47話 崩壊のはじまり
「陛下、ホークスハイム侯爵よりお手紙で御座います」
宰相であるクラディールは、ホークスハイム侯爵から手紙が届いていることを伝える。
アイザック国王であるユートリウス2世は行っていた執務を一旦止め、侯爵から届いたという手紙に意識を向ける。
国王は侯爵からの手紙の内容について、ある程度予想はできていた。
そのため、あえてその手紙を受け取ることはせず、宰相にその手紙を開けさせて先に読むように指示する。指示を受けた宰相は慣れた手つきで手紙の封を切り、黙々とその内容を確認する。
「──して、あちらの要求は?」
「第5王女の婚約者として長男のジンクスを推挙する、というもののようです」
国王は呆れたように嘲笑する。
「……ふん。あやつ、思惑通りになって満足といったところか」
「どうなさいますか?」
宰相の問いかけに、国王は考え込む様子もなく一蹴する。
「……どうもせん。もし侯爵があやつらよりも上手ならば、それはそれでよいことだ。第5王女を降嫁させても問題なかろう」
国王にとって使える人物であるなら、ある程度の策略には目をつむるということだ。王族として、誇り高くあれという教訓からは逸脱した思想であるが、宰相はそのことを指摘しようとは思っていなかった。
自らが仕える相手の性格くらい、仕える前から把握している。
「陛下はグランセル公爵家が何か行動を起こすと?」
宰相は国王にそう尋ねる。
国王の口ぶりでは、現在の状況をグランセル公爵家が覆せるかどうかに焦点を置き、その結果いかんにかんして国王としての立ち位置を決定しようと考えているように解釈できる。
グランセル公爵側もホークスハイム侯爵の策略に、ある程度気が付いていることだろう。しかし、ここまで何の報告も上がってきていない以上、決定的な証拠となり得る情報までは手に入れていないと思われる。
つまり、グランセル公爵側には現状を覆せる「切り札」はないと宰相は考えていた。
「……どうであろうな」
国王は宰相の質問に曖昧な回答をする。しかし、宰相は国王の表情から何となくその言葉の意味を察する。
国王は現状の何手も先を見ている。
しかし、宰相はその言葉の真意までは読み取ることはできなかった。
「先に行動を起こすのはどちらかな……」
国王はニヤリといたずらな笑みを作りながら、この先起こるであろう未来に思考を巡らせる。ここまで、全ての状況が国王の予想を超えない範疇にある。現状を覆せないまま、ホークスハイム侯爵の策略が実を結ぶか、それとも──。
◇
「──なぜ返事がこないのだ!」
ホークスハイム侯爵家では、いつものように当主の大きな声が響き渡っている。侯爵家と言っても落ち目の貴族家であり、大きな屋敷を持っていないというのもその原因ではあるのだが。
侯爵が大きな声をあげているのは、王家からの返答が一向に送られてこないという、彼の計略にとってはあまり芳しくない状況に陥っていることが理由だった。
王都からホークスハイム侯爵領まで早馬で大体一週間程度。往復で長く見てもニ週間と少しといったところだが、侯爵が手紙を出してからすでに三週間が経過していた。
自然災害や悪天候が続いているという情報は侯爵の耳に入ってきていないため、王家があえて返答を遅らせているということは明らかだった。
全て自らの思惑通りに進んでいると過信していた侯爵にとって、この遅れは想定外だった。そのため、このように憤りを隠せないほど追い詰められていたのだ。
しかし、侯爵の思惑とは裏腹に、すでに状況は変化している。
「ゲルノス様!」
侯爵が計画を再確認していると、扉が大きくノックされ、執事が部屋に入ってくる。執事は走って来たためか息を切らしており、事の重大性が顕著に表れていた。
しかし、思惑通りに事が進んでいないことに少なくない焦りを感じていたホークスハイム侯爵は、執事の様子など気にも留めておらず、すぐに怒号を投げつける。
「なんだ貴様! 騒々しいぞ!」
怒号を受けた執事は一瞬怯むが、事の重大性からすぐに立て直し、主人であるホークスハイム侯爵に凶報を知らせる。
「それが、ジンクス様がいらっしゃらないのです! 奥様にも尋ねましたが、行き先が分からないそうで……」
「何!?」
思わぬ報告にホークスハイム侯爵は驚きを隠せなかった。自由奔放に育った長男のジンクスだが、屋敷を出る時は、必ず父親であるホークスハイム侯爵か母親に外出する旨を伝えていた。
そんなジンクスの勝手な外出に、侯爵は嫌な予感を覚えずにはいられない。
「どうやら数人の使用人と騎士を連れて、馬車で出掛けられたようで……」
執事は侯爵に報告を続ける。しかし、ホークスハイム侯爵の頭の中にはそれらの情報は全く入っておらず、息子であるジンクスが何を考えているのかについて思案を巡らせていた。
そして、一つの推論に辿り着く。
「あいつ……! おい、すぐに連れ返せ!」
「連れ返せと言われましても、行き先が分からなければどうしようも……。それに、馬車はジンクス様が使われておりますし……」
「行き先は王都で間違いない!」
行き先については当てがある侯爵だが、馬車を見繕うには時間が必要になる。
しかし、事は一刻を争う。もしジンクスが下手な行動をすれば、今まで積み上げてきたものが全て消え去ってしまうだろう。
「くそ! 仕方ない、これから王都へ出向くぞ!」
焦った侯爵は自ら王都へ向かうことにする。馬車は用意できなくても、馬はすぐに用意できるはずだと侯爵は考えた。
貴族としてはあまりよろしくないが、馬で息子の後を追うことに決心する。
「そんな!! ゲルノス様本人が出られると領内の事はどうすればよいのですか!」
「そんなものお前が何とかしろ!」
ホークスハイム侯爵自らが出向くということで、執事はこれから先の執務を誰が行うのかと焦りを露わにする。しかし、ホークスハイム侯爵は「そんなことは知ったものか!」という態度で執事の言葉を一蹴する。
そして、馬に乗って自領を後にするのだった。
「……国王に謁見できれば、そこで返答もいただけるだろう。丁度いいではないか!」
息子を追う道中、侯爵は妙案を思いついたかのようにそう呟く。
しかし、侯爵はこの時点でいくつかのミスを犯していた。
そして、そのミスは侯爵の計画を破綻させ、遠くない未来で自らの行動を恨むほどの致命的なものになるとは、今の侯爵は気付きようもないことだった。
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