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44話 旅路と変化




 ベルの婚約話が正式に発表されてから約三週間が過ぎた。



 アルが自分の部屋にいると、外から大きな足音が聞こえてくる。

 何かあったのかとアルが扉の方に視線をやると、その扉はすぐに開かれ、息を切らせたニーナが入ってきた。



「ベル様が帰ってこられたそうです!」


「本当ですか!?」


「はい! もうじき領内に入られるとか」


「ニーナさん。すぐにガンマ兄様の所へ行ってそのことを伝えてください。騎士団を付けると怪しまれますから、クランさんだけを向かわせるように、と」



 本当は自分で向かいたかったアルだったが、アルが外に出ることはまだ認められていなかった。

 そのため、騎士団に入っているカイン以外で、アルが大きな信頼をしているクランを向かわせるように進言させた。


 ガンマであれば、アルの言わんとしている意図を理解してくれるという確信が確かにあった。



「分かりました!」



 ニーナはアルの言葉を受けて即行動に移す。

 前まではお姉さんのような存在だったニーナだが、いつの間にかアルの第一の臣下として行動を起こすようになっていた。

 また、ニーナは口が堅く、義理堅い性格をしているので、アルも全幅の信頼を置いていた。



 ──さて、ベル兄様が来たという事は()()が必要かな。


 アルは、一番奥の本棚にある引き出しから何枚かの資料を取り出す。これこそがベルを救う足掛かりだと信じて。






「──ベルが帰ってきた? それは本当か!」



 ニーナから報告を受けたガンマはそう聞き返す。普通、こんなタイミングで帰郷するなど誰が思うだろうか。


 しかし、ニーナはさらに続ける。



「本当です! あと、アル様が騎士団ではなくクラン様一人を向かわせるべきだと」


「そう、だね。……うん、クランにそう伝えてもらえるかい? 多分、執務室で資料を作っていると思うから」


「はい!」



 ニーナは一つ大きな深呼吸をして、また走り出した。

 今日何回目の全力疾走だろうか。彼女の走り姿を見送ったガンマは、すぐにアルの部屋に向かう。


 特に根拠があるわけではないが、この件にアルが絡んでいる。


 ガンマはそんな直感に従って、アルの部屋のある東館へと歩を進めたのだった。







「ベル様、もうじき街が見えてきます」


「そんなこと、見たら分かる」



 馬車のなか、ずっと眉間に(しわ)を寄せながら過ごしていたベルに恐る恐るそう伝えた従者だったが、ベルはそれを軽くあしらう。

 道中のベルへのストレスを考えるとそんな言動になるのは当然だった。



 寄る街々、すべての場所でベルの悪評が聞こえてきた。


 今回の旅路、川で行水をするとき以外にベルは馬車の外に出ることはなく、宿に泊まることもしなかった。

 馬車は質素なものをあえて選び、なかに公爵家の子息であるベルが乗っているなど考えられないような、そんな外観だった。



 しかし、そのことも彼のストレスに繋がってしまった。



「……そうですよね。申し訳ありません」



 従者はベルの言葉を受けそう答える。その答えを聞き、ベルも「しまった」と感じる。


 ストレスを受けているのは自分だけではない。

 彼らは、なかにいる人物を気取られないように細心の注意を払いながらの行動を余儀なくされていたわけだ。



「いや……何か変化があれば何でも話せ。お前らが俺の目であり耳だ」


「え……はい!」



 従者はベルの言葉に一瞬驚きの顔を見せたが、すぐに元気よく返事をする。不器用だが、従者を気遣う気持ちを持っているということが分かったからだ。



「──ん? ベル様、前方から馬に乗った人物が向かってきます。お知り合いでしょうか?」



 従者は前方からこちらへ向かってくる存在に気が付き、ベルに報告する。

 ここは街へ向かう大きな道なので、誰かとすれ違うことは多いのだが、従者が報告するくらいだからおかしな点があるのだろう。


 ベルは重たい腰を上げて、前方からやってくる人物を目視する。



 茶色い立派な馬に跨り、それなりに上等な服を着こんでおり、腰には剣を携えている。



 確かに、不審な人物だろう。ただ……。



「──あれはクランだな。父上が最も信頼している部下の一人だ。おそらく、俺が向かっていることを察知してやって来たんだろうな」



 しかし、どうやって察知したのやら。以前までは誰かが迎えに来ることなどなかったのだが。



 ベルは向かってくるクランを見ながらそんなことを考えていた。

 ただ、ベルの到来をいち早く察知したのはニーナであり、今向かっているクランではないことなど今のベルには知る由もなかった。









「ガンマ様の命令でやってきました。グランセル公爵家臣下のクランです。……訪問されるご予定の方の馬車で御間違いないでしょうか?」


「……」


「では、屋敷までお連れ致します」



 クランは一つ尋ねた後、馬車の反応がないにもかかわらず踵を返し街の方へと向かった。どうしてこのような対応が取れるのかは、アルしか知らない彼の特異体質のためだ。



「ベル様。あの方、どうして馬車に気付いたのでしょうか」



 先ほどからベルと会話していた従者がそう尋ねる。

 普段なら「そんなこと知るか!」と一蹴されてもおかしくはないが、今のベルは違った。



「さあな。クランは昔からそうだ。なんでも見透かされているように感じるほどに勘がいい」



 昔からクランは勘が良い。

 正確に言うと、こちらにそう錯覚させると言えばいいのか。ベルにとって彼は不気味な存在という印象が植え付けられていた。








 街に入る際、本来なら馬車のなかを確認する必要がある。

 それは、領主でもその家族であっても変わらないグランセル公爵家の普遍的な制度だ。



 しかし、ベルの乗る馬車を確認した衛兵は気を利かせてなのか、馬車の外に出すことはしなかったがベルのことを一般人として扱った。

 腫れ物に触るような対応をされても文句など言えない立場なのだが、今のベルにとってはありがたい行動だった。



 そして、やっとのことで屋敷までついた。


 従者との会話で、ストレスを感じているのは自分だけではないと理解したからか、街の人々の反応が気にならなかったのはベルにとって一番の変化であった。



「お久しぶりです。ベル様」



 屋敷で迎えてくれたのは、アルのお世話役をしていたメイドのニーナだった。

 アルの影響を多分に受けている彼女は、ベルに対して悪い感情を持たない数少ない存在だ。



「……あぁ、久しぶりだな」



 ニーナのことはそれなりに信頼に足る存在だと理解はしているが、ベルの口調はどうしてもとげとげしいものになってしまう。

 完全に心を許したと言えるほどの信頼は置いていないからだ。



「お帰りになられて早々に申し訳ないのですが、アルフォート様が心配なされていたのでお部屋に行ってあげてください」


「そうか……分かった」



 ベルはニーナからそう伝えられて、一直線にアルの部屋へ向かった。今回の帰省の目的のために。





今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


全開に引き続きベル回です!ベルも、少しずつ変化しています……。優しく見守ってあげてください!



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