66話 訪問と決断
ベルに『魔眼』の説明をしてから二日が経過した。ガンマとベルは決闘の件もあり最近は忙しそうにしていることが多く、屋敷にいないことが増えていた。
レオナルドとは昨日久しぶりに会った。
カリーナのようにアルが資料を作ったのだと確信していたようで、涙を流しながら褒めてくれた。
もしかするとグランセル公爵家の家訓である「正義」に反するのではないかと不安に感じていたが、どうやら杞憂だったようだ。
しかし、その反面でレオナルドにはいくつか釘を刺された。
一つが資料制作にアルの名前を出さないこと。
現王ユートリウス2世はこの資料が誰の命令のもとに作成されたのか興味を示したらしい。しかし、レオナルドはアルの名前は伏せ、「サルーノ商会」によって作られたもので「ガンマ」によって送られてきたと言い通した。
突っ込まれるとボロが出そうな発言だが、現王はそれ以上の追求はしなかったらしい。
二つ目が、決闘にはアルは関わらないことだ。
そもそも関わるつもりはなかったのだが、アルが関わると外聞がよくないらしい。すでに仲介役として名乗りを上げたガンマはともかく、他の親族が余りに過干渉するとあらぬ誤解を生む。それは、ベルだけでなくアルにもマイナスに働くらしい。
以上がレオナルドから言われたことだった。
レオナルドは帰って来たと思ったら、すぐに王城へ向かった。アルたちが王都へ到着したという話を聞いてこのことだけを伝えに帰ってきていたようだ。
「アルフォート様、お客様がお見えです」
アルが自室で本を読んでいると、一人の使用人がそのことを伝えに来る。
決闘まで3日ほど。
――思ったより早く決断したのかな?
アルはその来客がトーマスだと勝手に想像していた。
すぐに通すようにアルは使用人に伝える。しかし、使用人は「お着替えはしなくて大丈夫でしょうか?」と尋ねる。
特にお洒落をしているわけではないが、外に出ても恥ずかしくはない位の格好はしている。使用人がどうしてそのような事を聞いてきたのかわからなかったが、アルは「大丈夫です」と答えた。
数分もせず来客がアルの自室にやって来た。しかし、その来客はアルにとって予想外の人物だった。
「アル様、お久しぶりです」
「お久しぶり~! アル君!」
そこには、つい最近会った少女と約一年ぶりに会う久しい顔があった。
「――久しぶりですね、アリアさん。……ノーラさんも久しぶりです」
久しぶりに会ったアリアは綺麗なドレスに身を包んでおり、大人っぽい雰囲気を漂わせていた。
12歳、もう少しで13歳になる彼女は大人の階段を順調に登っているようで、その美貌はあらゆる者の視線を釘付けにするほどだった。
「たった1年会わなかっただけなのに、すごく大人っぽくなりましたね。一瞬違う人かと思いました」
「だよね~。アリア、すっごい人気なんだよ!」
「そんな事ないです……」
アルがアリアの容姿を褒めるとノーラもその後に続く。「そんなことはない」と謙遜するアリアだったが、褒められること自体はまんざらではない様子で、照れたように顔を真っ赤にさせていた。
「それにしても僕が王都にいるとよくわかりましたね。誰から聞いたのですか?」
アルはわざとらしくアリアにそう聞く。誰からの情報かなんて見当がついている。
「私だよ! たまたま街で見かけたもんだから」
「そうでしたか。――それは本当に偶然ですね」
アルは少し冷めた視線をノーラに向ける。しかし、ノーラはどこ吹く風と言わんばかりに飄々と受け答えをする。
「……それより、学園生活はどうですか?」
アルは話題を変える。
学園生活についてはアリアから送られてくる手紙に書かれているので、重要な出来事などは大体聞いている。しかし、こうして会って話してみないと気づかないこともある。
それに今日はノーラさんもいるしね。
「――そしたらどうなったと思う?」
「うーん、見当もつきませんね」
アリアに聞いたはずなのに、いつの間にかこの場の会話はノーラの独壇場になっていた。アリアは笑顔で聞き役に徹しており、たまに話に入ってくるくらいでアルが相槌を打つたびにノーラの言葉が飛んできていた。
「――あ、そういえばルーベルト君の話はしてるの?」
ノーラのその一言に、さっきまで笑顔が絶えなかったアリアの表情が一気に固まる。
――ルーベルトさんって、オリオール伯爵家の長男だったっけ。確か、アリアさんに一目惚れしたっていう。
アルはちょうど一年前にアリアがお茶会に参加した時の話を思い出す。この一年でオリオール伯爵家は一段と勢力を増しており、近い将来爵位が上がるだろうと予想されている。その当主は、実績もさることながらその観察眼はなかなかのものらしく、決して悪手を打たない人物だという噂だ。
「――何かあったのですか?」
あえてノーラが話題に出したという事は何かあったのだろう。そして、アリアの表情からそれが彼女にとって良くないことだという事も簡単に想像できる。
「……最近、正式に縁談のお話が来たそうです」
「ルーベルト君ったら学園でも積極的でね。暇さえあればアリアの所に来る勢いだよ」
まぁ、アリアさんの魅力を考えれば当然か。
しかし、どうしてか胸にモヤモヤとした感情が渦巻く。
「……アル様はどう思いますか?」
アルが黙っていると、アリアがそう尋ねてくる。
別にアルがどんな答えを返そうとも現状が変わるわけではない。縁談話についてはその家の者たちが決定を出すわけだし。
客観的に見ればオリオール伯爵家の長男ルーベルトに嫁ぐのは利点しかないだろう。新進気鋭のオリオール家がすぐに衰退する未来は想像しづらい。
友人としては、この縁談について背中を押してあげるのが正解だろう。
しかし、アルは迷っている。どうして迷っているのかは自分でも理解している。
――彼女のことが好きだからだ。
しかし、自分の将来や目指す道を考えると簡単に彼女の事を受け入れることは出来ない。
「――とても良い話だと思います。オリオール家はこれからもっと勢力を伸ばしていくでしょうから。何より、相手側がアリアさんを想っている。客観的に見て断る理由は考えつきません」
アルの言葉にアリアは目を伏せる。
彼女も理解していた。アルが自分の事を選ぶわけがないと。
ただ、心のどこかで期待もしていたのだ。
しかし、その期待も今目の前で崩れ去っていく。
アリアは涙をこらえながら、最後の決意を固めていく。
「――でも、僕はアリアさんに嫁いでほしくありません。……すみません、わがままですよね?」
アリアの決意は、アルの言葉の前に消え去っていく。
「……いえ、わがままだなんて思いません。ずっとその言葉を待っていたんですから」
アリアの目から、これまで堪えていた涙が溢れ出す。
別にアルに「好きだ」と言われたわけではないし、婚約したわけでもない。でも、「嫁いでほしくない」という言葉を受けて、アルとの間にあった壁を一つ乗り越えたような気持ちになった。
「――あの~、私もいるんだけど……」
2人の世界に、取り残されたノーラの声は届かない。
「……まぁ、いっか」
彼女は二人の幸福を祈りながら、少し寂しそうな目を浮かべていた。
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