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49話 訪問者と決闘




「ガンマ様。少しお話があるのですが……」



 ガンマ付きのメイドが、ガンマがアルの部屋にいると聞きやって来た。わざわざアルの部屋にまで要件を伝えに来たということは、それだけ緊急事態であると思われる。


 メイドは部屋に入るなり、ベルが部屋にいることに驚く。アルはどうしたのかと疑問に思ったが、ガンマはそのメイドの態度をすんなりと受け流していた。



「どうかしたのかい?」



 ガンマがそう尋ねると、メイドは思い出したかのように用件を伝えようと視線をガンマのほうへ移す。



「いえ……。それが、ホークスハイム侯爵家の方がお見えになっており、『ベル・グランセルを出せ!』っと仰っていまして……」



 ベルが帰ってきていることを知らなかったそのメイドは、ガンマにどのようにお帰り願うかを聞きに来たようだ。しかし、本人を目の前にして驚いていたというところだろう。



「──何? それは本当かい?」



 ガンマは「ホークスハイム侯爵」というタイムリーな名前に驚きの反応を見せる。しかし、メイドからすればどうしてそのような反応をしているのか不思議そうだった。



「はい。家紋も確認いたしましたので確かです」



 そのメイドは、あらかじめ「ホークスハイム侯爵家」の家紋を確認しているという。かなり優秀なメイドなのだろう。


 しかし、ガンマはその点に関しては特に反応を見せてはいないので、もしかするとこの世界の常識なのかもしれないとアルは予想していた。


 そんなことをアルが考えている間、ガンマは現状を頭のなかで整理していた。そして、少し思案した後、すぐにメイドに指示を飛ばす。



「分かった。まずは屋敷の中へ案内し、西館の応接室へ通すように」


「はい。そのように取り計らいます」



 指示を受けたメイドはすぐにアルの部屋を飛び出し、外に控えていたメイドたちを引き連れて行動を起こしていた。


 指示を出し終えたガンマは、またすぐにアルのほうへ視線を戻す。



「アル、これをどう考える?」



 ガンマはアルに意見を求める。アルとて、現状をすべて把握しているわけではない。アルの予想では、侯爵家のなかで不和が生じているであろうこと、そしてその不和がいずれ親子の仲に亀裂を生むであろうことくらいのものだった。


 しかし、現状このタイミングでホークスハイム侯爵家のほうからコンタクトを取ってきた。それもメイドから聞いた口ぶりでは、当事者のジンクスがである。


 アルは、あらゆる状況を瞬時に検証し、一つの推論を立てた。



「……どうやら僕たちが行動する必要が無くなったようですね。向こうも向こうで状況が変化しているみたいです」



 普通、ベルの一件で疑われているホークスハイム侯爵側からコンタクトを取る事はない。それなのにジンクスはこうしてやって来た。


 単純に考えると、向こうの状況が一気に変化していると思われる。



「そのようだね。でも……」


「ホークスハイム侯爵にとっては正にイレギュラーな行動でしょう。罠の可能性も、まず無いでしょう」



 ガンマの言葉の末部に繋げるようにしてアルは言葉を発する。


 ガンマが気にしているのは、このジンクスの訪問がホークスハイム侯爵側による「罠」という可能性だ。しかし、侯爵本人ではなくその息子が一人でやってきている点や、あえてグランセル公爵邸にやってきている点を踏まえると、罠である可能性は限りなく少ない。



「──と言っても、ベル兄様が決めて下さい。僕としてはこの流れに乗っても乗らなくてもどちらでも大丈夫だと思います」



 アルはベルに決定権をゆだねる。


 これはアルではなくベル本人が決めるべき問題だ。そうでなければ、これから起こるであろう諸問題の対処についてベルの意思が尊重されなくなってしまう。


 故に、アルはベルにその決定権をゆだねたのだ。



「……俺はもう逃げねぇ」



 ベルはあまり話に入ってくることはなかったが、話自体は食い入るように聞いていた。それ故に、アルの考えも自分がなすべきこともしっかりと理解していた。



「それじゃあ、まずは私とベルの二人で会うことにしよう。それでいいかい?」


「はい。僕が出ていくのは避けたほうがいいですね」



 ベルの答えを聞いて、ガンマは自分とベルの二人でジンクスの対応を行うことを提案する。ジンクスと面識があるベルに、次期当主であり現在公爵邸のなかである程度権力を有しているガンマの二人で対応するのは最適だった。



「兄上……感謝している」



 ベルが珍しく感謝の気持ちを言葉にする。


 その瞬間、部屋のなかのすべてのものが、時間が止まったかのような錯覚を覚える。そして、その感謝の受け手であるガンマも例外ではなかった。



「──はっ、これは夢ではないのか!」



 ガンマは弟からの感謝の言葉に一瞬気を失いかけていたが、すぐに復活する。そして、この瞬間が夢ではないか手をつねって確認していた。


 いくら嬉しいとはいえ、少し心配になる光景だった。



「……クランさんも付けた方が良さそうですね。お願いします」


「分かりました。後ろで控えておきます」







 アルの部屋を出ていったガンマ、ベル、クランの三人は、執務室で待っているはずの客人のもとへと歩いていく。


 客人とはいってもこちらから招いたものではないため、そこまで急いで向かわなくてもよいのだが、ベルの件であることは火を見るよりも明らかなので、すぐに向かうことにしたのだ。



 ガンマたちが執務室の前へたどり着くと、控えていたメイドが扉を開ける。三人の目に飛び込んできたのは、くすんだ茶色の髪の肥満男性だった。



「待たせてすまないね。確か、君はホークスハイム侯爵家の……?」


「ジンクスだ。ガンマ・グランセル殿」



 横柄な態度を何とか隠しているジンクスであったが、ベルを目の前にすると怒りが込み上げてきた。相手は次期公爵ということもあり、それなりに仲良くしておく必要があるのだが、少し失礼な態度になってしまっていた。



「そうだったね! ──で、ベルに会いに来たらしいね。先触れくらいは出して貰いたいものだ。ベルも私も暇ではないんだからね」



 ガンマも彼の態度を受けて、少し挑発的な言動をする。あまり賢くないジンクスだったが、さすがにガンマの言葉からこちらへの敵意を感じ取った。


 普段はやさしいガンマだったが、自分の弟を間接的とはいえ害している存在に対して、口撃の一つや二つはしておきたいと思っていた。



「それは申し訳ない。こちらも色々と忙しくてね」



 ガンマの口撃に少し怯んだジンクスだったがすぐに対抗する。しかし、その対抗心がガンマやクランの中にある「疑惑」を「確信」に変えた。



「そんなことはどうでもいい。俺に用とはなんだ?」



 二人の口撃を後ろで見ていたベルだったが、会話に割り込むようにジンクスにそう言い放つ。ベルにとってはそこまできつい口ぶりというわけではなかったが、ジンクスにはその態度が挑発的に映っていた。


 そのため、ジンクスはキッとベルを睨みつける。



「……ベル・グランセル。お前には言いたいことが山ほどある」



 ジンクスは忌々し気にそう言い放つ。しかし、その言葉は要領を得ないものであり、駄々をこねる子供の様だった。


 そして、睨みつけた視線を自分の足元へ移す。



「なぜお前のような粗暴な奴が、第3王女殿下──ラウラ様の婚約者なのだ! ……なぜ、私ではなく」



 語尾に行けば行くほど言葉の力は無くなっていく。彼もこの話をすることが自身にとってマイナスになることは理解している。しかし、ベルを目の前にして言わなくては気が済まなかったのだ。



「言いたいことはそれだけか?」



 ジンクスの発言に対して冷たい視線を送っていたベルだったが、あえて彼を挑発するかのような言動をする。今までのベルであれば、このような態度をとることはなかったはずだ。



「――貴様!!」



 ジンクスは、ベルの挑発にたいして憤りを抑えられなかった。そして、この場において一番の悪手を打ってしまう。



「……これは?」



 ベルは自分の足元に投げつけられた手袋に視線を送りながら、その真意を尋ねる。

 

 この行為は「決闘」を相手に申し込む際の公的な行動だ。彼とてそのことは理解しているはずだった。



「私はお前に決闘を申し込む! もし、貴様が負ければ婚約を破棄しろ!!」



 ジンクスは感情のまま決闘をベルに申し込む。しかし、この展開こそがベルが思い描いていたものであるとは、彼は全く気が付かない。



「……話にならねぇな」


「な!?」



 ベルは、ジンクスに対してそう言い放つ。当然のように決闘を受け入れると思っていたジンクスはベルの言葉に耳を疑う。


 しかし、この場において正式な作法を理解していなかったのはジンクスの方だ。終始二人の会話を聞いていたガンマが、たまらず間に入る。



「決闘とはお互いの条件が平等でないと成立しないからね。……ジンクス殿、貴殿はベルに負ければ何を差し出すつもりかな?」



 決闘とは、お互いに対等なものをかけるものである。あの状態でベルが決闘を受けて、仮にジンクスが勝利したとしても、それは決闘ではなくただの略奪だ。



「……何を望んでいる?」



 ようやく理解したのか、ジンクスはベルに対価となるジンクス側が賭けるものをベルに尋ねる。ベルはその言葉に一瞬も考えるそぶりを見せず即答する。



「──侯爵家から縁を切れ」


「な、何!? そんなこと、できるわけないだろう!」



 ベルの要求にジンクスは目を見開いて激高する。しかし、はたから見れば相応な賭けの内容だった。ジンクスが思っている以上に「第3王女の婚約者」という地位は安くはない。



「それなら、この決闘は受理できねぇな。まぁ、どうせお前に勝ち目はないがな」



 状況を全く理解できていないジンクスに、ベルはなおも畳みかけるかのように挑発を繰り返す。



「……そこまでコケにされては引き下がる訳にはいかない。その条件でいいだろう!」



 勝ち目はないと面と向かって言われたジンクスは、ベルの挑発に突っかかる。そして、ベルの条件に対して、何の交渉もしないままに条件を受け入れてしまった。


 決闘が決まったことで、ガンマは仲介役の任を引き受ける。



「日時は今日から二週間後。場所は王都。武器や魔法、その他何でもあり。……これでいかがかな?」


「それでいい。……首を洗って待っておけ! ベル・グランセル!!」



 ジンクスは日時と場所を確認すると、すぐに部屋から去っていった。


 ジンクスの運命は大きく狂い始めていた。






今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


今回はジンクスの訪問と、ベルへの決闘の申し込みシーンを書かせてもらいました。魔法の才能があるベルに対して、決闘を申し込むとは何か秘策でもあるのでしょうか……。



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