39話 臣下の気苦労
グランセル公爵領は、現在1つの大きな問題に直面していた。
「……やっぱり、そう上手くはいきませんね」
「そう上手くいくはずがないさ」
ガンマとレオナルドは、机の上に広げられた資料を前に頭を抱える。食料品の市場への流通量が書かれた資料には、明らかに右肩下がりのグラフが描かれている。
「以前考えた対応策でも変化はありませんから。どう対応したらいいものか……」
ガンマがそう嘆く。すでに色々と対応策は出しているし、それでも効果が得られないことに、彼は焦りを感じていた。
「そうだが……。まだそこまで深刻な問題とまでは至っていない。原因が分かっていない以上は後手に回るのは仕方がないことだ」
レオナルドもガンマ同様焦りを感じていた。しかし、今回の飢饉は原因がはっきりとは判明していなかった。天候に恵まれていないわけでもなく、収穫量の減少は徐々に悪化していったのだ。
「遅れて、申しわけありません」
ガチャッと扉を開けて、レオナルドが厚い信頼を置いている臣下であるクランが部屋に入ってくる。
「市場の調査はどうだった?」
レオナルドは入って来たばかりのクランにそう尋ねる。クランには、市場の調査を任せており、この場にある資料も彼が作成したものだった。
「やはり食料品の流通が滞っております。また、それに伴い物価の方も上昇しており、市民の負担は大きくなっております。……輸入策に関しても、関税等により比較的割高なこともあり、市民の間では購入への葛藤があるようで」
つまり、これまで講じてきた対応策では現状の改善には至らないという事だ。輸入策に関してはもう少し効果があると見込んでいたレオナルドとガンマからすると、非常に耳が痛い報告であった。
「ふむ。……畑と家畜の方はどうだ?」
レオナルドは市場の調査に合わせてクランに任せていた、生産業の現状調査について尋ねる。
「双方ともに収穫量が減少していることは確かなようです」
という事は、商人側だけの問題ではないという事だ。少なくても、天候以外の問題で収穫量が落ちていることは確かであり、その副産物として商人の売値の上昇が起こっているようだ。
「――ただ、資料に書かれているほどの減少はないそうです」
「……つまり、商人側が意図してこの現状があると?」
「おそらくは」
つまり、収穫量自体の減少に合わせ、商人側の市場への食料品の流し渋りがあるという事だ。おそらく、これ以上収穫量が減少しては困るからという事だろう。
「……では、商人と交渉するしかないのでは?」
「いや、商人との直接的な交渉は避けたい」
商人との直接的な交渉を行うことで、少なくない費用の代わりに現状も多少の好転が見られるだろう。しかし、それは商人の自由性を損なう行為であり、商人側もよく思わないだろう。短期的な状況の好転のために長期的な信頼を失うのは避けたい。
「私に一つ提案がございます」
これまで、レオナルドに聞かれたことに対して調査内容を報告するだけだったクランが、唐突にそう発する。レオナルドとガンマの視線は無条件でクランの方へ注がれる。
「――お前の提案か?」
レオナルドはクランにそう尋ねる。彼は数年前から唐突に意見を言うようになった。しかし、その意見は現状を打破し得る可能性の高いものばかりだった。
クランのことを信頼しているレオナルドだったが、最近のクランについては多少の疑念が生まれているのも確かだった。
「……はい」
レオナルドの問いに対して、クランはそう応答する。クランとて、レオナルドから疑念を覚えられていることは承知だった。しかし、アルから自分の意見として話すようにと言及されては、そうせざるを得なかった。
「……分かった。ではその提案を聞かせてもらおうか?」
レオナルドは彼の表情や応答から疑念をさらに深める。しかし、現状を打破し得る可能性のために、今は追及することはなかった。
「では、ご提案させていただきます……」
クランはレオナルドの言葉を聞き、アルから伝えられていた対応策を二人に話した。
クランの提案した対応策を実施し、たった1か月で事態は急変した。
「食料品の流通が改善されているな」
目の前の資料に目を通したレオナルドはそう呟く。ガンマも資料に目を通し、現状の改善に言葉を失っていた。
「クランの提案してくれた対応策のおかげだ」
「いえ、私はそんな……」
「謙遜しなくていい。……それにしても、商人がこうも簡単に動くとはね」
クランの対応策はそう複雑なものではなかった。
関税を一時撤廃することで、安価で大量な食料品が領内に入ってきた。そして、その食料品を公爵家として最安値で市場へ流したのだ。
すると、商人たちは公爵家の出した価格に対抗するように比較的安価な値段でため込んだ食料品を市場に流し始めた。そうして、早々に公爵家は市場から撤退するが、後に商人同士で価格競争が激化し、市場には多くの食料品が流通するようになったのだ。
「ええ。クラン様様ですね」
ガンマも不気味な笑顔をクランに向ける。
その笑顔に人知れず冷や汗を流すクランであった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
クランの板挟み感が可哀そうな回でしたね。
これまでタグに「内政」と書いていたにも関わらず、内政らしきものを一つも書いていなかったので、今回このように内政パートを書かせてもらいました。
「内政」とは、なかなかに難しい分野なのだと改めて感じました……。