22話 本当の理由
アルは4歳になった。
4歳になって大きく変わったのは、次男のベルが学園を卒業したことだ。
貴族の令息は基本的に12歳から18歳までの6年間学園に通い、平民の子供たちは8歳から12歳までの4年間学園に通うことになっている。
しかし、貴族社会で適応しづらいと家族が判断した場合は、貴族の令息であっても8歳から学園に通うことがある。また、8歳から12歳まで学園に通った子供たちのなかで、成績優秀者は12歳以降も学園に通うことができるという制度もあり、貴族優位ではあるものの平民も高度な学習を受けることができた。
ベルは、公爵家のなかで浮いた存在だったこともあり、公爵領から半ば逃げるかのように8歳から学園に通いだした。
そんなベルも学園を卒業し、王都で王宮魔術師として無事就職できた。そのこともあり、最近は公爵領に帰ってこれなくなっていた。
「そう言えば、トールさん以外の庭師はいないのですか?」
アルは、カインと中庭で日課の訓練をしていた。そこで、ふと疑問に思ってカインに尋ねたのだ。
グランセル公爵家の庭は専属庭師のトールだけで管理されていた。今まで家族のなかでもそのような話題は出てこなかったので、それに対して疑問には思っていなかった。
しかし、この広い庭を一人で管理するのはかなり大変なのではないだろうか。
「以前は庭師見習いの少年たちも雇用していたそうですが、ガンマ様が彼らを解雇したと聞きました」
「ガンマ兄様が?」
それは初めて聞く話だった。
「私がこのお屋敷で騎士見習いになる前の出来事なので、詳しい理由までは私も知りませんけど」
ベル兄様と使用人たちとの間に不和があることは前から知っているけど、ガンマ兄様にもそういう話があるのかな……。
「それより、アルフォート様! さっきの振りはいかがですか?」
アルがそんなことを考えていると、その思考を遮るようにカインの声が飛んでくる。カインはアルのことを尊敬しているが、たまに母親に認められたい少年のようになる。
「全然だめです……。相手に当たる瞬間をもっと意識しないと」
最初の頃は少し適当に指導していたがアルだったが、何度もアルに指導を頼んでくるカインの熱意に負け、最近は具体的に指導するようになった。それによって、カインの腕はどんどんと上がっており、騎士団のなかでも上位に食い込むほどにまでなっていた。
全てがアルの指導のおかげというわけではないのだが、カインは「アルフォート様のおかげです!」と言い張って聞かなかった。
「──それにしても、少し気になるかな」
中庭にはカインの掛け声が響きわたっていた。
「庭師見習いについてですか?」
ニーナは首をかしげていた。ニーナは10歳の時から公爵家のメイドとして働いているので、何か知っているのではないかと思いって聞きに来たのだ。
「はい。今はトールさんだけで庭を管理していますけど、以前は庭師見習いの方を雇っていたと聞いて。ガンマ兄様がその方々を解雇したんですよね?」
「そうですね……。私も詳しい事情までは知りませんけど、彼らはガンマ様のお怒りを買ったと聞いています」
ガンマ兄様の怒りを買う?
一体何をすれば、あのガンマを怒らせることが出来るのだろう。アルはそのことに興味を持った。
「ニーナさんでも何があったかまでは分からないんですね」
アルは他の候補を探し始めた。
母上はガンマ兄様に近すぎるし……。ダンさんは、料理以外には全く興味を持たないからなぁー。
「それで、わしの所へ来たのですな?」
アルは、一番事情を知っていると思われる庭師のトールに直接話を聞きに行った。
「はい。ガンマ兄様が怒っているところなんて見たことがないので」
「へぇ、確かにお優しい方ですな。ただ、全く怒らないわけじゃねぇですな」
それから、庭師のトールは10年以上前の出来事を教えてくれた。
庭師見習いの少年たちがベルをいじめていたこと。家の使用人たちはそのことに関知しなかったこと。そして、ガンマがそのことを根に持っていたこと……。
「──ガンマ様が学園を卒業して、アルフォート様が生まれた年のことでしたかねぇ。あいつらは未だにベル様を侮辱しておってなぁ。それにガンマ様がお怒りになって、解雇されたというわけですな」
なるほど。これは思っていたよりも複雑な状況だ。
ガンマはベルのことを本当に大切に思っている。しかし、周囲はガンマとベルを比較して、一方的にベルを蔑んだ。それによってベルの性格は歪み、使用人との間に大きな確執が出来てしまった、と。
そして、その直接的な原因が庭師見習いの少年たちがベルをいじめていたことだったというわけだ。
つまり、ベルと使用人との間にある不和は、ベルの性格による所だけではなく、自分を助けようとしなかった周りへの「諦め」があるのではないか。
ただ、アルには一つ分からないことがあった。
「ベル兄様が侮辱されていたのはどうしてですか?」
これは以前から不思議に思っていた。
ベルの性格が変化したのは、自らに魔法の才能があると分かってからだと聞いている。それまではガンマとも仲が良く「少し面倒くさがりで他人との交友を好まない子」くらいだったらしい。
それならば、そこまで侮辱されるいわれはないのではないかと疑問に思っていたのだ。
「……アルフォート様には言いづらい話だが、ベル様の目の色が原因でなぁ」
ベルの目の色は、アルと同じ青い目をしている。それとベルへの侮辱がどう関係しているのだろうか。
「青い目はおとぎ話の『異端の魔導士』の目の色でなぁ。青い目をした子供は不吉だとされておる。まぁ、何の証拠もない言いがかりじゃなぁ」
ふむ。じゃあ、僕の世話役がニーナなのもそういう意図があるのか。
以前から、なぜニーナが世話役なのか気になっていたが、その理由が少しわかった気がした。これから、自分も同じような境遇になるかもしれないので気を付けようとアルは思った。
しかし、『ユリウス冒険譚』のなかに異端の魔導士の目の色なんて書いてあったっけ?
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
今回はベルが侮辱されていた本当の理由を書きました。アルは使用人にどう思われているのか…。とても気になりますね。
さて、ここまで緩ーく話を進めてきましたが、そろそろ次の展開へ進みたいですね(まだ、どうするか決めてはいませんが…)。