



「アルはもう文字が読めるのか?」



 それはアルにではなく、隣にいたニーナへ向けた言葉だった。ニーナはちらっとアルの方を見て、「はい。そうです」と簡単に答える。その視線には「どこまで話していいものか」というような意味が込められていた。



「ニーナさんや母上が教えてくれました!」



 視線の意味には気づいていないアルだったが、ガンマにそれ以上聞かれると面倒なことになりそうなので、ニーナの言葉に付け加える形でそう答えた。


 ガンマは再度アルの顔を見て目尻を下げる。


 本来、二歳児で本を読むのは異常かもしれないが、日本語に比べると平仮名やカタカナ、漢字といった分類が無いぶん簡単ではあった。


 だからといって、すらすらと読んでいては周囲の人たちに気味悪がられるので、読む速度はセーブしている。そして、ニーナたちが部屋からいなくなったら異常な速度で読み始めるのだ。そのため、もうそろそろこの部屋の本たちは読み終わってしまいそうだった。



「──そういえば、もうそろそろベルが帰ってくる頃だな」



 ガンマは思い出したようにそう言う。

 まだベルとは会ったことがないのだが、噂によると魔法適性が高いということで、王都でも有名人だそうだ。また、この家の人たち同様に顔が整っており、まだ15歳なのに婚約話がよく来るそうだ。



「ベル兄さまはいつ帰ってくるのですか?」


「そうだなー、学園の長期休みがひと月後からだから、それから一週間もせず帰ってくるだろう。」



 アルの質問にガンマはしっかりと答える。


 一か月と少しでベル兄に会えるのか。それまでにはここの本も読み切れているだろうな。








 アルにとって、食事の時間も楽しみの一つだった。


 グランセル公爵家では、鎮魂祭の時のように忙しい時期は別々にとることもあるそうだが、基本的には全員揃って食事をとる。


 今日は、レオナルドが王都に行っていて不在ということで、ミリアとガンマ、兄嫁のアリーナが食卓にはいた。上級貴族の食事というだけあり、食卓に準備されている料理は高級品が多く、お金がかかっていることは容易に想像できた。


 前世では、食事の準備をよく手伝っていたアルにとって、なんの手伝いもせず食事をすることに少し罪悪感も感じていた。


 ただ、料理人の方たちに料理のお礼は毎日言うようにしている。この世界では、食事の前に神様へ感謝する儀式のようなものこそあるが、やはり料理を作ってくれた方たちにも感謝して当然だと思う。



 食後、アルは家族と団欒を楽しむ。この時間は、アルにとって情報収集の場でもあった。



「──隣国の情勢はあまり良くないようで、この街にも少し影響が受けるかもしれません」



 ガンマは現在の情勢についてミリアに説明する。ガンマは王都にいる本妻の子だが、ミリアのことを母として尊敬していた。


 そして、ミリアの意見を聞こうとする態度がよくみられる。



「……そう。先の大戦で連合王国は産業面で大打撃を受けていますからね。我領の特産品でもある絹や紙などが連合王国へ流れることは致し方ありませんね」



 ミリアはそう答える。


 先の大戦とは、南のライシア連合王国と西のツーベルグ魔法王国との戦争のことで、かなり規模の大きなものであったそうだ。


 大陸内では領地が一番小さなライシア連合王国が領地拡大を目論見はじまった大戦だが、魔法を得意とする魔法王国と騎士道を重んじる連合王国とでは、相性的に魔法王国に分があり早々に休戦状態にまでなった。


 しかし、大陸にある連合王国の領地はかなりの被害があったらしく、産業面において大打撃を受けた形となった。



「ただ、絹や紙が流れるだけでなく産業技術も流出するのだけは食い止めなくてはいけません」


「しかし、入国規制を経て入国してきている者たちですので、こちらとしても把握漏れが出る可能性もあり……」



 ミリアの意見にガンマは少し弱気な言葉を返す。


 確かに、入国規制を突破した者たちを領内で注視し続けるとすれば、かなりの人員が必要になるし、情報漏れが起こる可能性も少なくないだろう。


 また、対応を間違うと連合王国との戦争への火種になりかねない。慎重に対処しなくてはならない案件だろう。



「とりあえず、レオが帰ってくるまで街の巡回を強化し、産業施設の者たちに注意を促しましょう。今はそれくらいしか対処できないわ」



 ミリアは少し思案してそう言う。


 ミリアの言う通り、現状すぐに打開策を練られる状況ではない。ことが起こる前に予防策を講じておきたいところだが、外交問題となると公爵であるレオナルドが帰ってくるまで大きな動きはできないのだ。



「わかりました。そのように致します」



 ガンマはミリアの意見通りにするようだ。

 

 といっても、事前に自分の中である程度の案は出していたように思える。そして、ミリアの意見とすり合わせ、対応策を考えるのだろう。








 一か月と言わず、二週間で自室の本は読み終えてしまった。


 隣国への対応でガンマが忙しく、なかなか部屋に来れなかったことや、アルの自由時間が増えたことで本を読む速度を気にしなかったためだろう。



 読み終えてしまっては部屋にこもっても仕方がない。アルは屋敷内を散策することにした。



 まず、向かったのは料理場だ。


 食事の時間はまだまだ先だが、料理場には下ごしらえをする料理人がたくさんいた。そして、アルを見てみな恐縮する。


 アルがここに来た理由は、自分の知る前世の料理を作ってもらうためだ。



「アル坊ちゃん。食事の時間はまだまだ先ですぜ!」



 我が家の料理長であるダンがアルのもとへ来る。しかし、他の者のように緊張している様子はなく、ニーナのように親愛のまなざしであった。



「ダンさん! 実は作ってもらいたいものがあるんです」



 アルは単刀直入にそう言う。



「申し訳ねぇですが、今晩のはもう下ごしらえしちまって……」



 ダンはアルのお願いに申し訳なさそうにそう言う。ただ、下ごしらえは終わっているだろうとはアルも予想はしていた。



「いえ、今日じゃなくていいんです」


「それなら大丈夫ですぜ。じゃあ、何が食べたいんですかい?」



 今日の晩飯の話ではないということで、アルのお願いを聞いてくれるようだ。ダンはアルから可愛らしいお願いが来るだろうことを予想していた。



「じゃあ、お肉をこねて丸めたものが食べたいです。玉ねぎを刻んで卵も入れてください」



 アルは「ハンバーグ」を作ってもらおうと思っていたのだ。


 アルのお願いに、ダンは目を見開いた。ダンは、当然食べたことのある物をお願いされると思っていたので、未知のものをお願いされるとは思っていなかった。



 ──肉を丸める?



「それはどういう物なんですかい?」



 一瞬怪訝な顔を見せたダンだったが、好奇心が勝った。この子は何か面白いことを言っているんじゃないかと思ったのだ。



「お肉を細かくしてこねるんです! でも、味がお肉だけでは面白くないから、玉ねぎとか卵とか色々混ぜて焼いたものが食べたいなぁって」



 ダンの質問に「ハンバーグ」の大雑把な作り方を説明する。あくまで「こんな料理があればいいな」というようなニュアンスで話した。


 アルの説明にダンは真剣に耳を傾ける。


 肉をこねるという手法は聞いたこともないし、考えたことすらもなかった。しかし、魚や芋などではそう言った調理方法があると聞いたことがある。



 ──面白いかもしれない!



「分かりやした! 明日試作したものをみてくだせぇ」



 ダンはアルのお願いを快く受け入れた。



 ──よし! これでハンバーグが我が家のレシピに追加される!



 アルはそう思いながら、「次はカレーか中華を頼もうかな」という思案を巡らせていた。




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