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36話 五年越しの思い




「そうだけど。君は確か給仕係の?」



 アルの問いかけにクルーンは肯定しつつそう尋ねてくる。確かに、さっきこの人にも飲み物を入れた記憶がある。



「──いえ。申し遅れましたが、僕はグランセル公爵家3男のアルフォートです。訳あって今日は給仕をしておりました」



 グランセル公爵家と聞き、クルーンは一瞬体を震わせる。そして、さっきまで見せていた余裕そうな面持ちは消え失せ、顔色はどんどん青白くなっていく。



「……そう、でしたか。あぁ、そういえば、マリー様に呼ばれていたことをすっかり忘れておりました。すぐに向かわなければなりませんので、私はこれで失礼させてもらいます」



 クルーンは早口にそう言うと、すぐにその場を離れようとする。アルも彼を引き留めようとは思っていないが、一言だけ彼に伝える。



「あまり、浮名を流すのはやめられたほうがいいですよ。……取り返しがつかなくなりますから」







 クルーンのステータスを鑑定した時、スキル欄に「口説き」や「性交渉」のスキルが生えていた。今までこのスキルが生えている人を見たことがなかったので、我を忘れて声をかけてしまったのだ。



 マリーさんにバレてないかな……。



 アルは恐る恐るマリーの方を見る。すると、ばっちりと目が合った。


 後が怖いが、ただ、今はそれどころではない。



「アル様……。お久しぶりです」


「ええ。お久しぶりですね」



 アルとアリアは実に5年ぶりの会話をする。



「「…………」」



 しかし、二人の間に会話はなく、重々しい空気が立ち込める。


 これではいけないと思い、アルは会話のきっかけを考える。確か、さっき使用人の人が……。



「庭」


「え……?」



 アルのつぶやきにアリアが反応する。アルが何を言ったのかは聞き取れなかったらしく、彼女の素の反応だっただろう。アルはふるふると首を振る。



「屋敷の庭、手入れをされているそうですね」



 アルはさっき使用人に聞いた話をアリアに聞く。アリアは「えぇ」と少し下を向きながら答える。その姿は5年前のそれと変わらない。



「とても綺麗な庭でした。我が家の庭は世界一だと思っていましたが、あなたの庭はそれ以上に魅力的だと思います」



 アルはアリアにそう伝える。どうしてアリアが庭の手入れを始めたのか、アルは全く理解していない。しかし、アリアにとってその言葉は何よりも嬉しく、何よりも自信となる言葉だった。



「はい……。ありがとうございます!」



 アリアの目には涙がたまっていたが、アルはその涙の理由に気付くことはなかった。







「貴方、約束破ったわね?」



 パーティーが終わると、そのままの衣装でマリーはアルの元へやって来た。アリアのことで少し忘れかけていたが、そういえばそんな約束をしていた。



「そうですね」



 ただ、反省するつもりはない。おそらく彼女の目的は達成されているだろうからだ。



「ふふっ。反省するつもりはないって顔ね」


「ええ。貴女の目論み通りでしたからね」



 彼女はあの現場をずっと監視していただろう。それなのに手を出さなかったのは、アルに動いてもらうため。そして、その思惑通りアルは行動を起こした。



「賢い子は嫌いじゃないわ。でも、次にあの子を泣かせたら……」


「申し訳ありませんが貴女の要望には添えません」



 アルは、マリーの言葉を遮るようにそう言った。これはアルの本心からの言葉だった。



「そう……。わかったわ」



 マリーはあっさりと引き下がる。



「あの子には──」


「もう伝えています」



 マリーはそれ以上何も聞いてくることはなく、「そう……」とつぶやいて部屋を出ていった。







 マリーが向かったのは妹の部屋だった。いつもはノックもせずに入るのだが、今日は扉をノックする。



「どうぞ……」



 部屋からアリアの声が聞こえる。その声からは彼女の心情までは読み取ることができない。


 マリーはゆっくり扉を開く。部屋のなかは、彼女の机に置かれている間接照明の光だけで、少し薄暗かった。



「お姉様でしたか」



 部屋に入ってきた人物を見て、アリアは優しく笑う。そして、部屋の窓のから見える庭に視線を戻す。おそらくパーティーが終わってからずっと見続けているのだろう。



「アル様を呼んだの、お姉様ですよね?」



 視線は庭に注がれたまま、アリアはそう尋ねる。彼女の雰囲気から察するにいい返事だったとは思えない。



「ええ」



 マリーは彼女の気持ちを探りながら、そう答える。



「やっぱりそうですよね」



 マリーは「どうだったの?」と聞きたい衝動を何とか抑え込む。あの表情からいい返事がもらえたとはどうしても思えなかった。しかし、彼女の表情には絶望だけではないように思えた。



「お姉様が5年前に言ってくれた言葉。覚えてます?」


「ええ。覚えているわ」



 5年前、アリアに言った「理解するために努力をする」という言葉。おそらくあの言葉をさしているのだろう。



「あの言葉、本当でした。私、アル様のことを何も知らなかったんです。だから、庭を手入れしてアル様がどんな感性を持っているのか、知りたいと思っていました」



 アリアは重たそうに瞼を閉じる。彼女の瞼の裏にはどんな景色が広がっているのか、マリーには全く想像がつかない。アリアと10年ちかく一緒にいたのに。



「アル様、綺麗なお庭だって言ってくれました。私、その言葉を聞いてとてもうれしかったんです。でも、分かったんです。まだまだ知らないことばかりだって」



 アリアは喉に何かが詰まったように言葉を留める。そして、それは詮を外してあふれ出る。



「アル様、今は私と結婚する気はないそうです」



 やっぱりそうか。

 それがマリーの感想だった。アルの口ぶり、アリアの態度を見ていれば何となく分かっていた。しかし、アリアの言葉は続く。



「でも、『またお庭を見せてもらってもいいですか?』って」



 アリアは微笑んでいた。


 細く頼りないが、確かに一本の細い糸がアリアには見えていた。そして、その糸が切れてしまわないように、見失わないように必死に握りしめていた。




今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


アルとアリアの関係はこれからも続いていきそうですね。アルは、彼女に歩み寄ることを決意してみたいです。


そして、マリーの言葉は本当でしたね。


「理解するために努力する。」


なかなかできることではありません。

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